小説「本日は大安なり」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。辻村深月氏が描く、一世一代の晴れ舞台であるはずの結婚式。それが、大安吉日という同じ日に、同じ式場で4組も執り行われるとなれば、何事もなく終わるはずがない、そうは思いませんか? ええ、もちろん、平穏無事になど終わりません。むしろ、期待を裏切らない混乱と、それぞれの思惑が火花を散らす人間ドラマが繰り広げられるのです。

この物語の舞台は、県下有数の高級結婚式場「ホテル・アールマティ」。11月22日の日曜日、大安。最高の一日になるはずが、そこにはクレーマーまがいの新婦に振り回されるプランナー、新郎への試練のためにとんでもない計画を立てる新婦とその双子の姉、叔母の結婚を阻止しようと奔走する少年、そして自らの過ちを隠蔽するために不穏なたくらみを持つ新郎…と、一筋縄ではいかない人々が集結します。彼らの抱える秘密や嘘、見栄や嫉妬が、祝福の鐘が鳴り響くはずの場所で交錯し、予想外の事態を招いていくのです。

本稿では、そんな『本日は大安なり』の物語の筋立てを、結末に触れる部分も含めて解説し、さらに深く掘り下げた読み応えのある感想をお届けします。これから読もうと考えている方、あるいは既に読了し、あの喧騒と感動をもう一度反芻したい方にも、きっと満足いただける内容となっていることでしょう。しばし、この華やかでいて、どこか物騒な一日にお付き合いください。

小説「本日は大安なり」のあらすじ

物語は、大安吉日の11月22日、高級結婚式場「ホテル・アールマティ」を舞台に幕を開けます。この日、式場では時間差で4組の結婚式が予定されており、それぞれの式に関わる人々の視点から、一日の出来事がリレー形式で語られていきます。午前11時半開始の相馬家・加賀山家の式。新婦の加賀山妃美佳は、自分と瓜二つの双子の姉・鞠香と、ある計画を実行に移そうとしていました。それは、新郎の相馬映一が本当に自分を見ているのか試すため、式の間だけ鞠香と入れ替わるという危険な賭け。内向的な妃美佳と、活発な鞠香。正反対の姉妹の複雑な関係性が、この試練の根底にはありました。

午後12時半からは十倉家・大崎家の式。担当プランナーの山井多香子は、新婦・大崎玲奈の度重なる要求や気まぐれに疲弊しつつも、自身の過去の経験から、プランナーとしての矜持を胸に、この日を乗り切ろうと奮闘します。しかし、玲奈には多香子も知らない過去の因縁と、隠された意図があったのです。さらに、招待状のミスや当日のトラブルが重なり、多香子の心労はピークに達していました。果たして、無事に式を終えることができるのか、彼女の不安は募るばかりです。

午後1時半、別の会場では東家・白須家の式が始まろうとしています。新婦りえの甥である小学二年生の白須真空は、叔母の結婚相手である東誠に強い不信感を抱いていました。東が薬局で見知らぬ女性と「リンゴに何かを入れる」と話しているのを聞き、それが毒殺計画だと信じ込んだ真空は、りえを守るため、ささやかな妨害工作を試みます。リングボーイの役目を悪用したり、りえの大切なカチューシャを隠したり。しかし、彼の純粋な思いとは裏腹に、事態は思わぬ方向へと転がっていきます。

同じ頃、鈴木家・三田家の式を控えた新郎・鈴木睦雄は、暗い決意を胸に式場内をうろついていました。彼は既婚者でありながら、三田あすかとの関係を清算できず、重婚まがいの式を挙げる羽目に。この状況を打開するため、彼は式場に火を放ち、すべてを灰にしようと計画していたのです。ペットボトルに詰められた灯油を手に、彼は実行の機会をうかがいます。それぞれの秘密と思惑が交錯する中、ホテル・アールマティの一日は、誰も予想しなかったクライマックスへと突き進んでいくのです。

小説「本日は大安なり」の長文感想(ネタバレあり)

さて、ここからは『本日は大安なり』の核心に触れつつ、その魅力を存分に語らせていただきましょう。未読の方はご注意ください。この物語の面白さは、何と言っても、大安吉日の結婚式場という、この上なく華やかで祝福に満ちた舞台設定と、そこで繰り広げられる人間の業や滑稽さ、そして切なさとのギャップにあると言えます。4組の結婚式が同時進行し、それぞれの物語が巧みに絡み合いながら、一つの大きなうねりとなってクライマックスへと向かう構成は見事としか言いようがありません。

まず、加賀山妃美佳と鞠香の双子姉妹。入れ替わり計画は、妃美佳の自己肯定感の低さと、映一への不信感の表れでした。自分ではなく、誰からも好かれる姉を選んだのではないか、という疑念。しかし、フタを開けてみれば、新郎の映一はとっくに入れ替わりに気づいていた、という結末には、良い意味で裏切られました。彼は妃美佳の「ややこしさ」を理解し、それごと受け入れていたのです。火災という混乱の中、迷いなく参列席にいた妃美佳の手を取り、「妃美佳」と呼ぶシーンは、本作屈指の名場面でしょう。映一の「勘弁してよ」という呆れ声には、二人の関係性への深い理解と愛情が滲み出ていて、実に小気味良い。結局、鞠香は二人の絆の前に敗北を認め、新たな「ややこしい相手」を探すことになるわけですが、この姉妹の関係は、今後も形を変えながら続いていくのだろうと予感させます。彼女たちの愛憎入り混じる関係性は、まさに表裏一体。互いを映す鏡でありながら、決して同じではない存在。その複雑さが、物語に深みを与えています。

次に、プランナー山井多香子と新婦・大崎玲奈。多香子の視点は、ウェディング業界の裏側を垣間見せる役割も担っていますが、それ以上に、過去の因縁を持つ相手の結婚式を担当するという、なんとも皮肉な状況が興味深い。玲奈の傍若無人な振る舞いは、多香子だけでなく読者の神経も逆撫でしますが、終盤で明かされるサプライズには意表を突かれます。玲奈なりの不器用な感謝の表現。それは、かつて多香子から結婚を奪ったことへの、罪滅ぼしの意味合いもあったのかもしれません。玲奈が多香子にあげたハンカチを、多香子が以前玲奈にあげたものと交換するシーンは、過去との和解、そして未来への一歩を象徴しているようで、静かな感動を呼びます。火災時の多香子のプロフェッショナルな対応、そして同僚・岬との関係性の変化も、彼女の人間的成長を感じさせ、読後感を温かいものにしてくれます。玲奈のわがままの裏にあった寂しさや、多香子の仕事への情熱が、ぶつかり合いながらも最後には互いを認め合う形になる展開は、実に人間らしいと言えるでしょう。

そして、白須真空とりえ、東誠の物語。子供の視点から見た大人の世界の不可解さ、そして純粋な思い込みが引き起こす騒動が描かれます。真空が東を「毒殺犯」だと誤解する件は、微笑ましくもあり、切なくもあります。東の不器用さ、コミュニケーション能力の低さが、周囲の誤解を招きやすい彼の性質をよく表しています。しかし、真空の妨害工作や、結婚に反対する親族たちの心無い言葉にもめげず、彼なりにりえを大切に思っていることが徐々に明らかになっていく過程は、応援したくなります。ここで登場するのが、『子どもたちは夜と遊ぶ』でお馴染みの狐塚孝太と石澤恭司。彼らの介入が、事態をさらに面白くします。特に狐塚が、真空の誤解を解き、東の真意を伝える役割を果たす場面は、辻村作品ファンにとっては嬉しいサプライズでしょう。毒リンゴ騒動の真相が、サプライズプロポーズのための婚約指輪だった、というオチも鮮やか。火災発生時、真っ先に避難誘導をする東の頼もしさ。真空が東に「りえちゃんのこと、よろしくね」と託す場面は、少年の成長を感じさせ、胸が熱くなります。誤解が解け、真実が明らかになることで、家族の絆が再確認される、心温まるエピソードです。

最後に、鈴木睦雄。彼の存在は、この華やかな物語における影の部分、あるいは最も愚かで救いようのない部分を象徴していると言えるかもしれません。自らの不倫関係を隠蔽するために結婚式場に放火しようと企むとは、もはやサイコパスの領域。しかし、彼の行動原理にある「ストッパー」の存在、つまり人生の岐路でなぜか現れる破滅を防ぐ存在(彼にとっては妻の貴和子)への依存心が、彼の弱さや人間味(と言っていいのかは疑問ですが)を感じさせなくもありません。結局、彼の放火計画は、厨房からの失火という、ある意味「ストッパー」の役割を果たした偶然によって未遂に終わります。しかし、本当の「ストッパー」は、彼の愚行を知りながらも、最終的に彼を(物理的に)殴りつけ、現実と向き合わせようとした恭司であり、その恭司を遣わした妻・貴和子だった、という皮肉な結末。貴和子が妊娠していたという事実も、彼の再生(あるいは更生?)への重い十字架となるでしょう。睦雄の身勝手さと、彼を取り巻く状況のどうしようもなさは、物語にビターな味わいを加えています。彼の存在は、結婚という制度の持つ幸福な側面だけでなく、欺瞞や破綻といった暗部をも浮き彫りにしているのです。

これら4組の物語が、火災というアクシデントをきっかけに収束していく展開は圧巻です。登場人物たちの秘密や嘘は、まるで結婚式場の華やかな装飾の裏に隠された埃のようですが、予期せぬ火災がそれを白日の下に晒け出すのです。 火事という非日常的な出来事が、それぞれの人物に決断を迫り、本音を引き出し、関係性を変化させる触媒として機能しています。混乱の中で見せる人間の本性、危機的状況下での連帯、あるいは露呈するエゴイズム。それらがリアルに描かれているからこそ、物語に引き込まれます。

そして、エピローグとなる「遅れてきた大安」。火災から2年後、ホテル・アールマティが困難を乗り越え、再びウェディングフェアを開催するまでに回復した様子が描かれます。玲奈のテレビでのフォロー発言が、ホテルの評判回復に一役買ったという後日談も、彼女なりの成長を感じさせます。チーフプランナーとなった多香子が、岬との結婚を控えていること。映一と妃美佳・鞠香が相変わらずの関係性を続けていること。そして、睦雄が元の妻・貴和子と(おそらくは多大な苦労の末に)関係を修復し、子供を連れてささやかな祝いの場を設けようとしていること。それぞれの「その後」が語られ、物語は希望を感じさせる形で幕を閉じます。特に、睦雄が貴和子とやり直し、再びこの式場を訪れる場面は、人間の再生能力、あるいはしぶとさのようなものを感じさせ、複雑な感慨を覚えます。多香子が彼らに向ける「このたびは、おめでとうございます」という言葉には、過去の出来事を乗り越えた彼女自身の強さと、未来への祝福が込められているように思えました。

『本日は大安なり』は、結婚式という特別な一日を舞台に、人間の持つ多面性、愛と憎しみ、誤解と理解、破滅と再生といった普遍的なテーマを、エンターテイメント性豊かに描き切った傑作と言えるでしょう。軽快な筆致で進む物語の中に、時折鋭い人間観察が光り、読後には爽快感と共に、人生のほろ苦さも感じさせてくれる。辻村深月氏の手腕が存分に発揮された、忘れがたい一作です。

まとめ

さて、辻村深月氏の『本日は大安なり』について、物語の筋立てから踏み込んだ感想まで語ってきましたが、いかがでしたでしょうか。大安吉日の結婚式場という華やかな舞台で繰り広げられる、4組のカップルとそれを取り巻く人々の、一筋縄ではいかない人間模様。それは時に滑稽で、時に切なく、そして時に私たちの心に深く突き刺さるものがありました。

入れ替わりを企む双子姉妹、過去の因縁を抱えるプランナーと新婦、叔母の結婚を阻止しようとする少年、そして破滅的な計画を立てる新郎。彼らの思惑が交錯し、予期せぬ火災によって、隠されていた真実や本音が露わになる展開は、まさに圧巻の一言です。それぞれの物語が巧みに織りなされ、一つの大きなカタルシスへと昇華していく構成は、読者を飽きさせません。

この物語は、結婚という人生の節目における人々の喜びや希望だけでなく、不安や葛藤、見栄や嫉妬といった、人間の持つ複雑な感情をも見事に描き出しています。読み終えた後には、登場人物たちの未来に思いを馳せると共に、自分自身の人生や人間関係について、ふと考えさせられるかもしれません。エンターテイメントとして抜群に面白いだけでなく、深い余韻を残す。これぞ辻村深月作品の真骨頂と言えるのではないでしょうか。