小説「ドキュメント」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。湊かなえさんといえば、「告白」や「Nのために」など、人間の心の闇や複雑な関係性を描くミステリーの書き手として広く知られていますよね。その湊さんが描く青春小説ということで、前作「ブロードキャスト」も話題になりました。

「ドキュメント」は、その「ブロードキャスト」の続編にあたります。前作で描かれた、高校の放送部を舞台にした爽やかな青春の物語が、今回は少し違う顔を見せてくれるんです。もちろん、高校生たちの情熱や友情は健在なのですが、そこに湊さんらしい、ピリッとしたスパイス…いえ、もっと深い、人間の心の揺らぎや、情報が持つ危うさといったテーマが織り込まれているように感じます。

この記事では、そんな「ドキュメント」の物語の筋を追いながら、特に印象に残った点や考えさせられたことなどを、ネタバレも少し含みつつ、私の言葉でお伝えしていきたいと思います。前作を読んだ方はもちろん、まだ読んでいない方にも、この作品の魅力が伝われば嬉しいです。

小説「ドキュメント」のあらすじ

私立青海学院高校の放送部に入部した町田圭祐。中学時代、彼は将来を有望視された陸上選手でしたが、高校受験当日の交通事故で走れなくなり、陸上の道を諦めました。失意の中にいた圭祐を放送部に誘ったのは、同じ中学出身で親友の正也でした。一方、中学時代に共に競い合ったライバルであり、親友でもある五十嵐良太は、陸上部で活躍を続けています。

圭祐たち放送部は、三年生が引退し、新体制で「Jコン」と呼ばれる全国高校放送コンテストのテレビドキュメント部門への出場を目指していました。部員たちで様々なアイデアを出し合う中、最終的に決定したのは、「放送部員である圭祐の視点を通して、駅伝大会に挑む陸上部を追う」という企画でした。圭祐にとっては、かつて自分が目指した舞台に立つ仲間たちを、別の形で応援することになります。撮影には、以前部員が参加したマラソン大会の賞品であるドローンも活用されることになりました。

取材は順調に進むかのように思われました。しかし、ある日、卒業生向けの記念DVD撮影も兼ねて飛ばしていたドローンの映像に、衝撃的な場面が記録されてしまいます。陸上部の部室から、手に火のついたタバコを持って出てくる良太の姿が映っていたのです。陸上に青春のすべてを捧げてきたはずの良太が、なぜ…。圭祐は信じられません。この映像をどうするべきか?先生に報告するのか、それとも消去するのか。部員の意見は割れますが、最終的には映像を保存し、誰にも知らせないという結論に至りました。

ところが、その映像データは、何者かの手によって陸上部の顧問である原島先生に送信されてしまいます。事態は一変し、陸上部の取材は禁止に。良太の駅伝大会出場も危ぶまれます。一体誰が映像を送信したのか?疑心暗鬼が部内に広がる中、圭祐たちは真相を探り始めます。良太は放送部の同級生、久米さんを疑いますが、彼女は圭祐や正也が信頼する仲間です。しかし、圭祐は久米さんのことを深くは知らない自分にも気づきます。高校生たちの友情、陸上にかける思い、Jコンへの情熱、そして隠された秘密が交錯し、物語は思わぬ方向へと進んでいきます。

小説「ドキュメント」の長文感想(ネタバレあり)

「ドキュメント」、読み終えてまず感じたのは、「ああ、やっぱり湊かなえさんの作品だな」という、ある種の納得感でした。前作「ブロードキャスト」が、どちらかといえば光り輝く青春の側面、友情や目標に向かってひたむきに努力する姿を前面に押し出していたのに対し、この「ドキュメント」は、その光の裏側にある影、人間の心の揺らぎや脆さ、そして「情報」というものが持つ力と危うさを、じっくりと描き出しているように思います。もちろん、高校生たちの瑞々しいエネルギーや葛藤は今作でも物語の中心にあるのですが、そこに絶妙な、そして時にゾクッとするようなミステリー要素が加わり、読後感は前作とは少し異なる、複雑な味わいがありました。

物語の核心に触れることになるので、ここからはネタバレを含みますが、良太の喫煙疑惑映像を先生に密告した犯人は、放送部の先輩である翠でした。彼女の動機は、過去に自分の恋愛が破局した遠因が良太にあると思い込み、彼を陥れるためでした。一見すると、翠先輩の個人的な恨みによる行動のように思えます。しかし、物語を読み進めていくと、彼女自身もある種の「被害者」であったことがわかってきます。彼女が良太に対して歪んだ感情を抱くきっかけとなったのは、皮肉にも、過去のマスコミによる、事実とは異なる、あるいは一方的な報道だったのです。つまり、翠先輩は、マスコミが作り出した「物語」によって心を動かされ、良太を貶めるという行動に出てしまった。そう考えると、彼女だけを一方的に責めることはできない、複雑な気持ちになります。

この作品を通して、湊かなえさんが問いかけたかったことの一つは、おそらく「情報との向き合い方」ではないでしょうか。私たちは日々、テレビや新聞、インターネットなどを通じて、膨大な情報に触れています。特に、感動的なエピソードや、誰かの成功物語、あるいはスキャンダラスな出来事などは、感情を揺さぶられやすく、深く考えずに受け入れてしまいがちです。しかし、その情報が、本当に「真実」のすべてを伝えているのでしょうか? 作中で放送部がドキュメンタリー制作に取り組む過程でも、この問題は描かれます。Jコンで評価されるためには、どのような構成にし、どのような部分を強調すべきか。視聴者の感動を呼ぶためには、どのような「演出」が必要か。彼らは高校生ながらに、そうした戦略を練ろうとします。それは必ずしも悪いことではありません。しかし、その過程で、伝えたい「真実」が見えにくくなったり、あるいは意図的に捻じ曲げられたりする危険性も孕んでいる。圭祐が陸上部を取材する中で感じる、美談の裏にあるであろう選手の苦悩や葛藤。ドローンが偶然捉えてしまった、良太の「見られたくなかったであろう」瞬間。これらはすべて、「記録されたもの(ドキュメント)」が必ずしも客観的な真実そのものではないこと、そして、切り取られ方、伝えられ方によって、いかようにも解釈され、時には誰かを傷つける凶器にもなり得ることを示唆しているように思えます。

まるで、報道という名の厚いフィルターを通してしか、私たちは真実の輪郭を捉えられないのかもしれません。 そのフィルターは、時として美しく世界を彩ることもありますが、歪んだ像を結んでしまうこともある。そして、その歪みに気づかないまま、私たちは物事を判断し、行動してしまうことがあるのかもしれません。

登場人物たちの葛藤も、この物語の大きな魅力です。主人公の圭祐は、陸上への断ち切れない思いと、放送部での新たな目標との間で揺れ動きます。親友である良太が疑惑の渦中にいること、そしてその真相を知った時の衝撃は、彼に大きな問いを投げかけます。友情とは何か、真実とどう向き合うべきか。彼の悩みは、読者自身の心にも響くものがあります。良太もまた、陸上への情熱を踏みにじられたような状況に苦しみます。信じていた仲間からの疑いの目、大会に出られないかもしれないという不安。彼の焦りや怒り、そして悲しみは痛いほど伝わってきます。放送部の他のメンバー、正也や久米さんたちも、この事件を通して友情のあり方や、仲間を信じることの難しさに直面します。意見がぶつかり合い、一時はバラバラになりかける部員たち。しかし、その困難を乗り越えようとする過程で、彼らは少しずつ成長していく。その姿は、青春時代特有の危うさと、それでも前を向こうとする強さを感じさせてくれます。

そして、犯人である翠先輩。彼女の行動は許されるものではありませんが、その背景を知ると、単純な悪役として片付けることができません。彼女の中にも、歪んでしまった形ではあるけれど、自分なりの正義や、傷つけられた過去への思いがあった。湊かなえさんの作品に登場する人物たちは、このように単純な善悪では割り切れない、複雑な内面を持っていることが多いですよね。そこが、物語に深みを与えているのだと思います。

また、文庫化にあたって書き下ろされたという終章は、この物語にさらなる奥行きを与えています。終章では、現実世界の私たちも経験した、コロナ禍という状況が物語に影響を与えます。楽しみにしていたJコンが中止になってしまうという展開は、多くの大会やイベントが中止になり、目標を失いかけた多くの中高生の姿と重なります。しかし、物語の中では、ウェブ上での代替コンテストが開催されることになり、圭祐たちは新たな形で自分たちの力を発揮しようとします。これは、困難な状況にあっても、決して希望を捨てずに前を向いてほしいという、湊かなえさんからの、特に若い世代に向けた力強いメッセージのように感じられました。どんな状況であっても、表現する方法、情熱を注ぐ場所はきっと見つかるはずだ、と。そして、それは、大会などを運営する側の人々に対しても、若者たちの未来のために、できる限りのサポートをしてほしいという願いも込められているのかもしれません。

読み終えて、爽やかな青春の汗と涙だけでなく、少しヒリヒリとした痛みや、考えさせられる問いが心に残りました。「ドキュメント」というタイトルが示すように、記録すること、伝えること、そしてそれを受け取ることの重み。情報が溢れる現代社会で、私たちは何を見、何を信じ、どう行動していくべきなのか。この物語は、そんな普遍的なテーマを、高校生たちのドラマを通して鮮やかに描き出していると感じます。前作「ブロードキャスト」が好きだった方はもちろん、湊かなえさんのミステリーが好きな方、そして「真実」とは何かについて考えさせられる物語を求めている方に、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。読後、きっと誰かと語り合いたくなる、そんな作品だと思います。

まとめ

湊かなえさんの小説「ドキュメント」は、前作「ブロードキャスト」の爽やかな青春物語を受け継ぎつつ、より深く、ほろ苦いテーマにも踏み込んだ作品でした。高校の放送部を舞台に、Jコン出場を目指す中で起きた一つの事件。ドローンが捉えた親友の疑惑の映像をきっかけに、部員たちの友情は揺らぎ、隠された真実が少しずつ明らかになっていきます。

物語の筋を追うだけでも十分に楽しめますが、この作品の魅力はそれだけではありません。事件の真相に迫るミステリー要素はもちろんのこと、「ドキュメント」というタイトルが示すように、「記録された情報」や「報道」のあり方、そして真実を伝えることの難しさについて、深く考えさせられます。登場人物たちの葛藤や成長を通して、情報との向き合い方や、人間関係の複雑さが丁寧に描かれていました。

特に、ネタバレになりますが、事件の犯人の動機や、文庫版で追加された終章のコロナ禍に関する描写は、現代社会を生きる私たちにとっても他人事ではない、強いメッセージ性を感じさせます。爽やかさだけではない、少しビターな後味も含めて、心に残る青春ミステリーだと言えるでしょう。湊かなえさんファンはもちろん、読み応えのある物語を探している方におすすめしたい一冊です。