赤毛連盟 感想ネタバレ|発想は天才、推理はフェアじゃない

結論:ネタの面白さは満点、フェアな謎解きとしては赤点

コナン・ドイルの「赤毛連盟」は、「赤毛の男だけが入れる団体」という一行の思いつきで、最後まで読者を引っ張り切る短編だ。ホームズ譚の中でも発想の大胆さは屈指で、読んで損はない。ただし、謎解きとしてはフェアではない。決定的な手がかりを読者に見せないまま、ホームズが「ズボンの膝だ」と言って終わらせてしまう。推理を当てる楽しみを求める人には肩透かしで、奇妙な設定の力技を味わいたい人には最高の一本だ。

最小限のあらすじ

質屋のジェイベス・ウィルソンが、燃えるような赤毛を理由に「赤毛連盟」の欠員に採用される。仕事は午前十時から午後二時まで事務所にいて、大英百科事典を書き写すだけで週四ポンド。八週間続いたある朝、事務所の扉に「赤毛連盟は解散する」という紙が貼ってあった。納得できないウィルソンは、ホームズに調査を頼みに来る。

※青空文庫の大久保ゆう訳で読み、引用もその訳文による。

赤毛連盟の目的は? 独自の深掘りで見えた設計の巧さ

赤毛連盟の目的は「質屋を毎日四時間だけ留守にさせること」

種明かしを聞けば、連盟も遺産もすべて、ウィルソンを店から遠ざけるための仕掛けだった。店員のヴィンセント・スポールディングは実は犯罪者ジョン・クレイで、質屋の地下室から隣の銀行の金庫室までトンネルを掘っていた。地下で作業するには、主人が家にいては困る。そこで新聞広告をつくり、「赤毛」という本人にはどうにもならない条件を餌にした。

この設計のうまさは、動機の置き方にある。ウィルソンが欲しいのは金と楽な仕事で、それを満たす餌なら何でもよかったはずだ。それをあえて「髪の色」という身体的な特徴に結びつけたので、応募者がフリート街に押し寄せる光景が成り立つ。作中で語られる「わら色、レモン色、オレンジ色、レンガ色」の赤毛の行列は、犯罪の目くらましとして読んでも、ただの滑稽な風景として読んでもおかしい。

百科事典の筆写という「意味のない仕事」が効いている

写すものが百科事典なのも巧い。内容に意味がなく、終わりもない仕事なので、ウィルソンは「A」の項を延々と写し続けるしかない。しかも「事務所を一歩も出るな」という条件が、本人を自分から縛る。作中では、ホームズが後で「Aの項、全ての記事を詳細な知識として手に入れた」と皮肉を言うが、被害者に実害がほとんどないことで、全体の空気は軽いままだ。人が死ぬ話ではなく、ひとつの悪ふざけのような犯罪として読ませるところが、この作品の個性だと思う。

ホームズの冒頭の台詞が、そのまま作品の宣言になっている

書き出しでホームズは「現実というのは、どんな想像力をも凌駕するのだから」と言う。さらに、不思議な事件は大犯罪ではなく小さな犯罪の中に現れるとも語る。依頼人の話を聞く前に、この話は小さな事件から始まるが突飛だという約束をしておく。その後で出てくるのが「赤毛連盟に告ぐ」の広告なので、読者は「どれほど突飛なのか」と身を乗り出す。導入の段取りは見事だ。

※ここから結末に触れます。

結末の銀行強盗とクレイの人物像

後半は一転して、ベイカー街から銀行の地下室へ場面が移る。真っ暗な中で一時間以上待たされたワトソンが、敷石の下から白い手が出てくるのを見る場面は、前半の滑稽さとは違う緊張がある。クレイが捕まったときに放つ「俺の身体には王家の血が流れているんだ」という台詞も、育ちのいい悪党という人物像を短い言葉で見せていて悪くない。前半のとぼけた笑いと、後半の暗闇の緊張という二つの温度を、短編の中で切り替える手際は確かだ。

赤毛連盟の欠点は? 忖度なしで言う推理と構成の穴

読者に出ていない手がかりで解決するのはフェアではない

最大の不満はここだ。ホームズは、店員の額の痣、耳のイヤリングの穴、膝の汚れを根拠に、地下のトンネルを推理する。ところが決定的な「膝」は、ホームズがステッキで歩道を叩き、店員に道を尋ねるという一連の行動の中で初めて確認される。読者はその場でも、何を見ているのか知らされない。ワトソンが「何のために」と聞くと、返ってくるのは「ズボンの膝だ」の一言だけだ。

謎解きの小説は、読者が手がかりを同時に見て、自分で考える余地があって初めて楽しい。この作品は、事件のあらましを聞き終えた時点で、ホームズだけが答えに近づいている。ミステリとして読むなら、最後の説明が「後出し」に見えるのは仕方がない。同じドイルの「まだらのひも」の感想も書いているので、謎解きの組み立てを比べたい人はそちらも読んでほしい。

ウィルソンが怪しまなさすぎる

ウィルソンは広告を見て、しかも店員に勧められてロンドン中の赤毛と並び、独身であることを理由に一度は不合格になりかけ、「規則を曲げる」と言われて合格する。さらに、髪を引っ張って本物かを確かめられる。ここまで不自然なのに、本人は「詐欺か悪ふざけでは」と一晩疑っただけで、翌朝にはインクと鵞ペンを買って出勤してしまう。その後の八週間、店員が自分を行かせたがっていたことにも気づかない。依頼人が鈍いほど話は成り立つのだが、そのご都合主義が目につく。

日付が合わない。四月の広告から二ヶ月で十月の貼り紙?

細かいが見逃せない点がある。ウィルソンは広告の日付を「一八九〇年四月二十七日、モーニング・クロニクル紙。ちょうど二ヶ月前だ」と言う。ところが事務所の貼り紙には「一八九〇年十月九日」とある。四月から十月は約六ヶ月で、二ヶ月ではない。しかも仕事は八週間続いたという記述なので、時間の計算が三つの数字でばらばらになっている。事件の経過が日数で語られる話だけに、校正の甘さというより、作者の詰めの甘さに見える。

計画の効率が悪く、犯人の頭の良さと釣り合わない

ホームズは、クレイを「ロンドンで四番目に抜け目がない」ほどの悪党として持ち上げる。しかし、実際の計画は、助手を半額の給料で雇い、事務所を借り、八週間の給料を払うという大がかりなものだ。掘った土をどうしたのかなど、作業そのものの苦労は何も描かれない。「頭が切れる」という評価を、読者が実感できる場面がない。評価が台詞だけで、行動として見えないので、人物の凄みが薄い。

この本を一番楽しめるのはどんな人か

向いているのは、ホームズ譚の入口として、短くて設定の変わった一編を読みたい人だ。短編なので読み終えるのに時間はかからず、最初の広告から種明かしまで、笑いと緊張の両方を味わえる。逆に、手がかりを自分で拾って推理したい人には物足りない。そういう人は、この作品を「ホームズだけが見ていて、読者には見せない」型の語りの見本として読むと割り切るといい。

読み返すなら、解決を知ったうえでウィルソンとスポールディングのやり取りを見直してほしい。店員が主人を行かせるために語っている言葉の細部は、二度目のほうが面白い。最後の台詞「おかげで、いい退屈しのぎができた」に、ホームズという人物の寂しさが少しだけ出ているところも、この短編の後味になっている。