小説「殺しの許可証 アンタッチャブル2」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。
前作『アンタッチャブル』で警察小説の常識をひっくり返した、あの最凶最悪のコンビが帰ってきました。本作『殺しの許可証 アンタッチャブル2』は、その破天荒ぶりをさらに加速させ、国家レベルの陰謀という巨大な闇に挑んでいきます。馳星周作品特有の、裏社会の乾いた空気感はそのままに、今回はブラックな笑いの要素が格段に増しているように感じました。
物語の中心にいるのは、もちろん、あの二人です。超エリートでありながら精神の均衡を失ったと噂される椿警視と、彼に振り回される不憫な部下、宮澤巡査部長。この二人の絶妙な関係性が、本作の大きな魅力であることは間違いありません。シリアスな展開が続くなかで、彼らのやり取りが一種の清涼剤となり、読者を飽きさせないのです。
この記事では、まず物語の骨子となる部分を紹介し、その後に核心に触れるかたちの詳しい感想を述べていきたいと思います。もし、まだ作品を読んでおらず、内容を知りたくないという方がいらっしゃいましたら、感想パートは読了後にご覧になることをお勧めします。それでは、常識外れの警察官が繰り広げる、壮大な物語の世界へご案内しましょう。
「殺しの許可証 アンタッチャブル2」のあらすじ
物語は、現実の日本政治を彷彿とさせる一大疑獄「タケエ学園問題」から始まります。この問題に深く関わっていたとされる人物たちが、次々と不審な死を遂げるのです。警察は早々に事故や自殺として処理しますが、警視庁公安部で「誰にも触れられない存在」として君臨する椿警視だけは、これを官邸主導による連続口封じ殺人だと看破します。
いつもの壮大な妄想だと呆れる部下の宮澤巡査部長を意にも介さず、椿は独自の捜査を開始します。彼の主張によれば、官邸の意向を受けて非合法活動を行う秘密の暗殺チームが存在し、そのチームが証拠隠滅のために暗躍しているというのです。もちろん、周囲の誰もが彼の言葉を本気にはしません。
しかし、椿は持ち前の強引さと、その背後にある絶大な権力を駆使して、宮澤を無理やり捜査の駒とします。宮澤に与えられた任務は、官邸直属の秘密組織である内閣情報調査室、通称「内調」に潜入し、暗殺チームの実態を探ることでした。あまりにも危険すぎる命令に、宮澤は絶望するのでした。
かくして宮澤は、自身のささやかな平穏を取り戻すため、そして何より恐ろしい上司から逃れるため、不本意ながらも国家の中枢に巣食う闇へと足を踏み入れていきます。彼は無事に任務を遂行し、椿の仮説が真実であることを突き止められるのでしょうか。そして、この常識外れの捜査の先に、一体どのような結末が待ち受けているのでしょうか。
「殺しの許可証 アンタッチャブル2」の長文感想(ネタバレあり)
いやはや、とんでもない作品を読んでしまった、というのが正直な気持ちです。前作で既にその片鱗は見えていましたが、『殺しの許可証 アンタッチャブル2』は、あらゆる面でスケールアップし、警察小説という枠組みを軽々と破壊してしまいました。物語の面白さはもちろん、その奥に潜む痛烈な社会風刺に、ただただ圧倒されるばかりでした。
まず語らなければならないのは、やはり主人公である椿警視の存在感でしょう。代々官僚を輩出する名家の出身で、自らも将来の警察庁長官と目されたエリート。しかし、その実態は、目的のためなら手段を選ばない傲岸不遜な人物です。彼の言動は常軌を逸しており、組織内では「頭がおかしくなった」とまで噂されています。この設定だけでも十分に個性的ですが、彼の本当の恐ろしさは、その奇行がすべて計算ずくである点にあります。
その一方で、もう一人の主人公、宮澤巡査部長の存在が、この物語に絶妙なバランスをもたらしています。彼は元捜査一課の刑事でありながら、椿の部下にされてしまった苦労人です。彼の視点は、私たち読者の視点と非常に近い。椿の無茶な命令にうろたえ、心の中で悪態をつき、一日も早く元の生活に戻りたいと願う彼の姿には、心から同情を禁じ得ません。
この二人の、まるで水と油のような関係性が、物語の強力なエンジンとなっています。宮澤が感じる理不尽さや恐怖が、読者にはたまらないおかしみとして伝わってくるのです。腐敗した権力に立ち向かうという重いテーマを扱いながらも、決して暗くなりすぎないのは、この二人のキャラクター造形が巧みだからに他ならないでしょう。
そして、本作の物語の核となるのが「タケエ学園問題」です。これは、執筆当時に現実世界で大きな問題となった政治スキャンダルを、明らかに意識したものでしょう。作中にはタベ総理やハガ官房長官といった、どこかで聞いたことのあるような名前の人物が登場します。この現実とのリンクが、物語に凄まじいリアリティと緊張感を与えているのです。
関係者の不審死が相次ぐ中、椿が「官邸による暗殺だ」と断言する場面は、痛快ですらありました。誰もが見て見ぬふりをする真実を、たった一人、何のてらいもなく口にする。もちろん、周囲は彼のいつもの誇大妄想だと一蹴するわけですが、読者は「もしかしたら」という期待を抱かずにはいられません。この壮大な仮説が、物語全体をぐいぐいと引っ張っていきます。
宮澤が椿の脅迫まがいの命令によって、内閣情報調査室(内調)へ潜入させられるくだりは、手に汗握る展開でした。いつ正体がバレるか分からない極度の緊張状態に置かれた宮澤の心理描写は、本当に見事です。彼は椿の駒として、巨大な権力組織の懐に飛び込んでいく。その心細さや恐怖が、ひしひしと伝わってきました。
面白いのは、その潜入捜査の状況そのものが、権力というものの本質を鋭く描き出している点です。宮澤は内調を監視するために送り込まれる。その宮澤を、椿は自身の情報網を駆使して監視している。そして内調は、政敵を監視している。誰もが誰かを見ていて、また誰かに見られている。この息の詰まるような監視の連鎖こそが、権力の正体なのだと突きつけられた気がしました。
物語が中盤に差しかかると、新たな登場人物たちが物語をさらに複雑で面白いものにしていきます。特に、椿の父親である「源一郎閣下」と、椿家に仕える有能な執事、渡会の存在は欠かせません。椿の異常なまでの自信と権力の源泉が、この一族にあることが徐々に明らかになっていきます。父親を「パパ」と呼ぶ椿の子供っぽい一面と、その力を最大限に利用する冷徹さのギャップが、彼のキャラクターをより一層深くしています。
そして、本作最大のサプライズと言ってもいいのが、宮澤の婚約者・千紗の父親である浩介の覚醒でしょう。前作で宮澤のせいで植物状態に陥っていた彼は、宮澤にとって罪悪感の象徴でした。しかし、目覚めた彼の正体は、なんと元CIAの伝説的なスパイ「覗き屋トム」だったのです。この設定には、思わず声を出して驚いてしまいました。
覚醒後の彼は、少々(いや、かなり)スケベなご老人へと変貌してはいるものの、そのスパイとしての能力は健在。内調との戦いにおいて、予測不能な、しかし非常に頼りになる味方となります。この荒唐無稽とも思える展開を、強引に納得させてしまう筆力はさすがとしか言いようがありません。
さらに、もう一つの衝撃的な事実が明かされます。それは、椿自身が、かつて裏社会で神と崇められた伝説のハッカー「ドラえもん」であったという真実です。これで、全てのピースが繋がりました。彼の全知全能とも思える情報収集能力や、非合法な活動をいとも簡単に行う理由が、すべて説明されたのです。彼の「狂気」は、その冷徹な知性を隠すための、見事な演技だったのかもしれません。
超人的な能力を持ちながら、どこか人間的に破綻している椿と浩介。そして、彼らに翻弄され続ける、あまりにも「普通」な宮澤。この鮮やかな対比こそが、本作の構造的な面白さの核心部分ではないでしょうか。物語が単純な勧善懲悪に陥ることなく、常に読者の予想を裏切り続ける原動力がここにあると感じました。
クライマックスの展開は、まさに圧巻の一言です。椿は、官邸の暗殺計画を阻止するだけでは満足しませんでした。彼は、宮澤という内部スパイと、浩介という攪乱要因を使い、官邸の暗殺部隊そのものを乗っ取ってしまうのです。偽の情報を流し、通信を操り、主人の武器を主人に向ける。その手口は、悪魔的としか言いようがありません。
そして明かされる、椿の真の標的。それは、タベ総理の背後で実権を握り、今回の事件を画策したハガ官房長官でした。自分のキャリアパスの障害となる狡猾な権力者を排除する。ただそれだけのために、彼はこの壮大な作戦を仕掛けたのです。正義のためでも、国のためでもない。すべては、彼自身の個人的な利益のため。その冷徹さには、もはや戦慄を覚えます。
自らが加担した計画の恐ろしさに気づき、必死に抵抗しようとする宮澤の姿は、痛々しくもありました。しかし、良識ある一個人の力など、椿が張り巡らせた緻密な計画の前ではあまりにも無力です。ハガ官房長官が暗殺される場面は、非常にあっさりと、しかしだからこそ衝撃的に描かれています。椿の計画の、完璧なまでの遂行能力を見せつけられた瞬間でした。
事件の結末は、この物語が持つ皮肉な性質を象徴しています。ハガ官房長官の死は、椿にとって都合の良い形で処理され、タケエ学園を巡るスキャンダルも鎮火します。そして椿は、事件解決の功労者として、念願の警視正へと昇進を果たすのです。最も腐敗し、最も利己的な人物が、彼自身が操ったシステムによって報われる。これほど痛烈な風刺があるでしょうか。
一方で、宮澤のささやかな願いは打ち砕かれます。彼はこれからも、恐るべき上司・椿の部下として、終わりの見えない地獄を生き続けなければならないのです。彼が最後に悟る絶望感は、読者の心にも重くのしかかります。この救いのない結末こそが、馳星周作品の真骨頂なのかもしれません。権力の世界では正義など幻想に過ぎず、勝利するのは最も狡猾で、最も冷酷な人間なのだという厳しい現実を、私たちに突きつけてくるのです。
まとめ
『殺しの許可証 アンタッチャブル2』は、警察小説の枠を超えた、非常に刺激的なエンターテインメント作品でした。手に汗握るスリリングな展開と、ブラックな笑いが絶妙に融合しており、ページをめくる手が止まらなくなります。
物語の最大の魅力は、やはり椿警視と宮澤巡査部長という、唯一無二のコンビの存在でしょう。常識外れの上司と、それに振り回される不憫な部下のやり取りは、重厚な物語の中で確かな輝きを放っています。彼らが次にどんな事件に巻き込まれるのか、今から楽しみでなりません。
また、現実の政治スキャンダルを大胆に取り入れた設定は、この物語に他にはない深みと批評性を与えています。フィクションと現実が交錯する中で、私たちは権力の本質や社会の矛盾について考えさせられることになります。ただ面白いだけではない、骨太なテーマ性も本作の大きな読みどころです。
読了後には、ある種の爽快感と、そして同時に、背筋が凍るような皮肉な現実に打ちのめされるかもしれません。エンターテインメント性と社会性を高いレベルで両立させた、まさに傑作と呼ぶにふさわしい一冊でした。未読の方はもちろん、前作のファンの方にも、ぜひ手にとっていただきたい作品です。