結論:尊氏を「悪役」から救い出した力作。ただし結末は物語が論説に負けている
吉川英治「私本太平記」は、足利尊氏を逆賊の定型から引きずり出し、「善と悪を一つの体に抱えた男」として描き直した長大な歴史小説だ。前半の人物の動きは抜群に面白い。一方で、最終帖では登場人物の口を借りて作者が歴史の意味をまとめにかかり、物語が論説に変わってしまう。尊氏の人間像に興味があるなら読む価値は十分あるが、物語の締まりを求める人には惜しい作品である。
最小限のあらすじ
鎌倉幕府の終わりが近い元亨二年の大晦日、足利家の若者・又太郎(のちの尊氏)は、従者の一色右馬介を連れて京の六波羅に滞在している。酒場で北条高時への献上犬を蹴りつけた夜が、この長い物語の幕開けだ。やがて鎌倉の没落、後醍醐天皇の建武の新政、楠木正成や新田義貞との対立、尊氏自身の離反と室町幕府の成立へと、南北朝の動乱が続いていく。青空文庫版では全13帖に分かれている。
犬を蹴る冒頭と「鬼と仏」の尊氏像:私本太平記の魅力を読み解く
第1帖「あしかが帖」の酒場の場面が、尊氏の人物像のすべてを予告している
冒頭は除夜の鐘を待つ京の夜だ。酔いつぶれた又太郎を、右馬介が苦笑しながら揺り起こす。ここで吉川英治は、この若者の顔を「魔魅の眸にもみえるし、慈悲心の深い人ならではの物にもみえる」と書く。いかつい顔つきと人を引き込む目元、そして醜男とまでは言わないが女には好かれそうもない疱瘡のあと。読者は最初の数ページで、尊氏の善悪が同居する姿を目で見せられる。
その直後に事件が起きる。熊野から戻る鎌倉の一行が、高時への献上品の名犬を連れて酒場へ入ってくる。又太郎はその犬が執権の高時本人に見えてきて、足で蹴ってしまう。咎められても「犬に訊け。蹴ったのではない。足で頭をなでてやったまでのことだ」と笑い飛ばす。噛みついてきた犬の喉の奥へつま先を突っ込む場面は、血の気が多いだけでなく、鎌倉幕府への侮りを暴力で先に表明してしまう場面でもある。「後に天下を覆す男」の説明を一行も使わず、行動で示した導入として見事だ。
この冒頭から、右馬介が「ここは闇の河原、ご放言も、まず大事ございませぬが」と主君を制する関係性も見える。のちに老法師となった右馬介が最終帖で地謡をつとめる流れを知って読み返すと、この第1帖の配置がよくできていると気づく。
酒屋の数と闘犬で鎌倉の腐敗を見せる:時代背景の書き方がうまい
冒頭の酒場は、尊氏の人物紹介だけの場ではない。右馬介が亭主に尋ねると、都の酒屋は十年前には本酒屋が百軒とないほどだったのに、今では洛中だけで二百四、五十軒を超え、近江や大和、博多の酒まで入ってくるという。地の文は「この凄まじい酒屋繁昌は、人心の何を語っているものか」と問いかける。泰平の余沢とも読めるし、世が緩みきっている兆しとも読める。この二重の見方を、説明ではなく酒場の景色として差し出すのがうまい。
闘犬も同じ役目を負っている。高時は田楽と闘犬に熱中し、鎌倉では月に十二回の上覧闘犬があり、名犬には銭百貫から数百貫の値がつく、と作中で語られる。犬に半畳を敷いて仕える足軽たちの姿は滑稽だが、権力が空洞化した幕府の姿そのものだ。歴史の教科書にある「北条高時の失政」という一行が、ここでは人が笑える絵になっている。時代背景を読者に覚えさせる手つきとして、この冒頭は教科書的な解説よりずっと効く。
私本太平記の尊氏は逆賊か英雄か:評価を割り切らない書き方
この作品が貴重なのは、尊氏を単純な悪人にも聖人にもしないところだ。最終帖で語られる尊氏評は「悪と善、鬼と仏、相反する二つのものを一体のうちに交錯して持つふしぎな御仁」である。人に与えすぎて夕方には進物が一つも残らない気前の良さと、権謀術策の冷酷さ。この二面が作中の行動で繰り返し示されるので、結論に説得力が生まれる。
同じ吉川英治の「三国志」や「宮本武蔵」と同じく英雄を描く作品だが、こちらは英雄の濁りや二面性を残すところに特色がある。
全13帖の構成:帖の題で時代の流れをつかめる群像劇
帖の題が「あしかが帖」「婆娑羅帖」「千早帖」「新田帖」「湊川帖」と、人物や土地や時代の気分で付けられているのは、長編の目印として親切だ。足利、新田、楠木、後醍醐と、動乱の担い手を順に舞台に上げていくので、尊氏中心でありながら群像劇の厚みがある。「太平記」を読んだことがない人でも、帖の題を目次として時代の流れをつかめるのは大きな利点だ。
※ここから結末に触れます。
最終帖「黒白帖」は何を描いたか:忖度なしの欠点・違和感を指摘する
結末で語り手が歴史を説教する:「下手人はないのですよ」問答の功罪
最終帖の終盤は、桐蔭軒無言録という記録を引いて、明石の検校が盲人たちの問いに答える形になる。尊氏の死後に開かれた仁山大居士(尊氏の法名)の法要の場で、「では誰が、いや何が、こんな凄まじい世にしたのでしょうか」と問われた検校は「下手人はないのですよ」と答える。大乱は一部の陰謀ではなく、国の政治・経済・宗教が行き詰まった末の「苦悶」だ、という説明が続く。
この論は内容としては筋が通っている。だが書き手の立場から言えば、長大な物語の締めくくりを、人物の行動ではなく「問い」と「答え」の形式で片づけたのは弱い。しかも検校は、尊氏の長所、権力の恐ろしさ、佐々木道誉の評価、庶民の台頭まで、長い問答の大半を一人で語り続ける。「権力の魅力ほど恐いものはない」という一文は鋭いが、それは13帖にわたる出来事が読者に感じさせるべきことで、結末で言葉として手渡されてしまうと、読者が自分で気づく余地が消える。
検校はさらに「必ず朝は来ます。朝の来ない夜はない」と述べ、曙の兆しは庶民の生活の中にあると言う。田楽能が河原小屋や辻で庶民に愛されるようになったこと、盲人が職屋敷を持てたことが、その「光明」とされる。動乱を経てなお希望を示したい気持ちは理解できる。
しかしその希望は、何十万の死者を出した争いの総決算としては軽い。南北朝の戦乱で多くの人が命を落とした物語のあとで、「庶民の生活は肥えた」と整理されると、物語が描いてきた痛みが論理で均されてしまう。悲劇の後味が、解説文の穏やかさに置き換わる感じが残る。
正成の扱いが神格化に寄る:楠木正成の「祈り」という解釈の窮屈さ
検校は、楠木正成を「人間の叡智を持てと、あえてすべてを祈りへ捧げて壮烈な自滅を取ッたようなお方」と評する。結末の手向け能でも、湊川へ臨む前の正成の「和と人の善智とを信じようとしていた」顔を写した尉の仮面が使われる。だが、ここまで正成を静かな賢者の位置に置くと、戦場で動く人間としての正成の厚みよりも、物語に必要な「平和の象徴」としての役割が前に出てしまう。敵方の尊氏が鬼と仏を併せ持つ複雑な人物であるのに対し、正成は結末で早々に悟りの側へ寄せられ、人物造形の釣り合いが崩れて見える。
手向け能の場面は美しいが、検校の長広舌のあとでは効果が薄れる
最終場面は、四十余面の琵琶が一斉に鳴り、観世清次が尉の面をつけて舞い、右馬介が地謡をうたうという、音と身体の描写だ。「地謡を謡う顔も、笛をふく白い顔も、いつかみな濡れていた」という一文のように、作品の中でも上位に入る美しい終幕になっている。ただ、その直前に、結論を言葉で全部出してしまっているため、舞の場面は感動を新しく生むよりも、すでに語られた結論を絵にする役割に落ちてしまった。順序が逆なら、もっと強い余韻になったはずだ。
13帖という分量の重さ:読み通す覚悟に見合うかどうか
青空文庫版で確認すると、第1帖は約13万字、最終の「黒白帖」は約12万字ある。13帖それぞれがこの規模なので、全体では途方もない長さになる。冒頭の1場面だけでも、年越しの京の景色、酒場の客の素性、闘犬の事情、六波羅の歴史と、説明が重なっていく。人物が動く面白さは確かにあるが、場面を一つ進めるのに必要な情報量が多く、続けて読むと体力を使う。最終帖の問答が読者に重く感じられるのも、この長さの終盤に置かれているからだ。
この本を一番楽しめるのはどんな人か
向いているのは、次のような人だ。
- 足利尊氏を「裏切り者」の一言で済ませてきて、その人間像を知りたい人
- 鎌倉末から南北朝まで、約半世紀の流れを物語で一気に追いたい人
- 1991年の大河ドラマ「太平記」の原作として知っていて、小説版を確かめたい人
- 登場人物が語る歴史観や人生観を、物語の一部として楽しめる人
逆に、物語の終わりに作品世界の内側で完結する感動を求める人には、最終帖の長い問答は重く感じられるだろう。まず第1帖「あしかが帖」の冒頭だけを読み、犬を蹴る夜の場面が面白ければ、そのまま進んで問題ない。読み切る自信がなければ、同じ作家の長編では「新書太閤記」のほうが、一代記としての筋は追いやすい。本作は、結末の説教まで含めて吉川英治の歴史観を受け取る作品だと割り切るのが、いちばん楽しめる読み方である。



