小説「ねじの回転」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。恩田陸さんの手によるこの物語は、時間を超える技術がもたらす光と影、そして歴史という巨大な流れに翻弄される人々の姿を描き出しています。

本作「ねじの回転」は、単なるSFという枠には収まらない、深い問いを私たちに投げかけてきます。もし過去を変えることができたら、私たちは何を選ぶのでしょうか。そして、その選択は本当に望ましい未来をもたらすのでしょうか。

この物語の中心にあるのは、歴史上の重要な出来事を「再現」するという、壮大かつ危険な試みです。二・二六事件という、日本の近代史における大きな転換点を舞台に、過去と未来が交錯するドラマが繰り広げられます。登場人物たちの葛藤や思惑が絡み合い、読む者をぐいぐいと引き込んでいきます。

この記事では、まず「ねじの回転」の物語の筋道を追いかけ、その後に、物語の結末にも触れながら、私がこの作品から受け取った個人的な思いや考察を詳しく述べていきます。歴史の重みと、人間の業のようなものについて、深く考えさせられる一作でした。

小説「ねじの回転」のあらすじ

物語の世界では、国連が時間遡行技術を開発・保有しています。当初、この技術は「聖なる暗殺」と呼ばれる計画に用いられました。歴史上の独裁者、おそらくヒトラーを指していると思われる人物を、彼が権力を握る前の時代に遡って暗殺し、ホロコーストという悲劇を未然に防いだのです。

この介入は一時的に称賛されましたが、予期せぬ副作用をもたらします。暗殺に関わった地域で、原因不明の奇病が蔓延し始めたのです。急激な老化を引き起こし、死に至らしめるこの病は、過去への介入が時間と空間、そして人体に歪みをもたらした結果ではないか、と推測されました。

この事態を受け、国連は方針を転換。「歴史が自己を修復する」という理念のもと、歴史上の重要な転換点を正確に「再現」し、それを正史として確定させるプロジェクトを開始します。改変されてしまったかもしれない過去の出来事を、改めて「正しい形」で記録し直すことで、時間の歪みを修正しようという試みです。

このプロジェクトの一つとして選ばれたのが、1936年2月に起きた日本のクーデター未遂事件「二・二六事件」でした。国連は、事件当時の東京に「シンデレラの靴」と呼ばれる装置を持ち込み、事件の首謀者を含む関係者を一時的に蘇らせ、事件の再現を試みます。

再現プロジェクトの担当者である現代(物語設定上の2001年)の国連職員たちと、死から蘇り、再びあの運命の日々を繰り返すことになった二・二六事件の関係者たち。それぞれの立場と思惑が交錯します。現代の職員たちは、自分たちの時代の混乱(同時多発テロなど)を背景に、歴史をより良い方向へ修正したいという誘惑に駆られます。

一方、蘇った者たちも、ただ再現を演じるだけでは終わりません。二度目の生を与えられた彼らは、今度こそ歴史を変えられないか、あるいは少なくとも自分たちの運命を変えられないかと画策し始めます。特に、青年将校たちは、前回失敗したクーデターを今度こそ成功させようと動き出すのです。歴史を「正しく」再現しようとする国連の意図とは裏腹に、事態は予測不能な方向へと進んでいきます。

小説「ねじの回転」の長文感想(ネタバレあり)

恩田陸さんの「ねじの回転」を読み終えて、まず心に浮かんだのは、人間という存在の業の深さ、そして「知りたい」という根源的な欲求、すなわち好奇心の持つ力と危うさでした。物語の結末に触れる部分もありますので、未読の方はご注意ください。

この物語は、時間遡行というSF的なガジェットを用いながらも、その核にあるのは非常に人間臭いドラマです。国連が開発した時間遡行技術。それは、人類史の汚点とされる出来事を抹消するために使われました。「聖なる暗殺」によってヒトラーは消え、ホロコーストは起こらなかった。一見、それは輝かしい成果のように思えます。

しかし、その代償はあまりにも大きいものでした。原因不明の奇病の蔓延。歴史に手を加えたことによる、予期せぬ歪み。この設定がまず、非常に示唆に富んでいると感じます。良かれと思って行った介入が、必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。むしろ、自然の摂理や歴史の流れに逆らうことの危うさを、物語は序盤から突きつけてきます。

そして国連は、「歴史の自己修復」という、ある意味で傲慢とも言えるプロジェクトに乗り出します。歴史上のターニングポイントを「再現」し、それを正史として確定させる。選ばれた舞台が、日本の二・二六事件であるというのが、また興味深い点です。複雑な思惑が絡み合い、多くの謎を残したこの事件を、果たして正確に「再現」することなど可能なのでしょうか。

物語は、2001年の国連職員たちの視点と、1936年に蘇った二・二六事件の関係者たちの視点を行き来しながら進みます。この構成が巧みで、読者は双方の立場や葛藤に感情移入させられます。現代の職員たちは、自分たちの時代が抱える問題、例えばテロの脅威などを背景に、「歴史を少し変えれば、もっと良い現在になったのではないか」という誘惑と戦っています。

特に、プロジェクトの中心人物の一人であるジョン。彼は、大国の意向を背負い、プロジェクトを成功させることに固執します。彼の姿には、目的のためなら手段を選ばない冷徹さや、ある種の傲慢さが感じられ、読んでいて何度も反感を覚えました。未来の都合で過去を操作しようとすることのエゴイズムが、彼の言動を通して描かれています。

一方、死から蘇り、再びあの雪の東京でクーデターを演じることになった青年将校たち。彼らの心情もまた、複雑です。一度は死んだ身でありながら、再び同じ運命をなぞることを強いられる理不尽さ。そして、もし二度目の機会があるのなら、今度こそ自分たちの理想を実現したい、歴史を変えたいという強い思い。

栗原安秀や安藤輝三といった将校たちの苦悩や決意が、生々しく伝わってきます。彼らは単なる歴史上の記号ではなく、血の通った人間として描かれており、読者は彼らの行動に、ある種の共感を覚えてしまうかもしれません。彼らが再び決起し、歴史の再現を逸脱していく展開は、物語に大きな推進力を与えています。

物語の中で、アルベルトという人物が語る「人間が得た最大のギフトは知能じゃない、好奇心だ」という言葉は、この作品のテーマを象徴しているように感じます。時間遡行技術も、歴史を再現しようという試みも、突き詰めれば人間の飽くなき好奇心の産物です。しかし、その好奇心は、時に倫理や道徳を踏み越え、予測不能な結果を招き寄せます。

「ねじの回転」というタイトルも、示唆に富んでいます。歴史は一本の直線ではなく、介入によって歪み、ねじれてしまう。あるいは、一度起きた出来事を再び繰り返すことで、ねじが締め付けられるように、運命が確定していく。様々な解釈が可能ですが、私は、このタイトルが歴史と時間の持つ複雑さ、そして介入の難しさを象徴しているように思えました。

物語の終盤、再現プロジェクトは混乱を極めます。蘇った者たちの思惑、現代の職員たちの介入、そして予期せぬアクシデント。歴史は、定められたレールの上を走るのではなく、生きた人間たちの意志によって、常に揺れ動き、変容していくものであることを、この物語は力強く示しています。

結局、二・二六事件の「再現」は、完全な形では成功しませんでした。しかし、その過程で生まれた新たな出来事や変化を含めて、それが新しい「正史」として確定されていくのかもしれません。歴史とは、誰かによってコントロールされるものではなく、無数の偶然と必然、そして人々の意志が絡み合って紡がれていく、巨大なタペストリーのようなものなのかもしれません。

読み終えて、改めて考えさせられるのは、「歴史を変えること」の意味です。もし、過去に戻って何かを変えることができたとしても、それが本当に良い結果をもたらす保証はどこにもありません。一つの変更が、予期せぬ別の悲劇を生む可能性だってあるのです。作中で語られる「一度きりの人生が、どんなに幸福か」という言葉が、重く響きます。

この作品は、単なるエンターテイメントとして楽しむこともできますが、同時に、歴史、時間、人間の本質について、深く考えさせてくれる力を持っています。特に、現代社会が抱える様々な問題、例えばパンデミックや国際紛争などを重ね合わせて読むと、歴史から何を学び、未来へどう向き合うべきか、という問いがより切実に迫ってくるように感じました。

恩田陸さんの筆致は、複雑な設定や難解になりがちなテーマを扱いながらも、非常に読みやすく、情景描写も鮮やかです。特に、雪に覆われた1936年の東京の描写は、まるでその場にいるかのような臨場感がありました。登場人物たちの心理描写も巧みで、それぞれの抱える葛藤や信念が、読者に強く訴えかけてきます。

難解だと感じる部分も確かにありましたが、それも含めて、何度も読み返し、考えたくなるような深みを持った作品です。歴史のifに思いを馳せながら、変えることのできない「今」をどう生きるか。そんなことを、読後に静かに考えさせられました。素晴らしい読書体験でした。

まとめ

恩田陸さんの小説「ねじの回転」は、時間遡行技術によって歴史に介入しようとする人々の試みと、その結果生じる混乱や葛藤を描いた、読み応えのある物語でした。過去を変えることの是非、人間の好奇心の功罪、そして歴史とは何か、という普遍的なテーマを扱っています。

物語の舞台となるのは、1936年の二・二六事件。国連による歴史再現プロジェクトによって、事件の関係者たちが蘇り、再びあの運命の日々を繰り返します。しかし、彼らは単なる操り人形ではなく、それぞれの意志で行動し、歴史を変えようと試みます。この展開が、物語に緊張感と深みを与えています。

SF的な設定でありながら、登場人物たちの心理描写は非常にリアルで、読者は彼らの苦悩や決意に共感したり、反発したりしながら、物語の世界に引き込まれていくでしょう。特に、未来の都合で過去を操作しようとする現代人と、二度目の生で歴史に抗おうとする過去の人々の対比が鮮やかです。

「ねじの回転」は、読後に様々なことを考えさせてくれる作品です。歴史のifに思いを巡らせる楽しさと同時に、変えられない現実とどう向き合うか、という問いを投げかけてきます。複雑なテーマを扱いながらも、エンターテイメント性も高く、ページをめくる手が止まらなくなる魅力を持った一冊と言えるでしょう。