小説「双生児」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。江戸川乱歩が1924年に発表したこの短編は、双子の兄弟間の愛憎と、完全犯罪を目論んだ男の末路を描いた傑作として知られています。
物語は、死刑を目前に控えた男の告白という形で進みます。彼は、自分が犯したとされる強盗殺人事件ではなく、それ以前に犯したもう一つの殺人、すなわち双子の兄を殺害し、その身分を乗っ取ったという驚くべき秘密を語り始めるのです。
この記事では、まず「双生児」の物語の核心部分、つまりどのような経緯で事件が起こり、どのような結末を迎えるのかを詳しくお伝えします。どんでん返しが魅力の作品ですので、結末を知りたくない方はご注意ください。
そして後半では、物語の結末を踏まえた上で、私がこの作品を読んで感じたこと、考えたことを詳しく述べていきます。なぜ弟は兄を殺さねばならなかったのか、計画の巧妙さと皮肉な結末、そして乱歩作品ならではの魅力について、じっくりと語りたいと思います。
小説「双生児」のあらすじ
死刑執行を間近に控えた「私」は、訪れた弁護士(あるいは教誨師でしょうか)に対し、これまで誰にも語らなかった秘密を打ち明け始めます。それは、現在服役している罪とは別の、完全犯罪を成し遂げたはずの過去の殺人に関する告白でした。彼がこの世から消し去ったのは、彼と瓜二つの顔を持つ双子の兄だったのです。
裕福な家に生まれたものの、全ての財産と家督を相続したのは兄でした。そればかりか、かつて「私」が愛した女性までもが兄の妻となってしまったのです。容姿は酷似していても、運命は残酷なまでに二人を隔てました。積もり積もった嫉妬と憎悪は、やがて兄の殺害計画へと「私」を駆り立てます。
「私」は周到な計画を練り上げました。兄を殺害した後、その死体を屋敷の庭にある古い井戸に隠し、巧妙に埋め戻す算段です。兄になりすますためには、顔かたちだけでなく、声色や些細な身のこなし、癖に至るまで完璧に模倣する必要がありました。約一ヶ月にわたる訓練の末、「私」は兄そのものになる術を身につけます。
そして、計画は実行に移されました。「私」は兄を絞め殺し、計画通り古井戸の底深くに死体を遺棄しました。庭師には何も知らせず、井戸を埋めさせ、死体処理は完璧に完了します。放蕩癖のある「弟」は遠い朝鮮へ行ったことにして、「私」は兄として屋敷の主人におさまります。莫大な財産、かつての恋人であった兄嫁、全てを手に入れたのです。兄嫁に気づかれるのではないかという一抹の不安はありましたが、幸いにも怪しまれることなく、平穏な日々が過ぎていきました。
しかし、「私」の浪費癖は兄になりすましても治りませんでした。相続した財産はみるみるうちに減っていき、金策のために新たな犯罪を計画せざるを得なくなります。そんな折、兄が生前に書いていた日記を何気なく読み返していた「私」は、ある重大な発見をします。古いページに、墨が付着した兄の指紋が残されていたのです。
一卵性双生児であっても指紋は異なります。「私」は自身の指紋と見比べ、確かに別物であることを確認しました。そして、この指紋を利用した巧妙なアリバイ工作を思いつきます。日記の指紋からゴム印を作成し、次の犯行現場に残せば、行方不明となっている「弟」の仕業に見せかけられると考えたのです。計画通り強盗殺人を実行し、現場に偽造した指紋を残しました。捜査線上に自分が浮かぶことも想定し、警察の指紋採取にも平然と応じました。これで万事休す、完全犯罪は再び成功したかに思われました。しかし、数日後、「私」は逮捕されます。日記に残されていたのは、兄自身の指紋ではなく、インクが凹部に付着した、いわば「ネガ」のような指紋だったのです。それを元に作ったゴム印の指紋は、当然ながら「私」自身の指紋と一致してしまったのでした。
小説「双生児」の長文感想(ネタバレあり)
江戸川乱歩の「双生児」を読むたびに、人間の心の奥底に潜む暗い情念と、運命の皮肉さに打ちのめされるような感覚を覚えます。死刑囚の告白という形式が、まず読者を引きつけます。これから語られる内容が、決して明るいものではないことを予感させ、一種の背徳的な好奇心をかき立てられるのです。
物語の核となるのは、双子の弟が兄に対して抱く強烈な劣等感と嫉妬です。容姿は瓜二つでありながら、家督も財産も、そして愛する女性までも兄に奪われた(と弟は感じている)状況。この設定だけでも、ドラマが生まれる土壌は十分にあります。弟の「私」が抱える鬱屈とした感情は、読者にも痛いほど伝わってきます。彼が兄の殺害を決意するに至る心理描写は、決して共感できるものではありませんが、その切実さには鬼気迫るものがあります。
兄になりすますための準備段階の描写も、乱歩作品らしい執念深さが感じられて興味深い点です。声色や歩き方、細かい癖まで模倣するための訓練。これは単なる変装ではなく、他者の存在そのものを乗っ取ろうとする行為であり、その異常性が際立ちます。一ヶ月もの期間を費やして「兄になる」ことを目指す執念は、彼の憎しみの深さを物語っています。
そして、計画実行の場面。兄を殺害し、古井戸に死体を遺棄するくだりは、淡々と、しかし冷徹に描かれています。計画が成功し、兄として生活を始める弟。最大の障壁となるはずの兄嫁に気づかれずに日々が過ぎていく描写は、サスペンスに満ちています。本当に気づかれていないのか? それとも、兄嫁は何かを感づきながらも、あえて知らないふりをしているのか? この曖昧さが、読者の想像力を掻き立てます。もしかしたら、兄嫁もまた、かつての恋人であった弟の存在を心のどこかで受け入れていたのかもしれない…などと考えると、物語にさらなる深みが増します。
しかし、手に入れたはずの幸福は長くは続きません。弟の浪費癖という、人間的な弱さが計画に綻びを生じさせます。莫大な財産を食いつぶし、再び犯罪に手を染めざるを得なくなる展開は、転落していく人間の悲哀を感じさせます。ここで登場するのが、物語の転換点となる「指紋」のトリックです。
兄の日記に残された指紋を発見し、それを悪用しようと思いつく場面は、弟の悪知恵と、同時に彼の破滅への序章を感じさせます。一卵性双生児でも指紋が異なるという科学的な事実(当時としては斬新だったかもしれません)に基づいたトリックは、ミステリーとしての面白さを高めています。自分の指紋と見比べ、違いを確認し、これを利用すれば行方不明の「弟」に罪を着せられると確信する。ここまでは、彼の計画は巧妙に見えます。
ゴム印を作成し、犯行現場に残す。警察の捜査にも協力し、指紋を提供する。自信満々の弟の姿が目に浮かぶようです。読者もまた、このトリックが成功するのではないかと、あるいは何か別のどんでん返しがあるのではないかと、固唾を飲んで見守ることになります。
そして訪れる結末。逮捕の理由は、日記の指紋が「ネガ」であったため、作成したゴム印は「弟」自身の指紋になってしまった、というものです。この結末は、実に見事な皮肉と言えるでしょう。完璧な計画と思い込み、兄の指紋を利用しようとした結果、自らの手で自身の罪を証明してしまったのです。兄の痕跡を利用しようとしたことが、逆に自分自身の存在を決定的に暴き出すことにつながった。これほど痛烈な皮肉はありません。
このどんでん返しは、単なるトリックの妙にとどまらず、物語全体のテーマとも深く結びついています。兄になりすまし、兄の人生を奪おうとした弟でしたが、結局は自分自身の本質(指紋という、変えようのない個人の証)から逃れることはできなかったのです。他者になろうとすればするほど、自己の存在が浮き彫りになるという、存在論的な問いかけすら含んでいるように感じられます。
江戸川乱歩の作品には、しばしば人間の心の闇や倒錯した欲望が描かれますが、「双生児」もその系譜に連なる作品です。特に、瓜二つの存在に対する愛憎や、自己と他者の境界が曖昧になるような感覚は、乱歩が得意とするテーマの一つでしょう。本作では、それが「入れ替わり」という形で具体化されています。
死刑囚の告白という形式も、作品の効果を高めています。彼の主観を通して語られるため、読者は彼の心理に寄り添いながら物語を追体験することになります。その語り口は、時に冷静であり、時に激情を帯び、読者を飽きさせません。最後の最後まで、彼の告白から目が離せなくなります。
大正末期という時代設定も、作品に独特の陰影を与えています。科学的な捜査手法(指紋鑑定)が導入されつつも、どこかまだ因習的な雰囲気も残る時代。古井戸という舞台装置も、日本の古い因習や怪談を想起させ、物語の不気味さを増幅させているように感じます。
改めて「双生児」を読むと、短い物語の中に、人間の業、計画の落とし穴、そして運命の皮肉といった普遍的なテーマが凝縮されていることに驚かされます。弟の犯した罪は許されるものではありませんが、彼が抱えた苦悩や、完全犯罪を夢見た末のあまりにもあっけない結末には、一種の哀れみすら感じてしまうかもしれません。
この物語は、私たちに問いかけてきます。もし自分が同じような状況に置かれたら? 激しい嫉妬や劣等感に苛まれたとき、人はどこまで踏み越えてしまうのか? そして、どんなに巧妙な計画を立てたとしても、予期せぬ落とし穴が待っているかもしれないという、人生の不確かさをも示唆しているようです。まさに、江戸川乱歩ならではの、人間の心理の深淵を覗き込むような、忘れがたい読後感を残す一編だと思います。
まとめ
この記事では、江戸川乱歩の名作短編「双生児」の物語の筋立てと結末、そして私が感じたこと考えたことを詳しくお伝えしてきました。双子の兄への激しい嫉妬から、兄を殺害しその存在になりすました男の告白という形で物語は進みます。
全てを手に入れたかに見えた弟でしたが、浪費癖から再び犯罪を計画。兄の日記に残された指紋を利用した完全犯罪を目論みますが、その指紋が思わぬ形(ネガ)であったために、自らの犯行を証明してしまうという皮肉な結末を迎えます。計画の巧妙さと、予期せぬ落とし穴が実に見事に対比されています。
物語の核心部分に触れていますので、これから読もうと思っていた方には結末を明かす形になってしまいましたが、この衝撃的な結末とそこに至るまでの心理描写こそが、「双生児」の大きな魅力であると感じています。人間の心の闇、愛憎、そして運命の皮肉を描いた、乱歩ならではの世界観が凝縮されています。
まだ読んだことがない方にはもちろん、再読される方にも、新たな発見があるかもしれません。人間の複雑な心理と、ミステリーとしての面白さを兼ね備えた「双生児」、ぜひ手に取って、その世界に浸ってみてはいかがでしょうか。