小説「MAZE」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。

恩田陸さんの作品の中でも、特に異質な雰囲気を放つ本作。中近東の砂漠にぽつんと存在する謎の巨大建造物「豆腐」。この奇妙な舞台設定だけで、もう心を掴まれてしまいますよね。

物語は、この「豆腐」に隠された秘密を探るために集められた、国籍も背景もバラバラな4人の男たちを中心に展開します。医大出のエリートでありながら謎多き主人公・神原恵弥、彼の旧友で鋭い観察眼を持つフリーターの時枝満、アメリカ軍人のスコット、そして現地の有力者の息子セリム。

彼らが「豆腐」の謎、特に「人間消失」の真相に迫る過程は、息もつかせぬ展開です。ホラーなのか、ミステリーなのか、それともSFなのか。ジャンルの枠を超えた独特の世界観に、あなたもきっと引き込まれるはず。この記事では、その魅力を余すところなくお伝えできればと思います。

小説「MAZE」のあらすじ

物語の舞台は、中近東、イラクとの国境に近い乾燥した平原です。そこに、まるで巨大な豆腐のように見える、真っ白な長方形の建造物が佇んでいます。地元では「豆腐」と呼ばれるこの遺跡は、いつ、誰が、何のために造ったのか、全くの謎に包まれていました。

数百年前に発見されて以来、「豆腐」は多くの探検家や軍隊を飲み込んできました。内部に入った者は二度と戻ってこない、という伝説があり、これまでに300人以上が行方不明になったと言われています。この謎に満ちた遺跡の調査に、バックグラウンドの異なる4人の男たちが挑むことになります。

メンバーは、アメリカの製薬会社に勤める日本人、神原恵弥。彼は、中学時代の同級生であるフリーターの時枝満を、今回の調査のパートナーとして誘います。そして、アメリカ陸軍所属の軍人スコット、この国の法務大臣を父に持つ現地の名家の子息セリム。彼らは、アメリカ政府が「豆腐」を自国に移設するまでの7日間という限られた時間の中で、「人間消失」の謎を解き明かさなければなりません。

米軍による「豆腐」の解体・移設作業が進む傍ら、4人はキャンピングカーで作戦会議を開き、それぞれの推理をぶつけ合います。祖父がかつて「豆腐」から生還したというセリムは、内部は神聖な迷宮(MAZE)であり、神の意志で姿を変えるのだと主張します。一方、満は、過去の生還者の話から、一定以上の体重の人間だけが選別され消されるのではないか、と考えます。恵弥は、「豆腐」の外壁を舐める犬を見て、壁の材質が動物の骨と同じカルシウムとミネラルでできている可能性に気づきます。スコットは、その説を発展させ、「豆腐」は内部に入った人間を吸収し、その骨を壁に変えているのではないか、という恐ろしい仮説を立てます。

調査4日目の嵐の夜、スコットの仮説に疑念を抱いたセリムは、単独で立ち入り禁止の「豆腐」内部へと侵入し、姿を消してしまいます。翌朝から捜索が開始される予定でしたが、その夜、スコットが恵弥と満に振る舞ったコーヒーには睡眠薬が混入されていました。二人が目を覚ましたのは、6日目の朝。スコットの姿もありませんでした。

仲間二人が行方不明となり、タイムリミットが迫る中、恵弥は妙に冷静でした。彼はセリムもスコットも「豆腐」に消えたのだと主張しますが、満は違和感を覚え、ついに真相にたどり着きます。「豆腐」の地下には、アメリカの情報機関がイラクを監視するために建造した巨大な秘密軍事基地が存在したのです。これまでに「豆腐」に入り偶然基地を発見してしまった現地の人々は、秘密を守るために軍によって口封じされてきました。そして、将来この国の有力者となるであろうセリムが基地の存在を知ってしまったため、外交問題になることを恐れたスコットによって、彼は「豆腐」の中で殺害されたのでした。スコットの失踪は、セリムの遺体の処理と基地の証拠隠滅のためだったのです。

小説「MAZE」の長文感想(ネタバレあり)

恩田陸さんの「MAZE」、読了後のこの何とも言えない感覚、共有したくなりますね。最初に感じたのは、圧倒的な「異物感」でした。砂漠の真ん中に、ぽつんと置かれた巨大な白い直方体。「豆腐」という、どこか間の抜けた呼び名とは裏腹に、その存在感は計り知れません。物語は終始、この「豆腐」が放つ不可解なオーラに包まれていたように思います。

読み始めた当初は、タイトル通り、人知を超えた迷宮でのサバイバルや、超常現象的な謎解きを期待していました。「一度入ったら出られない」「人が消える」といった設定は、まさにそうした期待を煽りますよね。特に、スコットが提唱した「豆腐は人間を吸収して壁にする」という説は、背筋が凍るような恐ろしさがあり、物語が一気にホラーテイストを帯びた瞬間でした。

しかし、物語が進むにつれて、その期待は少しずつ形を変えていきます。もちろん、「豆腐」そのものが持つ謎や、過去にそこで起きたとされる不可解な出来事が完全に解明されるわけではありません。むしろ、その曖昧さが、この作品の独特な雰囲気を醸し出しているのかもしれません。セリムが語る神聖な迷宮としての側面や、満が最後に見た「幻影」のようなものは、この建造物が単なる人間の策略の舞台以上の何かを持っている可能性を示唆しているようにも感じられました。

結局のところ、「豆腐」の核心にあったのは、超自然的な恐怖ではなく、極めて人間的な、そして現代的な「陰謀」でした。アメリカの軍事基地という真相が明かされた時、正直なところ、少し拍子抜けした部分もなかったわけではありません。あれだけ煽っておいて、結局は人間の仕業か、と。しかし、よくよく考えてみると、この結末こそが、恩田陸さんが描きたかった現代社会の闇、あるいは世界の歪みを象徴しているのかもしれない、と思い至りました。

人知を超えた存在よりも、人間の欲望や国家間のエゴの方が、よほど恐ろしく、不可解で、そして厄介な「迷宮」なのかもしれません。中近東という、まさに地政学的な「迷宮」ともいえる場所を舞台に選んだことも、その意図を補強しているように感じます。アメリカという大国の、時に傲慢ともいえる介入や情報操作。そうした現実世界の問題が、「豆腐」というフィクショナルな装置を通して、巧みに描き出されていました。

登場人物たちも非常に魅力的でしたね。まず、主人公の神原恵弥。彼は「クレオパトラの夢」にも登場するキャラクターだそうですが、私は本作で初めて彼に出会いました。ハンサムで知的、身体能力も高いエリートなのに、なぜか女言葉を使う。このギャップが強烈な個性を放っています。彼の言動は常にどこか飄々としていて、本心が読めません。アメリカの製薬会社の社員という肩書も、どこまで本当なのか。彼が今回の調査に関わる真の理由や、スコットとの関係性など、謎めいた部分が多く残されています。彼の存在自体が、この物語の「迷宮」性を深める一因となっているのは間違いありません。

そして、もう一人の日本人、時枝満。恵弥とは対照的に、どこか頼りなげな「年季の入ったフリーター」ですが、彼が持つ鋭い観察眼と常識的な感覚は、読者の視点に最も近いものかもしれません。恵弥の突飛な言動や、スコット、セリムといった異質なメンバーの中で、満の存在が物語のバランスを取っていたように感じます。彼が「豆腐」の真相に気づき、恵弥と対峙する場面は、物語のクライマックスの一つでした。個人的には、恵弥よりも満の視点で、この後の物語を読んでみたい、と思わせる魅力がありましたね。

スコットは、典型的なアメリカ軍人かと思いきや、セリム殺害という冷酷な一面を隠し持っていました。彼の行動原理は、国家の機密を守るという、ある意味では「正当」なものなのかもしれませんが、そこには個人の感情や倫理観が入り込む余地はないように見えました。彼の存在は、物語に現実的な緊迫感と、やるせない後味をもたらしました。

セリムは、ある意味で最も悲劇的なキャラクターでした。彼は「豆腐」にまつわる自国の伝説や歴史を背負い、その謎に真摯に向き合おうとしていたように見えます。しかし、その探求心が、結果的に彼の命を奪うことになってしまいました。彼の死は、外部からの力によって土地固有の文化や真実が踏みにじられる、という構図を象徴しているようで、考えさせられるものがありました。

物語の展開は、序盤のミステリアスな雰囲気から、中盤の推理合戦、そして終盤のサスペンスフルな真相究明へと、テンポ良く進んでいきます。特に、4人のメンバーがそれぞれの知識や経験に基づいて「豆腐」の謎を推理する場面は、知的な興奮がありました。それぞれの説が、もっともらしく聞こえるんですよね。読者も一緒に推理に参加しているような感覚になりました。

そして、終盤、恵弥と満が二人きりになり、真相が明らかになっていく過程は、息詰まるような緊張感がありました。睡眠薬で眠らされた満が目覚め、状況を把握し、恵弥の嘘を見抜いていく。このあたりの心理描写や駆け引きは、さすが恩田陸さんだと感じさせます。

ただ、前述したように、真相が「軍事基地」だったことについては、少し物足りなさを感じた読者もいるかもしれません。もっと、「豆腐」そのものが持つ超常的な力や、宇宙的な存在が関わってくるような展開を期待していた部分もありましたから。しかし、読み返してみると、作中には「豆腐」が単なるカムフラージュ以上の存在であることを示唆する描写もちりばめられています。例えば、満が基地内部で見た「幻影」。あれは、過去に「豆腐」に飲み込まれた人々の残留思念だったのでしょうか。それとも、極限状態に置かれた満の精神が生み出したものなのでしょうか。

この「解釈の余地」を残す終わり方こそが、恩田陸作品の魅力なのかもしれません。全てをきれいに説明しきらないことで、読者は物語の世界に長く留まり、自分なりの答えを探し続けることになります。「豆腐」は結局、何だったのか。あの白い建造物は、今もあの砂漠で、静かに何かを見つめているのでしょうか。

恵弥が「ウィルスハンター」であるという設定も、本作ではまだその片鱗が見える程度でした。彼が製薬会社の人間として、あるいは別の顔を持つエージェントとして、今後どのような活躍を見せるのか、シリーズの続きを読んでみたくなります。「クレオパトラの夢」も読んで、恵弥というキャラクターをもっと深く知りたいと感じました。

「MAZE」は、単純なミステリーやホラーという枠には収まらない、多層的な魅力を持った作品だと思います。異質な舞台設定、個性的なキャラクター、現代社会への批評性、そして恩田陸さんならではの幻想的でどこか乾いた筆致。これらの要素が絡み合い、読者を奇妙で忘れられない読書体験へと誘います。

特に印象に残っているのは、やはり「豆腐」の圧倒的な存在感です。人間の営みや争いを遥か昔から見つめてきたかのような、その静謐で不気味な佇まい。物語が終わっても、あの白い塊のイメージが頭から離れません。それは、人間の浅はかさや、歴史の重み、そして未だ解き明かされない世界の謎を、静かに物語っているかのようです。

もし、あなたが日常から少し離れた、不思議な感覚に浸れる物語を求めているなら、「MAZE」はぴったりの一冊かもしれません。結末を知った上で再読すると、また違った発見や解釈が生まれそうな、そんな奥深さも感じさせる作品でした。

まとめ

恩田陸さんの小説「MAZE」、いかがでしたでしょうか。中近東の砂漠にそびえる謎の巨大建造物「豆腐」を舞台に、国籍も背景も異なる4人の男たちが「人間消失」の謎に挑む物語です。

序盤は超常現象的なミステリーやホラーを予感させますが、物語が進むにつれて、現代社会が抱える問題、特に大国の情報操作や地政学的な緊張といった、極めて現実的なテーマが浮かび上がってきます。この予想を裏切る展開も、本作の大きな魅力の一つと言えるでしょう。

神原恵弥や時枝満といった個性的なキャラクターたちの活躍や心理描写も読みどころです。特に、恵弥の掴みどころのないキャラクターは、物語に更なる深みと謎を与えています。彼の今後の活躍が気になる方は、シリーズ作品を追ってみるのもおすすめです。

結末では、「豆腐」の地下に隠されたアメリカの軍事基地という衝撃の事実が明かされますが、それでもなお、「豆腐」そのものが持つ本来の謎や、そこで起きたとされる過去の出来事については、解釈の余地が多く残されています。この曖昧さ、読者に委ねられる部分が、恩田陸作品ならではの味わいであり、読後も長く心に残る理由なのかもしれません。スリリングな展開と、深い余韻を残す物語を体験したい方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。