小説「予知夢」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。東野圭吾氏が紡ぎ出す、不可解な現象と科学的解明の物語。ガリレオシリーズ第二弾として、物理学者・湯川学の怜悧な頭脳が再び冴えわたる短編集です。

本作「予知夢」では、タイトルが示す通り、予知夢や霊視、ポルターガイストといった、常識では捉えきれない現象が事件の発端となります。警視庁の刑事・草薙俊平は、これらの奇妙な事件に頭を悩ませ、大学時代の友人である湯川に助けを求めることになるのです。凡人には理解不能な謎も、天才物理学者の手にかかれば、いかに解き明かされるのか。

この記事では、「予知夢」に収録された五つの短編、「夢想る」「霊視る」「騒霊ぐ」「絞殺る」「予知る」の物語の核心に迫りつつ、それぞれの事件に対する私の見解を述べさせていただきます。科学という名のメスが、不可解な現象の裏に隠された人間たちの業を、どのように切り裂いていくのか。存分にご堪能ください。

小説「予知夢」のあらすじ

「夢想る」では、17年前に見た夢に従って少女の部屋に侵入した男が登場します。男が小学四年生の時に書いた作文がその証拠だと主張しますが、果たしてそれは本当に未来を予知した夢だったのでしょうか。草薙刑事は、この奇妙な事件の真相を解明すべく、湯川学のもとを訪れます。湯川は、男の過去と、被害者少女の母親が隠す秘密に目を向けます。

「霊視る」は、殺害された女性が、死亡推定時刻に別の場所で目撃されるという、まさに幽霊のような事件を描きます。容疑者にはアリバイがあり、目撃証言は揺るぎません。オカルトじみた報告書を避けたい草薙は、再び湯川に相談を持ち掛けます。湯川は現場に残された僅かな違和感から、巧妙に仕組まれたアリバイ工作の存在を疑い始めます。

「騒霊ぐ」では、行方不明になった夫を探す女性が、夫が立ち寄った可能性のある家で起こるポルターガイスト現象に遭遇します。夫の失踪と、家の主の死、そして奇妙な物音。草薙から話を聞いた湯川は、超常現象ではなく、物理的な現象、そして人間の仕業である可能性を探ります。家の構造と、そこに隠された秘密とは何でしょうか。

「絞殺る」「予知る」もまた、一筋縄ではいかない事件です。「絞殺る」では、奇妙な絞殺死体が発見されます。現場に残された焦げ跡と、皮膚の切れ方から、草薙は通常の殺人ではないと直感し、湯川に意見を求めます。他殺に見せかけた自殺か、あるいは未知の殺人方法か。湯川の科学的考察が光ります。「予知る」では、女性の自殺を目撃したという少女が現れます。しかし、その自殺は事件の二日前に目撃されたというのです。予知能力なのか、それとも巧妙な殺人計画の一部なのか。最後の最後まで、読者は翻弄されることでしょう。

小説「予知夢」の長文感想(ネタバレあり)

さて、東野圭吾氏の「予知夢」。ガリレオシリーズの第二弾として、前作「探偵ガリレオ」のスタイルを踏襲しつつ、より人間ドラマの深みを感じさせる短編集と言えるでしょう。もっとも、超常現象を科学的に解明するという骨子は健在。天才物理学者・湯川学助教授の怜悧な推理は、今回も凡百の探偵とは一線を画す輝きを放っています。フッ、今回も警察諸君は少々苦戦を強いられているようですが。

まず「夢想る」。17年前に見た夢が現実になった、と主張する男。実にロマンティック…と言いたいところですが、現実はそう甘くはありません。小学校の作文という物証まであるとなると、オカルトを信じやすい人々は飛びつきそうですが、湯川先生の目は誤魔化せません。結局のところ、これは予知夢などではなく、過去の出来事と記憶の混濁、そして決定的なのは、被害者少女の母親・由美子の歪んだ自己保身が生み出した悲劇なのです。由美子が過去の不倫を隠蔽するため、偶然現れた坂木を利用し、抹殺しようと企てた。その計画の杜撰さ、そして発覚を恐れるあまりの浅はかな行動。実に愚かしい。しかし、湯川が解き明かす、人形「レミ」を巡る過去の繋がりと、ワープロリボンという物証の提示は見事と言うほかありません。ただ、警察が坂木の知能レベルや、由美子の周辺捜査をもっと徹底していれば、もう少し早く真相に近づけたのでは? と思わないでもありませんがね。まあ、結果的に湯川先生の出番が用意されたわけですから、良しとしましょうか。

次に「霊視る」。殺害されたはずの女性が、別の場所で目撃される。ドッペルゲンガーか、はたまた幽霊か。これもまた、オカルト好きにはたまらないシチュエーションでしょう。しかし、湯川先生にかかれば、超常現象の皮を被った、実に人間臭い計画犯罪であることが露わになります。スポーツライターの小杉と、その恋人であるフィギュアスケートコーチの金沢頼子が、強請り屋と化した被害者・長井清美を殺害し、アリバイを作るために仕組んだトリック。頼子が清美になりすまし、細谷に「霊視」させたわけです。真相自体は、清美が頼子の轢き逃げ事故をネタに強請っていたという、ある意味陳腐なもの。しかし、湯川が小杉の部屋のオーディオから聞こえた微かなノイズ(シリコン化合物=ヘアスプレー)を手掛かりに、小杉の隠された女性関係、ひいては共犯者の存在に気づくプロセスは、まさに科学者ならではの慧眼。警察が携帯電話の履歴や、清美の手首の傷(いつできたものか)といった基本的な捜査を怠っているように見えるのは、少々残念ですが。エーテルで気絶させた後の計画の曖昧さも、突っ込みどころではあります。計画の穴が、彼らの運命を狂わせたわけです。

三番目は「騒霊ぐ」。行方不明の夫、亡くなった老婆、そして誰もいないはずの家から聞こえる物音…ポルターガイスト現象。これはガリレオシリーズの真骨頂とも言える題材でしょう。甥夫婦とその借金取りが、老婆・高野ヒデの遺産目当てに家に居座り、邪魔になった老婆と、それを目撃した神崎俊之を殺害、遺体を床下に隠蔽する。ここまでは、まあ、よくある話です。しかし、この作品の魅力は、ポルターガイスト現象、すなわち家が振動する原因を、湯川が「共振現象」として科学的に解明する点にあります。家の真下にある古いマンホール、近くの工場からの排水が特定の時間に流れることで引き起こされる振動。実にエレガントな解決ではありませんか。ピッキングで家に侵入したり、信用金庫を騙って犯人をおびき出したりと、湯川先生も意外とアグレッシブですな。そして、最後のオチ。俊之の無念がポルターガイスト現象を起こしたのだ、と草薙刑事が(半ば本気で)主張し、湯川もそれをあえて否定しない。科学一辺倒ではない、人間の情念に対する一種の敬意のようなものが感じられ、後味は悪くありません。むしろ、この結末は気に入っています。

四番目、「絞殺る」。これは他殺に見せかけた巧妙な自殺トリックが主題。経営難に苦しむ工場の社長・矢島忠明が、家族に保険金を残すために企てた計画です。現場に残された奇妙な絞殺痕、カーペットの焦げ跡。警察は妻・貴子のアリバイの不確かさから彼女を疑いますが、湯川は見抜いていました。睡眠薬で眠り、タイマー仕掛けのヒーターでアーチェリーの弦(工場で見つけたもの!)を焼き切り、自らの首を絞める。火の玉の目撃証言(娘・秋穂が見たのは予行演習だった)も伏線として機能しています。実に ingenious な仕掛けです。そして、この計画には共犯者、同僚の坂井がいた。貴子は計画の全貌は知らずとも、夫の意図を察し、自らが疑われるように立ち回ることで、坂井への捜査の目を逸らさせる。この妻の覚悟、そして坂井の忠誠心(?)には、ある種の哀愁すら感じます。湯川が最後に、保険金が無事に支払われることを願う場面は、彼の冷徹さの奥にある人間味を垣間見せるようで、印象的です。トリックの解明だけでなく、残された者たちの未来を慮る。これもまた、ガリレオシリーズの魅力の一つでしょう。ただ、このトリック、現実的に成功させるのは至難の業でしょうな。アーチェリーの弦の強度、焼き切れる時間、首にかかる角度…少しでもずれれば失敗です。まあ、そこは物語のお約束というものでしょう。

そして最後の「予知る」。これもまた、実に手の込んだ一編です。不倫相手への当てつけに、女が首吊り自殺を図る。その瞬間を、不倫相手の男、その妻、そして男の後輩が目撃する。さらに、隣の部屋の少女が、事件の二日前に同じ光景を「予知」していた、と証言する。複雑に絡み合う人間関係と、不可解な現象。草薙刑事がオカルト担当扱いされるのも、もはや仕方ないかもしれませんな。湯川はまず、少女が見たのは自殺の「リハーサル」であり、予知ではないと喝破します。被害者の女性・瀬戸富由子は、本当は死ぬつもりのない狂言自殺で不倫相手の菅原直樹を脅迫するつもりだった。ここまでは、なるほど、ありそうな話です。しかし、湯川の推理はさらに深淵へと向かいます。狂言自殺が失敗し、本当に死んでしまったことすら、仕組まれた計画の一部だったのではないか、と。真犯人は、直樹の後輩であり、直樹の妻・静子と不倫関係にあった峰村英和。英和は、富由子に自分たちの不倫を嗅ぎつけられ、脅迫されていた。富由子が計画した狂言自殺を利用し、彼女を確実に殺害することを決意したのです。そのトリックに使われたのが、電圧によって粘性が変化する「ER(エレクトロレオロジー)流体」を組み込んだパイプハンガー。科学知識を悪用した、冷徹な殺人計画です。英和がER流体の専門家であった、という伏線も見逃せません。まさに、科学の光と影。しかし、物語はここで終わりません。英和の計画は、彼の妻に探偵を雇われていたことで露見寸前。そして、最後の最後、あの「予知」少女が、今度は英和と静子が谷底へ落ちていく夢を見るのです。これは、英和が静子を道連れに無理心中を図ることを示唆しています。最初の予知は偽物だったが、最後の予知は本物だった…この皮肉な結末。まるで、因果応報という名の冷たい旋律が奏でられているかのようです。科学では解明できない人間の業、運命の不可解さを突き付けられ、読後、しばし呆然とさせられます。この「予知る」は、短編ながら実によく練られた傑作と言えるでしょう。

総じて、「予知夢」は、科学的トリックの面白さと、人間の愛憎が引き起こす事件のドラマ性が、絶妙なバランスで配合された短編集です。湯川学というキャラクターも、単なる変人天才科学者ではなく、時折、人間的な感情や倫理観を覗かせることで、より深みを増しています。草薙刑事との掛け合いも、もはや定番の面白さ。ただ、やはりいくつかの短編では、警察の捜査能力に疑問符が付く場面があるのは否めません。まあ、そうでなければ湯川先生の出番がない、というシリーズの構造上、致し方ない部分かもしれませんがね。前作「探偵ガリレオ」を楽しめた方ならば、本作も間違いなく知的な満足感を得られることでしょう。不可解な謎が、科学という光によって鮮やかに解き明かされる快感。そして、その奥に見え隠れする人間の哀しさ。東野圭吾氏の手腕には、改めて感嘆させられます。

まとめ

東野圭吾氏の小説「予知夢」は、ガリレオシリーズ第二弾として、前作に続き、不可解な超常現象と科学的解明の融合を見事に描いています。予知夢、霊視、ポルターガイストといったオカルト的な題材を扱いながらも、その真相は常に物理法則と人間の心理に基づいている点は、このシリーズならではの魅力と言えるでしょう。

収録された五つの短編は、それぞれが独立した事件でありながら、「常識では説明できない出来事の裏には、必ず論理的な理由が存在する」という共通のテーマで貫かれています。天才物理学者・湯川学の怜悧な観察眼と科学的知識が、複雑に絡み合った謎を解きほぐしていく過程は、知的な興奮を与えてくれます。時に警察の捜査の甘さを指摘したくなる場面もありますが、それもまた、湯川の非凡さを際立たせるための仕掛けなのかもしれません。

本作では、トリックの解明だけでなく、事件の背後にある人間ドラマにも焦点が当てられています。愛憎、嫉妬、保身、後悔といった人間の業が、奇妙な事件を引き起こす動機となっているのです。科学的な解答が示された後にも、割り切れない人間の感情や運命の皮肉が残り、深い余韻をもたらします。「予知夢」は、単なる謎解きミステリにとどまらない、読み応えのある一冊と言えるでしょう。