小説「かわいそうだね?」の物語の概要を結末に触れつつ紹介します。作品に対する私の考えも長めに書いていますのでどうぞ。
綿矢りささんの作品は、いつも私たちの心のどこか、普段は蓋をしているような部分をそっと、でも確実につついてくるような感覚がありますよね。この「かわいそうだね?」も、まさにそんな一冊でした。読みながら、「わかる…」「うわ、これはきつい…」と何度も心の中で呟いてしまったんです。
この物語は、一見するとちょっと特殊な三角関係のお話です。でも、読み進めていくうちに、これは決して他人事ではない、自分の心の奥底にもあるかもしれない感情や状況を描いているんだ、と感じるはずです。特に、恋愛で悩んだ経験がある方なら、主人公の樹理恵に自分を重ねてしまう場面が多いのではないでしょうか。
この記事では、そんな「かわいそうだね?」の物語の核心部分に触れながら、その魅力や、私が感じたこと、考えたことを詳しくお話ししていきたいと思います。これから読もうと思っている方、すでに読んだけど他の人の意見も聞いてみたいという方、ぜひお付き合いいただけたら嬉しいです。
小説「かわいそうだね?」のあらすじ
物語の中心となるのは、アパレルショップで働く樹理恵。彼女には、隆大という恋人がいます。彼は大学卒業まで海外で過ごし、どこか自由で掴みどころのない雰囲気を持っています。二人の関係は始まったばかりで、樹理恵は幸せを感じています。
しかし、ある日、隆大から衝撃的な告白を受けます。「元カノのアキヨを、自分の家に住まわせようと思っているんだ」。アキヨは職も住む家もなく、頼れる人もいない状況なのだと言います。隆大は、かつて世話になった恩義があるから放っておけない、もし樹理恵がこれを許せないなら別れるしかない、とまで言うのです。
樹理恵は混乱します。愛しているのは自分だけだと言いながら、元カノを無期限で同居させるなんて、普通じゃありえない。納得できるはずもありません。それでも、隆大と別れたくない一心で、この奇妙な状況を受け入れようと苦悩します。職場の後輩からは「先輩、かわいそう」と同情され、プライドを保つために必死で平静を装います。
樹理恵は、隆大の行動を理解しようとします。「アキヨさんはかわいそうな人だから」「彼は情に厚いから仕方ないんだ」と自分に言い聞かせ、何とかこの状況を肯定しようと試みます。さらには、隆大のいない隙に、彼とアキヨが暮らす家を訪ね、アキヨ本人と対峙することになります。
しおらしく謝罪するアキヨの姿を見て、樹理恵は複雑な心境になります。怒りや嫉妬だけでなく、どこか憐れみのような感情さえ抱いてしまうのです。もしかしたら、この状況を受け入れることで、隆大との関係を続けられるのではないか、そんな風に考え始めます。
しかし、心の奥底では納得できない気持ちが渦巻いています。見て見ぬふりを続けることへの限界を感じながらも、樹理恵はどうすることもできず、歪んだ三角関係の中で、感情のバランスを必死に保とうとするのでした。物語は、この危うい関係がどのような結末を迎えるのか、樹理恵の心の葛藤を丁寧に追いながら進んでいきます。
小説「かわいそうだね?」の長文感想(ネタバレあり)
この「かわいそうだね?」を読んでいる間、私の心はずっとざわざわしっぱなしでした。読み終えた後も、しばらくの間、物語の世界から抜け出せなかったくらいです。なぜなら、主人公・樹理恵の気持ちが、痛いほど伝わってきたから。これは、もしかしたら「私の物語」なのかもしれない、そう感じた女性は少なくないのではないでしょうか。
まず、隆大の「元カノを家に住まわせる」という提案。これ、現実で言われたら、即座に「は?正気?」ってなりますよね。でも、樹理恵は別れを選べない。大好きな彼だから。この気持ち、恋愛で理不尽な状況を受け入れてしまった経験がある人なら、少しは理解できる部分があるかもしれません。「そんな男、別れちゃいなよ」と周りは簡単に言うけれど、渦中にいる本人にとっては、それがどれだけ難しいことか。
樹理恵が、隆大の行動を何とか正当化しようとあれこれ理由を探す姿は、読んでいて本当に胸が締め付けられました。「彼は優しいから」「アメリカ育ちだから文化が違うのかも」…違う、そうじゃないんだよ、樹理恵!と何度心の中で叫んだことか。でも、そうでもしないと、自分の心が壊れてしまうんですよね。彼女が自分を守るための、必死の防衛本能だったのだと思います。
そして、元カノ・アキヨの存在。これがまた、絶妙なんです。樹理恵の前では、か弱く、申し訳なさそうに振る舞う。だから樹理恵も、最初は怒りよりも同情や、ある種の連帯感のようなものさえ感じてしまう。「かわいそうな人」というレッテルを貼ることで、隆大の行動を納得し、自分の心の平穏を保とうとする。この心理描写、本当に見事だと思いました。
でも、物語が進むにつれて、アキヨのしたたかな一面が見えてきます。樹理恵には見せない顔で、隆大との復縁を虎視眈々と狙っている。…いますよね、こういう女性。現実に。か弱いふりをして男性の庇護欲をくすぐり、巧みに自分の望む方向へ持っていく。そして、そういう女性に「俺がいないとダメなんだ」と入れ込んでしまう男性も…。隆大、君のことだよ!と言いたくなります。
樹理恵が隆大の携帯電話を見てしまう場面。ここは、息を飲みました。手が震え、心臓が早鐘を打つ感覚。知りたくない、でも知らなければ気が済まない。真実を知るのが怖いのに、証拠を探してしまう。この矛盾した感情の描写は、経験者でなくとも、その切迫感がひしひしと伝わってきます。相手の女性からの馴れ馴れしいメッセージ、それに対する隆大の煮え切らない態度…。読んでいるこちらまで吐き気がするような、強烈な場面でした。
結局、隆大は優しいのかもしれないけれど、それは樹理恵に対しての優しさではないんですよね。彼は、アキヨを助ける「優しい自分」でいたいだけ。そして、樹理恵という「理解のある彼女」も失いたくない。どちらにも良い顔をしようとして、結果的に二人を深く傷つけている。樹理恵が最後に「上手くこなせないなら初めからやるな」と叫ぶシーンがありますが、まさにその通り!自分の器以上のことをしようとして、一番大切な人をないがしろにするなんて、本末転終とはこのことです。
樹理恵は、本当に献身的です。隆大のために、自分の感情を押し殺し、「ものわかりのいい彼女」を演じ続ける。でも、どんなに蓋をしようとしても、溜まった感情はいつか必ず限界を超えて溢れ出すもの。物語の終盤、ついに樹理恵の堪忍袋の緒が切れる場面は、ある種のカタルシスを感じます。もっとやっちゃえ!と応援したくなる気持ちと、でも、どこか完全に壊れきれない樹理恵の姿に、妙なリアリティを感じました。
怒りをぶつけても、アキヨのように誰かに寄生するのではなく、自分の足で立ち、社会で働き、自立して生きているというプライドが、樹理恵を支えている。アキヨに「あなたには、明日の生活もままならないほど不安になった経験がある?」と問われた時の、「そうならないように、私は毎日ちゃんと仕事に行っている」という返答。ここには、樹理恵の強さと、この物語が持つ一つのメッセージが凝縮されているように感じました。
そして、ラストの樹理恵の気づき。「私はきっと、とっくの昔にふられていたのだ。隆大が私の気持ちよりも、アキヨを居候させることを優先した時点で」。これが、本当に切なくて、でも真実なのだと思います。彼が自分以外の何か(それが他の女性であれ、彼自身のプライドであれ)を優先した瞬間、その関係性はもう対等ではなくなっている。その事実から目を背け、理由をつけて関係を続けようとしても、 결국には破綻してしまう。
この物語は、決してハッピーエンドではありません。樹理恵は深く傷つき、大切な恋を失いました。でも、彼女は最後の最後で、自分の尊厳を守るための選択をした。それは、とても勇気のいる、正しい選択だったと私は思います。この経験は、彼女をきっと強くするはずです。
読みながら、過去の自分の恋愛を思い出して、胸が痛む人もいるかもしれません。でも、この物語は、そんな過去の傷を優しく肯定し、「あなたは間違っていなかったよ」「自分を大切にしていいんだよ」と語りかけてくれるような気がします。恋愛における複雑な感情、特に女性が抱えがちな自己犠牲や葛藤、そして自立への渇望を見事に描き出した、素晴らしい作品だと感じました。
綿矢りささんの描く世界は、いつも私たちの日常と地続きでありながら、その奥に潜む鋭い真実を突きつけてきます。「かわいそうだね?」は、その中でも特に、多くの読者の心に深く刺さる一作ではないでしょうか。共感と反発、そして最後には、自分自身を見つめ直すきっかけを与えてくれる。そんな力を持った物語です。
この物語を読んで、「自分を大切にしよう」と改めて思いました。どんなに好きな相手でも、自分をないがしろにする関係にしがみつく必要はない。辛い経験も、いつかは乗り越えていける。樹理恵の最後の選択が、そう教えてくれているような気がします。
まとめ
綿矢りささんの小説「かわいそうだね?」は、恋人である隆大が元カノのアキヨを同居させるという異常な状況に置かれた主人公・樹理恵の葛藤と成長を描いた物語です。物語の概要や結末の核心に触れつつ、その魅力について語ってきました。
樹理恵が経験する、愛情とプライド、嫉妬と憐憫といった複雑な感情の揺れ動きは、読む者の心を強く揺さぶります。特に、隆大の行動を正当化しようとする心理や、アキヨに対するアンビバレントな感情、そして携帯電話を盗み見てしまう場面などは、非常にリアルに描かれており、多くの読者が共感を覚えるのではないでしょうか。
この物語は、単なる恋愛小説の枠を超え、自己肯定感や自立、他者との関係性における尊厳といった、普遍的なテーマを問いかけてきます。樹理恵が最終的に下す決断は、痛みを伴うものではありますが、自分自身を大切にすることの重要性を教えてくれます。
恋愛で悩んだ経験のある方はもちろん、人間関係における心の機微や、現代社会を生きる女性のリアルな感情に触れたいと考えている方にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。「かわいそうだね?」というタイトルが問いかける意味を、読み終えた後、改めて深く考えさせられることでしょう。