結論:事件は薄く、言い訳は濃い。田村義雄の勝手さを面白がれる人にだけ効く長編
岩野泡鳴の「放浪」は、題名から想像する旅の物語ではない。全24章、約11万字のほとんどは、札幌の友人宅に転がり込んだ男が、金と女と自分の立場について考え続ける時間でできている。事業に失敗した男が堕ちていく劇的な展開を期待すると、肩透かしを食う。
それでも読ませるのは、語り手の義雄が、自分の最低さを最低さのまま正当化し続ける、その口の達者さのためだ。人物に共感できるかどうかではなく、この男の理屈を最後まで聞いていられるかどうかで、評価が割れる作品だと思う。
最小限のあらすじ
明治42年の夏、文学者の田村義雄は、樺太での蟹の缶詰事業に失敗し、ほぼ無一文で北海道へ戻ってくる。小樽の漁業家との協同話を当てに札幌の旧友・有馬勇の家に居候するが、話はなかなかまとまらない。東京に妻子と愛妾のお鳥を残したまま、義雄は手紙と電報で金と愛情をせびりながら、札幌で日を送る。
田村義雄は何がそんなに厄介なのか|「放浪」の語りと文体を解剖する
地の文そのものが言い訳になっている
この小説の芯は三人称の語りにある。語り手は義雄を「渠」と呼んで外から描くのに、中身はほぼ義雄の頭の中と同じで、批評の距離がほとんどない。第1章、札幌の友人宅で義雄は、家庭の話になると妻子の顔を見るのが「げじげじを見る様に」いやだと言い放つ。続く第2章の湯屋の場面では、樺太の弟や従兄弟が餓え死にしても、妻子が病気になっても、それぞれ「申しわけの理由」をつけて自分を無罪にする。
ここで作者が上手いのは、その理屈を笑いものにしていないことだ。義雄の理屈は筋が通っているように聞こえる。だから読者は、軽蔑しながら、つい聞き入ってしまう。同じ作者の「耽溺」で語り手の最低さに目が離せなかった人なら、この仕掛けはおなじみだろう。「放浪」はそれを11万字まで引き延ばした版だ。
「戀も一種の事業だ」──事業と恋愛を同じ言葉で語る
義雄は、電報を事業の道具として使い、同じ調子で恋の返事も電報で求める。お鳥が電報で応じないと、怒りが爆発し、愛情を疑う。本文には「戀も一種の事業だ」という感覚が胸に溢れていると書かれている。事業も恋も、自分の活動であって結果は問わない、という義雄の自己流の「生々活動主義」が、ここで一本につながる。
この二本立てのおかげで、中盤の金策の場面も、お鳥への手紙の場面も、同じ人物の同じ癖として読める。事業の失敗の原因をお鳥に押しつけ、お鳥の変心を事業の失敗のせいにする、という循環が見えてくるあたりが、この作品のいちばん冴えたところだ。
有馬勇と氷峰という脇役が、義雄の見栄を映す鏡になる
居候先の有馬勇は、近眼で猫背の女学校教師で、義雄の事情を聞いても強くは言わない。ただ「それで、若しその相談が成立しなかつたら、どうする?」と、いちばん痛いところを穏やかに突く。義雄はそこで、東京の友人にも会えない、家に帰る気もない、と答えにならない答えを重ねる。義雄は樺太で集めた控え帳と見積り書まで出して勇に見せるが、あれは説得というより、自分に向けた安心材料に見える。
もう一人の氷峰は、義雄が頼みの綱にする雑誌の編集者だ。義雄が書いた缶詰談に、氷峰が二重丸や三角の圏点をつけていく場面は、地味だが面白い。書き手の自負と、金のために書く不真面目さが、赤い印の数だけ並んでいる。この二人がいるから、義雄の一人語りが空回りせず、他人の目に晒された姿として読める。
※ここから結末に触れます。
札幌駅とアカダモに戻る|「放浪」の結末の意味
第2章で義雄は、札幌の通りを歩きながら、道の真ん中に立つ大きなアカダモを見上げ、寂しさが頭の上にかぶさってくるのを感じる。最終章の終わり近く、有馬夫妻に「蒲団がない」と言われて夜中に家を出た義雄は、同じ博物館のそばのアカダモの根に腰かけ、「体よく夜中に追ひ出されたも同樣だ」と考える。初日の札幌駅前の寂しさを、その夜にもう一度思い出す。
つまり構成は、同じ場所から出て同じ場所に戻る円環だ。そして義雄は、「矢ツ張り自分は自分だ」と考えて薄野の井桁樓に向かい、遊女の敷島に会う。敷島が自分の雑誌の談話「僕はこれまで文学者であつた。これからもやツぱり文学者でつづくのだ」を暗誦してみせると、義雄は自分が半ば理解されたような気になり、できるなら敷島を身請けして、東京へ帰らないままこの放浪を続けてもいいと思う。放浪の終わりは、どこかへ着くことではなく、また別の女に居場所を見つけることだった。この終わり方は、題名の意味とよく合っている。
「放浪」は読みにくい?中だるみ・結末・女性描写の欠点
中盤は事件が止まり、手紙・電報・原稿の往復になる
最大の欠点は中盤だ。第8章あたりから、義雄がお鳥に手紙を書く、樺太の弟に電報を打つ、友人の雑誌に缶詰事業の原稿を書く、という場面が何度も繰り返される。第17章では、伊藤公爵が北海道を訪れる騒ぎと、氷峰の家で兎が死ぬ出来事が語られるが、義雄の物語とはほとんど噛み合わない。細部が生きていることは認めるが、物語は止まっている。
金の当てが外れ続ける、という状態を描くのが主題なのは分かる。それでも、小樽の漁業家との話がどこまで進んだのかが読者にはぼやけて、緊張が積み上がらないまま章が過ぎていく。同じ型の苛立ちを何度も読まされる感覚が、中盤の長さを実際以上に重くしている。
とくに義雄が「悲痛の哲理」と題した反論論文に取りかかる箇所は、思想の項目を並べる段落が続き、小説としての動きがない。義雄の知的な自負を見せたい意図は分かるが、項目の羅列は、読み手に頭の中の目次を読ませるだけで、人物の内側に入る手がかりにはならない。この数ページを読み飛ばしても、義雄の人物像は他の場面で十分につかめる。
帰京の決断が結末で理由なしにひっくり返る
第18章で義雄は、いったん東京に帰ると決める。友人たちに旅費の無心まで出し、有馬夫婦は特別な夕食で喜ぶ。ところが最終章では、「無理に東京などへは歸らない」と思い直してしまう。直接のきっかけは、敷島が雑誌の文句を暗誦してくれたことと、有馬家で夜中に追い出されたことくらいで、決断の重みとしては軽い。
この気まぐれさ自体が義雄らしい、という弁護はできる。だが、作者が義雄を「全部が気分で動く人」として一貫して描いてきたのなら、ここで読者に必要なのは、気分が変わる瞬間をもっと具体的に見せることだ。帰る決心のほうが、遊郭に向かう気分のほうに簡単に負けるので、結末が決着ではなく中断に見える。
女たちが義雄の理屈の外に出てこない
お鳥は手紙と電報の中にしかいない。私が読んだ範囲では、お鳥が自分の肉声で義雄を突き返す場面は見当たらず、義雄の不安をかき立てるのは、いつも来ない返事か、短い電報だ。敷島についても、義雄は「この種の女は殆ど戀しいといふことを知らない」と、一方的に理屈をつけて分析してしまう。
これは意図された視点の限定だとしても、女性が義雄の自己説明の材料にしか見えないのは弱点だ。「自分は決して渠等の慰みには使はれない」と思う義雄が、実は敷島に雑誌の一節を暗誦されて嬉しくなってしまう、という皮肉は面白い。ただ、その皮肉も義雄の内側で完結していて、敷島の側の思惑が見えてこない。
この本を一番楽しめるのはどんな人か
- 「耽溺」のように、最低な語り手の理屈を聞くこと自体が楽しい人
- 事件よりも、人物の自己正当化の癖や、金と恋のねじれた関係を読みたい人
- 明治末の札幌や樺太、小樽の空気(アカダモの並木、博物館の構内、薄野の遊郭)を、当時の小説で味わいたい人
- 旧仮名遣いで11万字を読み切る体力があり、青空文庫の「泡鳴五部作」の第3作から入ることを気にしない人
読む順番について。「放浪」は1910年(明治43年)7月に東雲堂から刊行され、青空文庫では「泡鳴五部作」の03として並んでいる。ただ、今回通読した範囲では、前の巻を読んでいないと意味が取れない作りではなく、義雄が樺太で失敗して札幌に着く冒頭から、単独の長編として読み始められる。入口としては、先に「耽溺」で泡鳴の語り手との相性を確かめてから、こちらに進むのが安全だ。いきなり11万字に挑んで挫折するより、相性の確認に一作使うほうが、結局は時間の節約になる。
逆に、筋の起伏や、成長・救いのある結末を求める人、女性登場人物に自分の声を求める人には勧めにくい。最初の2章を読んで義雄の口ぶりが耐えられないなら、それ以降も変わらない。そこが分かれ目になる。逆に、第2章の「家庭なるものは実に厭なものだ」という叫びを面白がれたなら、最後まで付き合える可能性が高い。

