小説「彼女は宇宙服を着て眠る」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。
結婚式を終えたばかりの一夜、祝福の余韻と奇妙な違和感のあいだに揺れる新郎が、ホテルをさまよい歩くところから物語は始まります。タイトル通り、宇宙服という異様な装いが、現実と夢の境界をぐにゃりとゆがめていきます。
この短編集の表題作である「彼女は宇宙服を着て眠る」は、七つの愛と情熱の物語の中でも、最も“危うい夜”を切り取った一編です。結婚式の夜に、新郎が新婦を部屋に残して、一人の女と出会うという骨格は、書店などで紹介されている内容からも分かります。
タイトルに惹かれて手に取った方は、「いったいどんなあらすじなのか」「宇宙服とは何の象徴なのか」と気になるところだと思います。現実的な恋愛小説だと思って読み始めると、いつの間にか夢のような感覚へ連れて行かれ、「これは何を示しているのか」と考え込んでしまう不思議な読後感が残ります。
ここでは、前半で物語の流れを追いながらあらすじを整理し、後半の長文感想では、宇宙服の意味や新郎の揺らぎ、そして短編集全体の中での位置づけまで掘り下げていきます。「彼女は宇宙服を着て眠る」という題名に込められた感覚を、一緒にたどっていきましょう。
「彼女は宇宙服を着て眠る」のあらすじ
結婚式を終え、海辺のホテルに泊まっている新郎は、祝宴の熱気が引いたあと、なかなか寝つけずにいます。隣のベッドでは、新婦が静かに眠っているはずなのに、胸のあたりがざわつき、幸福というよりも、なにか取り返しのつかないところへ来てしまったような不安にとらわれています。
やがて新郎は部屋を抜け出し、夜のホテルをさまよい始めます。ロビーや廊下を歩き、外の海を眺め、ひとりになろうとすればするほど、「本当にこの結婚でよかったのか」という問いが、波のように押し寄せてきます。そのうち、人気のない場所で、奇妙な姿の女と出会います。
その女は、まるで宇宙飛行士のような装備を身につけています。厚い服、外界から切り離すような装い。新郎には、その姿が滑稽というより、痛々しく映ります。会話を交わすうちに、彼は彼女が抱えている傷や、過去の恋愛の影、現実から逃げるようにこのホテルへ来た理由を、おぼろげながら感じ取っていきます。
不思議な一夜の対話の中で、新郎は自分自身の迷いや、結婚に対する恐れを突きつけられます。夜が明けるころ、彼は、眠る新婦のいる部屋へ戻るのか、それとも別の選択をするのか、ひとつの決断を迫られることになります。最後にどちらへ足を踏み出すのかは、実際に読んで確かめたくなるところです。このあらすじ段階では、その一線の向こう側は伏せておきます。
「彼女は宇宙服を着て眠る」の長文感想(ネタバレあり)
物語を読み終えたとき、まず強く残るのは、宇宙服というアイテムの異様さと切なさです。祝宴を終えたばかりのホテルという、とても現実的で祝福に満ちた場所に、「彼女は宇宙服を着て眠る」という非現実的なイメージが持ち込まれることで、読者は一気に不安定な地平へ連れて行かれます。地球上のホテルであるはずなのに、どこか遠い惑星の夜に迷い込んだような、心の温度のずれが生まれます。
結婚式の夜に、新郎が新婦を置いて別の女と会う、というあらすじだけを聞くと、ありがちな不倫劇のように思えるかもしれません。しかし「彼女は宇宙服を着て眠る」は、道徳的な善し悪しを裁く物語ではなく、「愛を選ぶとき、人はどこまで孤独を抱えたままでいられるのか」という問いを、ぎりぎりの形で突きつけてきます。新郎は、ただ浮ついているわけではなく、自分が結婚という航海に耐えられる器なのかを、必死に見極めようとしているように見えます。
宇宙服をまとう女は、その迷いの“鏡”のような存在です。新郎がことばにできない不安や、過去の恋愛への未練、世界から取り残されてしまう恐怖を、彼女は別の形で体現しているように感じられます。タイトルにある「彼女は宇宙服を着て眠る」という一文は、外の世界とつながることを拒み、完全に密閉された自分の世界の中でしか眠れない人間の姿だ、と読むこともできるでしょう。
宇宙服は、外界から身を守る装備であると同時に、他者との直接的な触れ合いを遮断する殻でもあります。その二重性が、とても痛いところを突いてきます。結婚という制度もまた、ふたりを守る殻でありながら、外からの視線や期待によって息苦しさを生んでしまうことがあります。「彼女は宇宙服を着て眠る」の夜は、その矛盾が極端な形で可視化される時間なのだと感じました。
会話の中で語られる女の過去や、彼女がなぜそんな装いでここにいるのかという断片は、完全には説明されません。だからこそ、新郎も読者も、自分の経験や恐れをそこに重ねてしまうのだと思います。短い場面が連続していくようでいて、そのひとつひとつが、新郎の心のひび割れをなぞるように配置されています。ここから少しだけネタバレになるのですが、彼女の姿が現実なのか幻想なのか、最後まで決定的には断定されない点が、この物語の肝になっています。
物語終盤、新郎が“現実”側の扉に戻るかどうかを選ぶ場面は、恋愛小説ではありふれた構図のはずなのに、「彼女は宇宙服を着て眠る」では妙な恐怖と静けさが同居しています。祝福されているはずの結婚の夜が、ここまで冷たい場所として描かれるのは、作中の新郎がまだ自分を信用しきれていないからでしょう。愛されているのに、そこへ飛び込む勇気が持てない人間の情けなさと切実さが、じわじわと伝わってきます。
個人的に印象的だったのは、女の存在が“誘惑”というより“予言”のように見えるところです。彼女は新郎に、別の人生の可能性を約束するというより、この先の結婚生活で直面するかもしれない孤独の姿を、先取りして見せているように思えました。宇宙服の中でひとり眠る彼女は、未来の新郎かもしれないし、別のかたちの新婦かもしれない。その揺らぎが、「彼女は宇宙服を着て眠る」という題名に、ずっと残響として残ります。
また、この作品が単独の中編ではなく、「超越者」や「愛の工面」などを含む短編集の表題作であることも重要です。砂漠に呑まれた人生や、カメラを通じて見た愛のかたちなど、他の話でも“愛は人を死に追いやるのか、それとも希望へ導くのか”という問いが繰り返し変奏されます。
その中で、結婚式という最も祝祭的な場面を選んだ「彼女は宇宙服を着て眠る」は、「始まり」に潜む破滅の影を描き出す役割を担っているように感じました。
文章の運びも特徴的です。説明を極力削り、会話と感覚的な描写を重ねることで、読者は新郎と一緒に“何が現実なのか分からない夜”を体験させられます。ホテルの明かり、遠くに聞こえる波の音、人工的な空調の冷たさと、宇宙服の内側の息苦しさ。具体的な情景はさほど多くないのに、読んでいるとじわりと体温が下がっていくような気がしてきます。
「彼女は宇宙服を着て眠る」という作品を読みながら、結婚を経験した読者は、自分の式の夜を思い出さずにはいられないかもしれません。あのとき本当に“幸福一択”だったのか、それとも心のどこかで逃げ道を探していたのか。まだ結婚していない読者にとっては、「愛を選ぶ」とはどういうことかを、少し怖い角度から考えさせられる一編になるでしょう。
短編集全体で見ると、「朝はいつだって歯磨きから始まる」や「超越者」、「愛の工面」など、どの話も愛の極端な姿を描きながら、どこか現実の生活につながる手触りを残しています。その中で「彼女は宇宙服を着て眠る」は、もっとも夢と現実の境目に立つ物語です。読者はここで一度、愛の物語を“遠くから眺める視点”と“当事者として巻き込まれる視点”の両方を味わうことになります。
読み終えて本を閉じたあとも、「もし自分の隣で眠っている人が、実は宇宙服を着ているのだとしたら」という、少し怖くて少し悲しい想像が頭をよぎります。外からは見えない殻をまといながら、それでも誰かと生きていこうとする。その切実さこそが、「彼女は宇宙服を着て眠る」という物語の核なのだろうと感じました。
まとめ:「彼女は宇宙服を着て眠る」のあらすじ・ネタバレ・長文感想
- 結婚式の夜という祝祭的な場面に、宇宙服という異物を持ち込む設定が強烈な印象を残す。
- 「彼女は宇宙服を着て眠る」は、不倫劇ではなく、愛を選ぶときの孤独や不安を描く物語として読める。
- 宇宙服は、外界から身を守る殻であると同時に、他者との接触を遮断する痛々しい象徴として機能している。
- 新郎が出会う女は、誘惑の相手というより、新郎自身の迷いや未来の姿を映す“鏡”のような存在に見える。
- 結末は現実と幻想の境界をあいまいにしたまま、読者に解釈の余地を残している。
- 短編集の他の作品と同様、「愛は人を破滅へ追い込むのか、それとも希望へ導くのか」というテーマが、別の角度から照らされている。
- 説明を抑えた構成により、読者は新郎と一緒に不安定な一夜を体感させられる。
- 結婚経験の有無にかかわらず、愛を選ぶことの責任や怖さについて考えさせられる一冊になっている。
- 「彼女は宇宙服を着て眠る」は、短編集全体の中で、現実と夢の境目を担う位置づけにあり、世界観の入口となる表題作だといえる。
- 読後には、隣で眠る人がどんな“見えない宇宙服”をまとっているのか、自分自身もどんな殻を着込んでいるのかを振り返りたくなる。



















