結論:幻想の画は一級、だが「語り」の仕掛けが途中で痩せる短編
江戸川乱歩「押絵と旅する男」は、押絵の人物が「生きている」と感じさせる冒頭の一枚絵と、双眼鏡のレンズを使った入れ子の発想だけで、読む価値が十分にある。ただし中盤以降は老人の長い独白に任せきりで、小説としての緊張は前半をピークに下がっていく。
幻想小説として「雰囲気を浴びたい人」には傑作、「謎の仕掛けや意外な真相」を求める人には、拍子抜けしかねない一編だ。1929(昭和4)年6月の「新青年」が初出で、青空文庫の本文は約1万8千字。1時間かからず読める。
最小限のあらすじ
蜃気楼を見た帰りの汽車で、「私」は黒い風呂敷の扁平な額を抱えた奇妙な老人と二人きりになる。額には老人と娘の押絵が貼られており、老人は双眼鏡で覗かせたうえで、押絵の白髪の老人は自分の兄だと語り始める。兄は明治二十八年に、浅草の十二階から見かけた娘に恋をしたのだという。
押絵と旅する男の魅力:さかさ覗きの双眼鏡と十二階の恋を読み解く
最初の「奇妙」は何か:押絵が生きているという感覚
この作品のいちばんの手柄は、押絵の人物が二つとも「生きていた」ことを、「私」がうまく説明できないまま差し出す語りにある。語り手は、細工の精巧さが「奇妙」の正体ではないと二度も打ち消してから、ようやく核心に入る。文楽の人形が一瞬だけ本当に生きる、という比喩も的確で、読者は説明を受けるより先に、絵の前に立たされた気分になる。
そのうえで、双眼鏡を覗くと娘の胸が上気し、老人の顔は皺の底で苦悶している。ここで「幸福そうな姿勢なのに顔が苦しい」という矛盾を先に見せておくから、後半の老いの悲劇が効いてくる。伏線の置き方は丁寧だ。
「さかさに覗いてはいけません」の意味と、縮む兄の描写
老人が「私」の手元を見て叫ぶ、「いけません。いけません。それはさかさですよ。」という場面は、のちの語りでそのまま回収される。兄が弟に頼んで遠眼鏡をさかさにして覗かせ、兄が小さくなって闇に溶ける場面だ。ふつうの双眼鏡の小道具を、「縮小して別の世界へ入る装置」に変えた発想は、乱歩らしい光学的な妄想の最良の例だと思う。
この回収のおかげで、冒頭の老人の動揺が、狂人の癖ではなく物語の規則として読み直せる。読み返したときの納得感はこの一点が大きい。
十二階・覗きからくり・押絵という「覗く」装置の重なり
兄が娘を見つけるのは十二階の遠眼鏡で、実際にいたのは観音堂裏の覗きからくりの八百屋お七の押絵だった。つまり「遠眼鏡で覗く」「覗きからくりで覗く」「押絵を双眼鏡で覗く」と、覗きの層が三重になっている。そのうえ、からくり屋の歌う「膝でつっらついて、目で知らせ」という文句が耳に残る使い方で、明治の浅草の空気を一気に呼び込む。
恋の対象が最初から作り物だったと分かったあとも、兄が「あきらめられない」と言って押絵の中の男になりたがる流れは、倒錯しているのに筋が通っている。愛する対象が実在しない恋というテーマは、乱歩の「人間椅子」の異様な恋とは別の形で、孤独を描いている。
※ここから結末に触れます。
結末の意味:兄は押絵になったのか、それとも老人の妄想か
結末で老人は、山間の小駅で降りたあと、闇の中へ溶け込むように消える。後姿が「押絵の老人そのまま」だったと「私」が書き添えるので、読者は老人自身が押絵の側の存在だったのではないか、とも疑える。一方で、冒頭の「狂人であったに相違ない」という保険の言葉が効いて、真実とも妄想とも決められない形で閉じる。
この決めない終わり方は、蜃気楼の距離の曖昧さという冒頭の描写と対応していて、設計としては美しい。ただ、美しいぶんだけ「それで、結局どちらなのか」を読者に丸投げしているとも言える。
忖度なしの欠点・違和感:老人の長話は本当に面白いのか
中盤が「語り」の説明に傾き、緊張が落ちる
前半の汽車の中は、他に乗客のいない二等車、黒い風呂敷、ギラギラした目といった描写で、読者を逃がさない力がある。ところが老人が話し始めると、日本橋の呉服商の家の様子、十二階の設計や高さ、浅草の見世物の名前と、説明が連続する。時代の空気を作る意図は分かるが、「兄の恋」という中心に比べて、周辺情報が長い。語りの口調が一貫して饒舌なので、ここで一度、読者の集中が緩む。
弟の人物像が曖昧で、「兄思い」以外の欲望が見えない
弟(語る老人)は、兄の失踪を「本望を達した」と涙を流して喜び、押絵を手に入れて新婚旅行までさせる。ここまで来ると相当に異常なのに、彼自身の内面は「兄思い」の一言でほぼ済まされる。語り手を狂気の入口に立たせたいなら、弟が兄をどう見ていたか、なぜ三十年も押絵を連れて旅を続けるのか、もう少し具体的な裏付けが欲しい。結果として老人は、不気味な装置としては働くが、人間としては薄い。
「老いる兄、老いない娘」の悲劇が、台詞の説明で済まされる
娘は年を取らず、兄だけが白髪になる、という残酷な対比は、この作品でいちばん強いアイデアのひとつだ。しかし作中では、老人が「恐ろしいことです」と口で言って、ほぼ終わる。冒頭の双眼鏡の苦悶の表情が先に出ているので効いてはいるが、兄が老いに気づいた瞬間や、娘との関係が変わる場面の描写があれば、もっと刺さった。もったいない処理だと思う。
この本を一番楽しめるのはどんな人か
- 筋よりも、一枚の絵のような場面や、妖しい雰囲気を味わいたい人
- 明治の浅草、凌雲閣、覗きからくりといった風俗の小道具が好きな人
- 乱歩を、トリックものではなく幻想・怪奇の側から読みたい人
- 真相をはっきり示してほしい人には不向き。そういう人は、先に論理で解く「心理試験」や「二銭銅貨」から入るほうが楽しめる
乱歩の短編をいくつか読んだあとに、謎解きとは別の顔を見たくなったら、この作品を選ぶとよい。ほかの乱歩作品の感想は、屋根裏の散歩者の感想や乱歩「人間椅子」の感想にもまとめている。




