小説「妻に失恋した男」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。江戸川乱歩が手掛けたこの短編は、映画「失恋殺人」の原作としても知られていますね。ただ、いつ発表された作品なのか、はっきりとした情報を見つけるのは少し難しいかもしれません。

私自身、映画「失恋殺人」を先に観まして、その…ええと、独特な後味に、逆に原作はどんな物語なのだろうと強く興味を引かれたんです。原作が収録されている本を探したところ、角川ホラー文庫の短編集「人間椅子」に収められていることがわかりました。通勤中に気軽に読める文庫本で見つけられたのは幸いでした。

手に入れてページをめくってみると、「妻に失恋した男」は本当に短い、わずか十ページほどの作品でした。タイトルだけではピンとこなかったのですが、読み進めるうちに「ああ、これ読んだことある!」と思い出しました。おそらく、以前に乱歩の作品集か何かで触れていたのでしょう。

短い物語ではありますが、この記事ではその物語の筋道と結末について詳しく触れていきます。そして、読み終えて私が抱いた考えや感じたことを、かなり詳しくお話ししたいと思います。もし物語の結末を知りたくない方は、ご注意くださいね。それでは、一緒に「妻に失恋した男」の世界を覗いてみましょう。

小説「妻に失恋した男」のあらすじ

物語は、南田収一という男性が自宅の書斎で亡くなっているのが発見される場面から始まります。彼は頭を拳銃で撃ち抜かれており、銃弾は口から後頭部を貫通し、背後の壁にまで達していました。発見時、部屋には内側から鍵がかけられており、その唯一の鍵は部屋の中に落ちていたのです。

状況から見て、警察は当初、これを自殺と判断します。なぜなら、収一が生前、知人に対して「妻に失恋して死にたい」と漏らしていたという証言があったからです。密室状況と、本人の自殺をほのめかす言葉。これらが自殺説を裏付けるかのように思われました。

しかし、この事件を担当した刑事の一人は、この結論にどうにも腑に落ちないものを感じていました。何かが引っかかる。彼は公式な捜査とは別に、独自に調査を続けることにします。そして、収一が亡くなる直前に、近所の歯科医院で虫歯の治療を受けていたという事実を突き止めます。

死のうと考えている人間が、わざわざ歯の治療に行くだろうか? この疑問が刑事の頭を離れませんでした。彼はその歯科医院を訪ね、聞き込みを開始します。すると、事件の直後、その歯科医院では患者が座る治療用の椅子の、頭を乗せる部分だけが新品に交換されていたことが判明します。しかも、交換された古い部品はどこに行ったのか分からないというのです。

刑事の中で、点と線が繋がり始めます。歯科医師の琴浦が、治療中に収一を殺害したのではないか? そして、収一の妻であり、琴浦と不倫関係にあったみや子と共謀して、自殺に見せかけたのではないか? そう考えた刑事は、琴浦医師と妻みや子を問い詰めます。

驚くべきことに、二人は刑事の追及に対し、あっさりと犯行を認めました。収一の部屋の密室トリックですが、それは琴浦医師が歯科治療用の道具を使い、部屋の鍵を複製していたことで成り立っていたのでした。こうして、「妻に失恋した男」の死の真相は、自殺ではなく、不倫関係のもつれによる計画殺人であったことが明らかになるのです。

小説「妻に失恋した男」の長文感想(ネタバレあり)

さて、ここからは小説「妻に失恋した男」を読んで私が感じたこと、考えたことを詳しくお話ししていきたいと思います。物語の結末にも触れていますので、その点はご了承くださいね。

まず、この作品を読んで最初に抱いたのは、「なんと短い!」という驚きでした。文庫本でわずか十ページ。あっという間に読み終えてしまいます。しかし、その短さの中に、事件の発生から謎の提示、捜査、そして解決までがきちんと詰め込まれているのは、さすが乱歩だと感じ入りました。無駄な描写が削ぎ落とされ、物語の核心だけが提示される潔さがあります。

映画「失恋殺人」の原作と聞いていたので、もっとドロドロとした情念渦巻く物語や、あるいは乱歩特有の怪奇趣味、エロティックな雰囲気を想像していたのですが、この原作はそういった要素がほとんどありません。むしろ、非常にオーソドックスな、本格推理小説の骨格を持っている作品だと言えるでしょう。密室状況、自殺偽装、そして意外な凶器(あるいは犯行現場)の特定という、ミステリの定石がしっかりと踏まえられています。

物語の中心となる謎は、「自殺に見せかけられた殺人」と「密室トリック」ですね。被害者の収一が「妻に失恋して死にたい」と漏らしていたこと、部屋に内鍵がかかっていたことから、警察は早々に自殺と断定します。しかし、一人の刑事が抱いた「死ぬつもりの人間が歯の治療に行くか?」という素朴な疑問から、捜査が再開される展開は、読者の興味をうまく引きつけます。日常的な行動の中に潜む不自然さから真相に迫るというのは、探偵小説の醍醐味の一つですよね。

そして、真相解明の鍵となるのが歯科医院の治療椅子です。まさか歯の治療中に殺害され、その痕跡を隠すために椅子の部品が交換されていたとは、少し意表を突かれました。犯行現場が被害者の自宅ではなく、第三の場所である歯科医院だった、という点がミソですね。歯科医院という、ある種閉鎖的で特殊な空間が、犯行の舞台として効果的に使われていると感じます。

ただ、このトリックについて少し考えると、いくつか疑問も浮かんできます。参考にした他の感想記事でも触れられていましたが、「本当にこの偽装で警察を欺けるのだろうか?」という点です。口から頭部を撃ち抜くという自殺の方法は、確かにありえなくはないですが、治療椅子の上で、しかも歯科医師によって行われたとなると、不自然さが残るように思います。銃声の問題や、返り血などの処理はどうしたのか、といった細部が省略されているため、ややご都合主義的に感じられる部分があるかもしれません。

また、密室トリックの種明かしである「鍵の複製」についても、歯科用の道具で簡単に合鍵が作れてしまう、という説明は、現代の感覚からすると少し安直に思えるかもしれませんね。もちろん、作品が書かれたであろう時代背景を考慮する必要はあるでしょう。当時の鍵の構造や捜査技術の水準を考えれば、あるいは可能だったのかもしれませんが、現代ミステリに慣れた目から見ると、少し物足りなさを感じる部分ではあります。

登場人物について見ていきましょう。被害者の南田収一は、「妻に失恋した」と語る、どこか頼りない人物として描かれています。しかし、彼が具体的にどのような人物で、なぜ妻との関係がこじれてしまったのか、その背景はほとんど語られません。あくまで事件の被害者、という記号的な役割にとどまっている印象です。

犯人である歯科医師の琴浦と妻のみや子も同様です。二人の不倫関係が犯行の動機であることは示されますが、彼らの心理描写は非常に希薄です。特に、刑事にあっさりと犯行を認めてしまう場面は、拍子抜けするほどです。追い詰められた末の自白というよりは、まるで「はい、やりました」とでも言うような軽ささえ感じられます。乱歩の他の作品に見られるような、倒錯した情念や異常心理といった描写は、この作品ではほとんど見られません。純粋な謎解きに主眼が置かれているため、人物造形は比較的あっさりしているのかもしれませんね。

この作品で最も印象的なのは、むしろ名もなき刑事の存在かもしれません。彼は組織の決定に疑問を持ち、地道な捜査で真相にたどり着きます。彼の視点を通して、読者は事件の謎を追体験することになります。彼の粘り強い捜査がなければ、事件は自殺として処理されていたわけですから、彼の存在がこの物語の推進力となっています。ただ、彼もまた個性的なキャラクターというよりは、探偵役としての機能を果たす存在として描かれています。

映画「失恋殺人」と比較すると、原作の「妻に失恋した男」がいかに純粋な推理小説であるかが際立ちますね。映画版は、宮地真緒さん演じるみや子と、大浦龍宇一さん演じる琴浦医師の濃密な不倫関係を中心に描き、エロティックな要素を前面に押し出した作品になっていました。原作ではほとんど登場しない二人が、映画では主役級の扱いでした。殺害シーンも明確に描かれ、ミステリとしての謎解き要素は薄れていました。原作の骨格だけを借りて、全く別の物語として再構築した、という方が近いかもしれません。個人的には、原作の持つ簡潔な推理小説としての魅力を、映画版は活かしきれていなかったように感じました。もちろん、映画は映画としての見どころがあるのでしょうけれど、原作ファンとしては少し寂しい気持ちにもなりました。

「妻に失恋した男」というタイトルも、改めて考えてみると面白いですね。事件の発端は確かに収一の「失恋」ですが、物語の焦点はむしろ、その死が自殺ではなく殺人であること、そしてそのトリックを暴くことにあります。タイトルは事件の状況を端的に示していますが、物語の本質はそこから一歩進んだ謎解きにあると言えるでしょう。あるいは、「妻に失恋した」という状況そのものが、犯人たちによる偽装工作の一部だった、とも解釈できるかもしれません。

「妻に失恋した男」は、江戸川乱歩作品の中では比較的異色な、本格推理に寄せた短編と言えるのではないでしょうか。乱歩ならではの怪奇趣味や耽美的な雰囲気は薄いですが、短い中に凝縮された謎解きの面白さを味わうことができます。トリックのリアリティなど、細かく見れば気になる点もありますが、古典ミステリの小品として、その手際の良さを楽しむのが良いのかもしれません。

もし、あなたが江戸川乱歩の作品にこれから触れようと思っているなら、この作品は少し意外に感じられるかもしれません。しかし、乱歩がこうしたストレートな推理小説も書いていたことを知る上で、興味深い一作だと思います。わずかなページ数で読めてしまうので、ちょっとした空き時間に読むのにもぴったりです。

歯科医院という日常的な空間が、突如として殺人の舞台となる。その意外性。自殺に見せかけるための、巧妙とは言いがたいけれど、一応の工夫が凝らされた偽装工作。そして、それを粘り強い捜査で見破る刑事。要素としてはシンプルですが、ミステリの基本的な面白さが詰まっている作品だと、私は思います。派手さはないけれど、じわりと効いてくるような、そんな味わいのある短編でした。

まとめ

江戸川乱歩の短編小説「妻に失恋した男」について、物語の結末を含む詳しい筋道と、私の個人的な読み終えた後の考えをお話ししてきました。いかがでしたでしょうか。この作品は、わずか十ページほどの短い物語でありながら、密室、自殺偽装、そして意外な犯行現場といったミステリの要素が詰まった一編です。

物語は、自宅で拳銃自殺したとされる南田収一の死に疑問を抱いた刑事が、独自の捜査を進めるうちに、彼が死の直前に訪れていた歯科医院に疑いの目を向け、歯科医師とその妻(収一の妻でもあった)による偽装殺人であったことを突き止める、というものです。犯行の舞台となった歯科医院の治療椅子や、鍵の複製といったトリックが明かされます。

映画「失恋殺人」の原作としても知られていますが、映画が男女の情念やエロティックな描写に重点を置いているのに対し、原作はあくまで謎解きを中心とした純粋な推理小説としての性格が強いです。乱歩の作品に多い、怪奇趣味や異常心理といった要素は控えめですが、その分、古典的な探偵小説の面白さをストレートに味わうことができます。トリックの現実性など、現代の視点から見ると少し甘い部分も感じられるかもしれませんが、短編ならではの簡潔さとテンポの良さは魅力的です。

江戸川乱歩の多彩な作風に触れる一編として、また、気軽に読めるミステリ短編として、手に取ってみる価値はあると思います。特に、映画版との違いを比べてみるのも面白いかもしれませんね。もし未読でしたら、ぜひ一度読んでみてください。