小説「掟上今日子の旅行記」のあらすじを物語の核心に触れる部分も含めてご紹介します。私がこの作品を読んで感じたことや考えたことを、たっぷりと書き記していますので、どうぞ最後までお付き合いください。
この物語は、いつものように忘却探偵・掟上今日子さんが、不可解な事件に挑む姿を描いています。しかし、今回は少し趣が異なり、今日子さん自身が事件の渦中に巻き込まれていくような、ハラハラする展開が待っています。読んでいるこちらも、まるで今日子さんと一緒に謎を追いかけているような気持ちになることでしょう。
舞台はなんと、異国の地フランス・パリ。美しい街並みの中で、今日子さんの鮮やかな推理はどのように花開くのでしょうか。そして、彼女の記憶が一日限りという、そのはかない特性が、今回の物語にどのような影響を与えるのかも見逃せないポイントです。
この記事では、物語の始まりから結末までの流れを追いながら、特に印象深かった場面や、今日子さんの魅力、そして物語全体を通して私が考えさせられたことなどを、心を込めてお伝えしていきたいと思います。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。
小説「掟上今日子の旅行記」のあらすじ
物語は、我らが「最も不運な男」こと隠館厄介くんが、なんとも皮肉な経緯で花の都パリへ降り立つところから始まります。彼が勤めていた旅行会社での「やらかし」が原因で、解雇され、その口止めと退職金代わりにパリ行きの航空券を渡されたのです。なんとも厄介くんらしい幕開けと言えるでしょう。
パリの雑踏の中、厄介くんは運命的な再会を果たします。そう、忘却探偵・掟上今日子さんです。彼女は個人的な旅行ではなく、日仏両政府からの公式な依頼を受け、パスポートなしという特別な計らいでフランスに入国していました。その異例の待遇からも、彼女が関わる事件の重大さがうかがえます。
事件の発端は、「怪盗淑女」と名乗る謎の人物からパリ警視庁に届けられた一通の予告状。「エッフェル塔を頂戴します」という大胆不敵な宣言に、パリは騒然となります。今日子さんに課せられた当初の任務は、この前代未聞の窃盗計画を阻止することでした。しかし、これは巧妙に仕掛けられた罠の序章に過ぎなかったのです。
怪盗淑女の真の狙いは、エッフェル塔を盗むことではなく、なんと掟上今日子さん自身にエッフェル塔を盗ませることでした。今日子さんが眠ると記憶がリセットされるという特性を悪用した、悪質な計画です。パリに到着し、事件の説明を受けた後、眠りについた今日子さん。目覚めた彼女は、厄介くんに対して衝撃的な言葉を口にします。「初めまして。怪盗の掟上今日子です。」と。
こうして、探偵から怪盗へと変貌を遂げた今日子さん。厄介くんは混乱しながらも、彼女の「助手」として、エッフェル塔強奪計画に巻き込まれていくことになります。彼女の明晰な頭脳はそのままに、その能力が「盗む」という行為に向けられる様子は、読んでいるこちらも複雑な気持ちにさせられます。果たして、今日子さんは本当にエッフェル塔を盗んでしまうのでしょうか。
そして、この奇妙な強奪劇の結末は、そして「怪盗淑女」を名乗る存在の正体と真の目的は一体何なのでしょうか。今日子さんは再び「探偵」としての自身を取り戻すことができるのか。厄介くんは、この最大のピンチをどう乗り越えるのか。物語は、パリの美しい景色を背景に、予測不可能な展開で私たちを翻弄します。
小説「掟上今日子の旅行記」の長文感想(ネタバレあり)
いやはや、今回の「掟上今日子の旅行記」は、これまでのシリーズ作品とはまた一味も二味も違う、実に大胆な一作でしたね。物語の冒頭、厄介くんがパリの地に降り立つ場面から、すでに不穏な、それでいてどこかワクワクするような空気が漂っていました。彼が不運の末に手にしたパリ行きのチケットというのが、いかにも彼らしい始まり方で、思わず苦笑してしまいました。
そして、今日子さんとの再会。これもまた、あまりにも自然で、まるで引き寄せられるように二人が出会うのは、もはやお約束と言ってもいいかもしれません。ただ、今回はその出会いの場所がパリであり、今日子さんが国家レベルの依頼で招聘されているというのですから、その時点で「おや?」と思わせるものがありました。パスポートなしでの入国という「超法規的措置」というのも、今日子さんの存在の特異性を際立たせています。
「エッフェル塔を頂戴します」という怪盗淑女からの予告状。この途方もない宣言には、度肝を抜かれました。パリの象徴たるエッフェル塔を盗むなんて、一体どんな手品を使うというのか。それだけで興味をそそられますが、物語はそう単純な方向には進みません。この壮大な予告が、実は今日子さん自身を陥れるための罠だったという展開には、本当に驚かされました。
眠って目覚めたら「怪盗」になっていた今日子さん。この変貌ぶりは、読んでいてゾクッとするものがありました。「初めまして。怪盗の掟上今日子です。」というセリフ。普段の彼女を知っているからこそ、その言葉の持つ異常さが際立ちます。ある読者の方が「素で騙されていたのは意外だった」と感想を寄せていましたが、私も全く同感です。あれほど聡明な今日子さんが、外部からの情報操作によって、こうもあっさりと自身の認識を変えられてしまうのかと。これは、彼女の「忘却」という特性が、いかに大きな弱点にもなり得るかを示していて、非常に興味深い描写でした。
厄介くんの苦悩も、手に取るように伝わってきました。目の前の女性は、姿も声も昨日までの今日子さんなのに、自分を「怪盗」だと言い、実際にエッフェル塔を盗む計画を立て始める。真実を告げるべきか、それともひとまず状況を受け入れ、彼女の傍にいるべきか。彼の逡巡は、読者の気持ちを代弁しているようでもありました。彼が今日子さんに対して、どこか及び腰になってしまうのはいつものことですが、今回はその気弱さが、事態をより一層複雑にしているようにも感じられました。
「怪盗」となった今日子さんが、その卓越した頭脳を駆使してエッフェル塔強奪計画を練り上げていく過程は、ある種の倒錯的な面白さがありました。探偵であった時の彼女の鋭敏さはそのままに、その目的だけが正反対になっている。厄介くんが助手として、その計画の片棒を担がざるを得なくなる展開も、皮肉が効いています。彼が今日子さんの「癖」で助手にされてしまうのは、彼女が怪盗になっても変わらないのですね。
エッフェル塔「盗難」のトリックについては、正直なところ、完全に理解できたかというと自信がありません。いくつかのレビューで「鮮やか」と評されている一方で、「考えるのをやめてしまった」という声もあったように、その全貌はかなり複雑で、西尾先生らしい言葉遊びや専門的な知識が絡み合っていたように思います。物理的にエッフェル塔を消し去るというよりは、ある状況下において「盗まれた」という事実を作り出す、というような印象を受けました。このあたりは、読者の想像力に委ねられている部分も大きいのかもしれません。
厄介くんが、今日子さんの計画に加担しながらも、何とか事態を収拾しようと奮闘する姿は、応援したくなりました。彼の視点を通して描かれる「怪盗今日子」の言動は、どこか危うげで、それでいて時折、探偵だった頃の純粋さが顔を覗かせる瞬間もあり、そのアンバランスさが物語に独特の緊張感を与えていたと思います。今回、厄介くんが直接的な冤罪に巻き込まれなかった点について、一部の読者からは「物足りなかった」という声も上がっているようですが、ある意味、今日子さん自身が「怪盗」という濡れ衣を着せられているわけですから、これまでとは違った形で厄介くんの不運が作用したとも言えるのかもしれません。
物語の終盤、怪盗淑女の正体と、一連の事件の真相が明かされる場面は、息を呑むような展開でした。今日子さんが何者かの巧妙な罠にはまり、「怪盗」の役割を演じさせられていたという事実は、彼女の記憶の儚さと、それを利用しようとする人間の悪意を感じさせ、やるせない気持ちになりました。「奪われた記憶と華麗なる罠」という言葉が、まさにこの事件の本質を突いているように思います。
そして、再び眠りについて目覚めた今日子さんが、「探偵」に戻るのか、そして前日の自分の「犯行」をどう受け止めるのか。この部分は、彼女のキャラクターを理解する上で非常に重要なポイントだったと感じます。「怪盗と探偵の二役」という表現がありましたが、まさに探偵としての今日子さんが、怪盗としての自分自身の行動を調査し、その意味を解き明かしていくという、自己言及的なミステリーの構造が興味深かったです。
事件が解決(あるいは解釈)された後の、今日子さんと厄介くんの関係性も気になるところです。ある読者の方が「ロマンティックな雰囲気に…」と評していましたが、確かに、これほど奇想天外な事件を共に乗り越えた二人だからこそ、そこには特別な絆が生まれてもおかしくありません。ただ、ミステリーとしての結末、特に具体的なトリックの部分については、少し説明が足りないと感じた方もいたようで、「肩透かしな感じ」という意見や、「怪盗は今日子さんの部屋に忍び込んだのか厄介さんを眠らせて拉致したのか」といった具体的な疑問点も残ったようです。このあたりは、物語が伝統的な謎解き以上に、登場人物たちの心の動きや、記憶とアイデンティティというテーマに重きを置いているからかもしれません。
本作「掟上今日子の旅行記」は、パリという華やかな舞台、エッフェル塔強奪という壮大なスケール、そして探偵が犯人に仕立て上げられるという大胆な仕掛けと、これまでのシリーズにはなかった新しい要素が満載でした。「急に規模感がデカくなりすぎで笑う」「忘却探偵シリーズは割と現実的だったのに、最後の砦が破られた感があります」といった読者の声は、まさにその斬新さを的確に捉えていると思います。西尾先生が、このシリーズで新たな境地を切り開こうとしている意欲を感じました。
記憶、アイデンティティ、信頼といった、シリーズを通して描かれてきたテーマは本作でも健在でしたが、今日子さんの過去や記憶障害の根本的な原因といった、シリーズ全体の大きな謎については、今回も明確な答えは示されませんでした。このあたりは、もどかしく感じる方もいるかもしれませんが、むしろ、この未解決の部分こそが、私たち読者の想像力をかき立て、物語の世界に引き込み続ける魅力の一つなのかもしれません。全てが明らかにならないからこそ、私たちは掟上今日子という存在に惹かれ続けるのではないでしょうか。
この物語を読み終えて、改めて感じたのは、記憶というものの不確かさと、それがいかに人のアイデンティティを揺るがすかということです。そして、そんな危うさを抱えながらも、目の前の謎に真摯に向き合い続ける今日子さんの姿は、やはり魅力的で、応援したくなります。彼女の傍らにいる厄介くんの存在もまた、なくてはならないものだと再認識しました。彼の優しさ、そして何よりも彼が今日子さんに向ける信頼が、彼女にとってどれほどの救いになっていることか。そんな二人の関係性が、この物語の核にあるのだと思います。
まとめ
小説「掟上今日子の旅行記」は、忘却探偵・掟上今日子さんが、パリを舞台にエッフェル塔強奪という前代未聞の事件に挑む、スリリングで大胆な物語でした。いつものように鮮やかな推理で事件を解決する今日子さん…と思いきや、今回は彼女自身が巧妙な罠にはまり、「怪盗」として行動することになるという衝撃的な展開が待っています。
物語の魅力は、何と言ってもその奇抜な設定と、予測不可能なストーリー展開にあります。探偵が怪盗になるというだけで驚きですが、その裏には記憶を操るという悪質な企みが隠されており、読者は最後までハラハラしながらページをめくることになるでしょう。お馴染みの隠館厄介くんの視点から描かれることで、今日子さんの変貌ぶりや、事件の異常性がより際立って感じられます。
また、パリの美しい街並みを背景に繰り広げられる、壮大なスケールの事件は、これまでのシリーズ作品とは一線を画すものでした。エッフェル塔を「盗む」という行為が何を意味するのか、そのトリックの全貌、そして事件の背後にいる真の黒幕の正体など、多くの謎が読者の知的好奇心を刺激します。
この作品を読むことで、私たちは改めて記憶とアイデンティティの脆さ、そして人と人との信頼関係の大切さについて考えさせられるかもしれません。掟上今日子という稀有な探偵と、彼女を支える隠館厄介くんの不思議な絆を感じながら、ぜひこのパリでの特別な冒険を体験してみてください。