小説「puzzle」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。
恩田陸さんの作品は、いつも独特の空気感と、先の読めない展開で私たちを魅了してくれますよね。
この「puzzle」も、まさにそんな一冊なんです。
舞台は、長崎県沖に浮かぶ、廃墟と化した無人島「鼎島(かなえじま)」。
かつては人が住んでいたこの島も、今は訪れる人もなく、ただ静かに時を重ねています。
そんな島で、ある日、三人の男性の遺体が発見されます。
奇妙なのは、その死因。
一人は餓死、一人は全身打撲による内臓破裂、そしてもう一人は感電死。
お互いに関連性のなさそうな、バラバラの死に方だったのです。
地元の警察もお手上げ状態のこの奇妙な事件。
そこに乗り込んできたのが、二人の検事、関根春(せきね しゅん)と黒田志土(くろだ しど)。
彼らは、被害者たちが残した謎めいた遺留品を手がかりに、事件の真相へと迫っていきます。
この記事では、そんな「puzzle」の物語の核心部分に触れながら、その魅力や読後の印象を、たっぷりと語っていきたいと思います。
ミステリーとしての面白さはもちろん、恩田陸さんならではの、どこか物悲しく、美しい世界観を感じていただけたら嬉しいです。
小説「puzzle」のあらすじ
物語は、長崎県西彼杵郡沖に浮かぶ無人島、鼎島(かなえじま)から始まります。
かつては炭鉱で栄え、人が住んでいたこの島も、今は廃墟マニアが時折訪れる程度の、忘れられた場所。
そんな島で、8月下旬、三人の男性の遺体が発見されました。
遺体の状況は奇妙でした。
一人は廃校の体育館で餓死。
一人は高層アパートの屋上で全身を強く打って死亡。
そしてもう一人は、閉館した映画館の座席で感電死。
死因も場所もバラバラで、三人の間には直接的な接点も見当たりません。自殺なのか、他殺なのか、それすら判然としない状況でした。
地元警察の捜査が行き詰まる中、この謎多き事件の調査に乗り出したのが、検事の関根春と黒田志土でした。
春は、島に降り立った瞬間から、何か不穏な、ただならぬ気配を感じ取ります。
一方、同期の検事である志土は、どこか落ち着いた様子。
捜査を進める中で、春は志土から驚くべき事実を聞かされます。
被害者の一人、和人(かずひと)と名付けられた男性は、志土の高校時代の同級生だというのです。
さらに、和人を含む二人は超常現象研究会に所属しており、和人は死の際に、高校時代に志土が制作に関わった演劇「さまよえるオランダ人」のパンフレットを持っていた、と。
三人の被害者は、それぞれ奇妙な「コピー用紙」を持っていました。
和人が持っていた「さまよえるオランダ人」のパンフレットのコピー。
五十嵐重護(いがらし しげもり)と名付けられた、全身打撲で亡くなった男性が持っていたのは、25000分の1の地形図のコピー。
番場武一(ばんば たけかず)と名付けられた、感電死した男性が持っていたのは、アメリカの蒸しパン「ボストンブラウンブレッド」のレシピのコピー。
これらは一体何を意味するのでしょうか。
春は、初めて訪れたはずの島内を迷いなく進む志土の様子に、次第に違和感を覚えていきます。
そして、志土が隠し持っていた「四枚目のコピー」の存在を知り、その疑念は確信へと変わっていくのです。
志土が差し出した四枚目のコピーは、志土自身が学生時代に敬愛していた映画監督、スタンリー・キューブリックに関する新聞記事でした。
小説「puzzle」の長文感想(ネタバレあり)
さて、ここからは物語の核心に触れつつ、私の個人的な思いをたっぷりと語らせていただきたいと思います。
まだ「puzzle」を読んでいない方、結末を知りたくない方は、ご注意くださいね。
この物語の魅力は、まず何と言ってもその「舞台設定」と「雰囲気」にあると思います。
廃墟となった無人島、鼎島。
コンクリートの建物が立ち並び、時間が止まったかのような、どこか物悲しく、それでいて人を惹きつける不思議な場所です。
恩田陸さんの描く情景は、まるで目の前にその島の姿が浮かび上がるようで、読んでいるうちに自分も春たちと一緒に島を探索しているような気分になりました。
特に、嵐の夜の描写は圧巻でしたね。激しい雨風が吹き荒れ、島全体が不穏な空気に包まれる様子は、これから起こる悲劇を予感させ、ページをめくる手を止められませんでした。
そして、この物語の核となる「謎」。
バラバラの死因で発見された三人の遺体。彼らが持っていた奇妙なコピー用紙。
これらが一体何を意味するのか、読み進めるうちにどんどん引き込まれていきました。
被害者たちが持っていたコピーの内容が、それぞれの名前のアナグラムやイニシャルになっているという仕掛けは、非常に巧妙でした。
- 和人(かずひと) → 「さまよえる和蘭人」
- 五十嵐重護(いがらし しげもり) → 「五十嵐重護」(地形図の縮尺「五万分の一」のもじり、あるいは五十嵐の「五」と重護の「五」で2万5千分の一?)※参考情報では25000分の1とあるので、ここをどう解釈するか。あるいは、地形図そのものが五十嵐重護を示唆する何か別の意味合いがあったのか。
- 番場武一(ばんば たけかず) → ボストンブラウンブレッド(Boston Brownbread = BB = Banba)
- そして、黒田志土(くろだ しど) → スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick = SK = Shido Kuroda)
この事実に気づいた時の「あっ!」という感覚は、ミステリーならではの快感でした。
一見無関係に見えた断片(piece)が、少しずつ繋ぎ合わされ、一つの絵(picture)が見えてくる。
まさにタイトル「puzzle」の通りですね。
しかし、この「puzzle」の面白さは、単なる謎解きのカタルシスだけではありません。
むしろ、真相が明らかになった後に残る、何とも言えない「割り切れなさ」や「後味の悪さ」こそが、この作品を深く印象付けているように思うのです。
事件の真相は、こうでした。
亡くなった三人は、それぞれ人生に絶望し、インターネットの自殺サイトを通じて知り合いました。
彼らは、身元を隠し、自分の名前を示唆するコピー用紙だけを持って鼎島に集まる、という約束を交わしていたのです。
そして、あの嵐の夜、偶然か必然か、それぞれの望む(あるいは望まない)形で死を迎えた。
和人は絶食の果てに餓死。
五十嵐は、おそらく建物の構造的な偶然によって、真空状態のような現象で屋上から吸い上げられ(あるいは吹き飛ばされ)て墜落死。
番場は、これもまた偶然、落雷によって感電死。
そして、最も衝撃的なのは、黒田志土が、この三人と共にあの嵐の夜を島で過ごした「四人目の人物」であり、唯一の「生還者」だったという事実です。
志土は、死に場所を求めて集まった三人と行動を共にし、彼らが死んでいくのを、ただ見ていることしかできなかった(あるいは、しなかった)。
この結末を知った時、私は何とも言えない複雑な気持ちになりました。
志土は、積極的に自殺を手助けしたわけではないのかもしれません。
しかし、死のうとしている人々と同じ場所にいながら、結果的に彼らの死を傍観したことになります。
これは、法的には罪に問えないかもしれない。検事である春も、状況証詞だけでは志土を自殺幇助で起訴できないことを理解しています。
でも、道義的にはどうなのでしょうか。
志土は、事件後、何食わぬ顔で日常に戻り、そして、あの不可思議な体験を誰かに話したくて、同期である春を島に連れてきた。
彼の中には、罪悪感のようなものはあるのかもしれません。でも、それ以上に、あの異常な状況を追体験したい、共有したいという欲求が勝っているように見えました。
ラストシーン、迎えの船に向かって手を振る志土の姿は、どこか無邪気でさえあり、それが余計に不気味さを際立たせています。
春が感じた「人類が滅亡した後の都市に、志土とたったふたりっきりで残されたかのような気分」。
この感覚は、読者である私たちにも強く伝わってきます。
法では裁けない「悪」と、ただ二人きりで対峙しているような、孤独感と虚無感。
まるで時が止まった舞台装置のような島で繰り広げられた奇妙な出来事の後、現実に戻ってきたはずなのに、どこか現実感が希薄になってしまうような感覚です。
この物語は、単純な勧善懲悪では終わりません。
明確な犯人がいて、その動機が解き明かされ、事件が解決してスッキリ、というタイプのミステリーではないのです。
むしろ、人間の心の奥底にある不可解さや、運命の皮肉、そして法では割り切れない倫理的な問いを、読者に突きつけてくる作品だと感じました。
登場人物についてもう少し触れると、主人公である検事・関根春の存在感が光っていましたね。
彼は、恩田陸さんの他の作品にも登場する「関根三兄弟」の長男であり、冷静沈着で、鋭い洞察力を持っています。
島に漂う不穏な空気を感じ取り、志土の言動に疑念を抱きながらも、感情的にならずに淡々と真相に迫っていく姿は、非常に魅力的でした。
彼の視点を通して物語が進むことで、読者は安心してこの奇妙な事件の世界に入っていくことができます。
一方の黒田志土は、春とは対照的な人物として描かれています。
どこか飄々としていて、つかみどころがない。
彼が抱える闇や、事件に対する態度は、最後まで完全には理解できない部分も多いです。
しかし、だからこそ、彼の存在がこの物語に深みと複雑さを与えているのだと思います。
彼もまた、何かしらの「欠落」や「渇望」を抱えていたのかもしれません。それが、あの自殺志願者たちとの出会いに繋がったのでしょうか。
恩田陸さんの文章は、派手さはないけれど、静かで、心に染み入るような力があります。
風景描写の美しさ、登場人物たちの心理描写の巧みさ、そして、物語全体を覆う独特の空気感。
それらが一体となって、「puzzle」という忘れられない読書体験を作り上げています。
もちろん、人によっては、この結末に物足りなさや不満を感じるかもしれません。
「もっとスッキリしたかった」「志土が裁かれないのは納得いかない」という意見もあるでしょう。
参考にした他の感想にもありましたが、「辻褄を合わせただけ」「各pieceの凹凸がしっくり収まっていない感じ」という見方も、確かにあるかもしれません。謎解きの部分に完璧な整合性を求めると、少し肩透かしを食らう可能性はあります。
しかし、私は、この「割り切れなさ」こそが、恩田陸作品の魅力の一つなのだと思います。
人生も、人間の心も、単純なパズルのようにきれいに解けるものばかりではありません。
時には、理解できないことや、受け入れがたい現実に直面することもあります。
「puzzle」は、そんな人生の複雑さや不可解さを、ミステリーという形式を通して描き出しているのではないでしょうか。
読後、しばらくの間、鼎島の風景や、春と志土の最後の会話が頭から離れませんでした。
それは、決して気分の良い余韻ではありませんでしたが、深く考えさせられる、重みのある読後感でした。
ミステリーとして楽しむのはもちろん、人間の心の闇や、生と死について思いを巡らせたい時に、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。
この独特の世界観に、きっとあなたも引き込まれるはずです。
まとめ
恩田陸さんの小説「puzzle」は、廃墟の無人島・鼎島で起こった奇妙な連続死の謎を追うミステリーです。
死因の異なる三つの遺体、被害者たちが残した不可解なコピー用紙。
検事の関根春と黒田志土が、これらの断片的な情報を繋ぎ合わせ、事件の真相に迫っていきます。
物語の核心には、インターネットを通じて集まった自殺志願者たちと、その場に居合わせた「四人目」の存在があります。
コピー用紙に隠された名前の謎が解き明かされる展開はスリリングですが、単純な犯人当てや勧善懲悪に終わらないのが、この作品の特徴です。
法では裁けないかもしれない行為、人間の心の不可解さ、そして運命の皮肉。
そういったものが、恩田陸さんならではの美しい情景描写と、独特の物悲しい雰囲気の中で描かれています。
読後には、スッキリとした解決感よりも、むしろ割り切れない複雑な感情や、深い問いが残るかもしれません。
しかし、その「割り切れなさ」こそが、「puzzle」という作品の持つ奥行きであり、魅力なのだと感じます。
ミステリーとしての面白さはもちろん、恩田陸さんの描く世界観に浸りたい方、深く考えさせられる物語を読みたい方におすすめしたい一冊です。
きっと、忘れられない読書体験になることでしょう。