小説「扇物語」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。

西尾維新先生が紡ぎ出す〈物語〉シリーズは、多くの読者を魅了し続けていますが、その中でもモンスターシーズン第四弾として刊行された「扇物語」は、また新たな風を私たちに届けてくれました。大学生となった阿良々木暦くんの物語「おうぎライト」と、元・神様であり今は漫画家を目指す千石撫子ちゃんの物語「おうぎフライト」。この二つのエピソードが収録されています。

これまでのシリーズで解決しきれなかった問題や、登場人物たちのその後の歩み、そして新たな怪異との出会いが、モンスターシーズンならではの深みをもって描かれています。「扇物語」も例外ではなく、特に「謝罪」という行為が持つ複雑な側面や、過去とどう向き合っていくかという重いテーマが、西尾先生らしい言葉遊びを交えながら展開されていくのです。

この記事では、「扇物語」の物語の筋道を追いながら、登場人物たちの心の動きや、私が読んで感じたことを、できるだけ詳しくお伝えできればと思っています。二つの物語がどのように絡み合い、シリーズ全体の中でどのような意味を持つのか、一緒に読み解いていきましょう。読み進めていただければ幸いです。

小説「扇物語」のあらすじ

「扇物語」は、大きく分けて二つの物語、「おうぎライト」と「おうぎフライト」で構成されています。それぞれ主人公が異なり、異なる事件を追う形になっていますが、どこか響き合うものがあるように感じられます。

まず「おうぎライト」では、国立曲直瀬大学に進学した阿良々木暦くんが主人公です。大学で唯一できた友人である食飼命日子(はむかいめにこ)さんから、彼女の恋人が理由もなく執拗に謝罪を繰り返すようになった、という奇妙な相談を受けます。暦くん自身も、年始に恋人である戦場ヶ原ひたぎさんから突然、謝罪の言葉と共に別れを切り出されたばかりで、この不可解な「謝罪」の連鎖に、怪異の影を感じ取ります。

故郷に戻り、怪異の専門家である忍野扇ちゃんの助言を求める暦くん。扇ちゃんは、一連の出来事の背後に「妖魔令(あやまれい)」という怪異の存在を示唆し、その怪異に深く関わる人物として、私立直江津高校の生徒、上洛落葉(じょうらくらくよう)さんの名前を挙げます。暦くんは、命日子さんの彼氏を救うため、そして上洛さんを巡る謎を解き明かすために奔走することになります。

一方、「おうぎフライト」の主人公は、かつて蛇神様であり、今は漫画家を目指しながら怪異の専門家としての道を歩み始めた千石撫子ちゃんです。彼女は、専門家たちの元締めである臥煙伊豆湖さんの指示のもと、最初の任務に臨みます。その任務とは、中学時代に自分に呪いをかけた張本人である、遠吠哭奈(とおぼえなくな)さんと砂城寸志(さじょうすんし)くんに会いに行くことでした。

呪い返しの影響で心身ともに深く傷ついたかつての同級生たちと対峙する撫子ちゃん。被害者であった彼女が、専門家として、そして一人の人間として、彼らとどう向き合い、過去を清算していくのかが描かれます。この経験を通して、撫子ちゃんは少しずつ成長の兆しを見せていきます。

そして、最初の任務を終えた撫子ちゃんに、臥煙伊豆湖さんから次なる指令が下されます。それは、臥煙伊豆湖さんの実の娘であり、かつて撫子ちゃんを苦しめた蛇の呪いの元凶とも言える強大な怪異「洗人迂路子(あらうんど うろこ)」に関わるものでした。この新たな任務は、撫子ちゃんを更なる試練へと導き、次なる物語「死物語」へと繋がっていくことになるのです。

小説「扇物語」の長文感想(ネタバレあり)

「扇物語」を読み終えて、まず心に深く刻まれたのは、「謝罪」という行為の持つ、なんとも言えない重さと複雑さでした。「おうぎライト」で描かれる阿良々木暦くんの周囲で起こる二つの「謝罪」は、どちらも受け取る側を困惑させ、時に追い詰めるような性質を帯びています。食飼命日子さんの彼氏が見せる、理由なき執拗な謝罪。そして、戦場ヶ原ひたぎさんから暦くんに突きつけられる、一方的な別れの言葉とそれに伴う謝罪。これらは、謝罪が必ずしも相手への償いや関係修復のためだけに行われるものではなく、時には相手をコントロールしようとする意図や、自己満足のために利用されることもある、という現実を突きつけてくるようでした。

命日子さんの相談は、一見すると奇妙な怪異現象ですが、その根底には、人間関係の中で生じるコミュニケーションの齟齬や、言葉だけでは埋められない心の溝のようなものが感じられます。彼氏の異常な行動は「妖魔令」という怪異によるものとされますが、なぜ彼がその怪異に取り憑かれたのか、その背景にあるかもしれない日常の小さなすれ違いや、言葉にできなかった思いについて考えると、物語に一層の深みが増すように思います。

そして、戦場ヶ原ひたぎさんの行動。彼女の「謝罪」は、暦くんにとって青天の霹靂であり、読者にとっても大きな謎として提示されます。参考にした記述の中には「こちらの意志は関係なく謝ることで、自分が悪いからあなたは悪くないからとこちらの意志を強制してくるタイプの謝罪」という解釈がありましたが、まさにその通りだと感じました。ひたぎさんの複雑な性格、そして彼女が過去に負った傷を考えると、この一方的な謝罪と別離の宣言は、彼女なりの歪んだ自己防衛のようにも、あるいは暦くんを試すような行為にも見えてきます。この時点では、その真意は霧の中ですが、だからこそ読者は引き込まれ、二人の関係の行方を見守りたくなるのでしょう。

忍野扇ちゃんの存在は、この不可解な状況において、暦くんにとっての一筋の光明となります。彼女は「妖魔令」という怪異の名を口にし、上洛落葉さんというキーパーソンへと暦くんを導きます。扇ちゃんが語る「妖魔令」は、「観念みたいなもの」とも表現されており、物理的な実体というよりは、人の心に作用するタイプの怪異として描かれているのが興味深いです。「謝罪」という観念そのものが怪異化したような存在であり、それが人の弱さや後ろめたさといった感情に付け入るのかもしれません。

上洛落葉さんは、親への体面のために参加した大学のオープンキャンパスで聞いたスピーチがきっかけで「妖魔令」を発動させてしまったとされています。このエピソードは、現代社会に生きる若者が抱えるプレッシャーや、他者の期待に応えようとする中で生まれる心の歪みが、いかに怪異と結びつきやすいかを示しているように感じました。彼女が何に対して「謝りたい」「謝らなければならない」という強迫観念を抱いたのか、その詳細は語られませんが、読者の想像を掻き立てます。

物語のクライマックスで、「妖魔令」は忍野忍ちゃんの活躍によって解決されます。忍ちゃんが怪異をエナジードレインするという解決方法は、〈物語〉シリーズのファンにとっては馴染み深いものですが、暦くんの吸血鬼としての力がほとんど失われている現状で、忍ちゃんとの絆が事件解決の鍵となる展開は、二人の関係性の強さを改めて感じさせます。ただ、一部の記述にあったように、食飼命日子さんの彼氏の問題がどのように解決したのか、その詳細な描写が省略されている点は、少し物足りなさを感じる方もいるかもしれません。しかし、根本原因である「妖魔令」が取り除かれれば、枝葉の問題も自ずと解消されるという、ある種の合理性を示しているとも言えるでしょう。

「おうぎライト」を読み終えても、戦場ヶ原ひたぎさんの謝罪の真意や、暦くんとの関係がどうなるのかといった点は、明確な答えが示されないままです。また、章の合間に挿入されるという謎の女性の独白も、物語にミステリアスな余韻を残します。この解決しきらない部分こそが、西尾維新作品の魅力であり、読者に深い考察を促す仕掛けなのかもしれません。

続いて「おうぎフライト」に目を向けると、こちらは千石撫子ちゃんの成長物語として、非常に読み応えのある内容でした。かつて蛇神となり、多くの騒動を引き起こした彼女が、人間として再び歩み始め、さらに怪異の専門家を目指すという道のりは、決して平坦なものではありません。その最初の試練として、過去に自分を呪った同級生たちと向き合うことになるのです。

遠吠哭奈さんとの再会は、読んでいて胸が締め付けられる場面でした。呪い返しの影響で全身に無数の穴が開くという悲惨な姿になった彼女。その原因が、撫子ちゃんへの嫉妬と、砂城くんへの一方的な想いであったことを考えると、人間の感情の業の深さを感じずにはいられません。被害者であった撫子ちゃんが、専門家として、変わり果てた加害者と対峙する。そこには、憎しみや憐れみだけではない、複雑な感情が渦巻いていたことでしょう。この経験が、撫子ちゃんの人間的な成長に不可欠なものであったことは間違いありません。

砂城寸志くんもまた、呪い返しの影響で憔悴しきっていました。彼が撫子ちゃんに呪いをかけた動機は、告白して振られたことへの逆恨み。そして、「恋物語」で貝木泥舟を襲撃したのも彼であったことが示唆されています。彼の行動には、歪んだ承認欲求や、やり場のない怒りが見え隠れします。撫子ちゃんは、そんな彼とも言葉を交わし、過去と向き合います。二人の加害者の異なる動機や現状を目の当たりにすることで、撫子ちゃん自身も、人間の心の複雑さや、過ちを犯した者が抱える苦悩について、深く学んだのではないでしょうか。

これらの再会と対話を通じて、撫子ちゃんの心には確かな変化が生まれます。他罰的で自己中心的だった彼女が、他者の痛みに触れ、自らの過去の清算を試みる姿は、読者に大きな感動を与えます。「撫子の成長、主人公になりつつのを感じられる」という感想がありましたが、まさにその通りで、彼女が困難を乗り越え、一歩ずつ前に進もうとする姿に、私たちは勇気づけられるのです。

そして物語は、臥煙伊豆湖さんから下される新たな任務によって、次なるステージへと進みます。そのターゲットは「洗人迂路子」。臥煙伊豆湖さんの15歳の娘であり、かつて撫子ちゃんを苦しめた蛇の呪いの元凶でもあるという衝撃的な事実が明かされます。「五つ首の大蛇」「不死身の怪異」と称されるほどの強大な存在に、専門家として歩み始めたばかりの撫子ちゃんがどう立ち向かっていくのか。この壮大な戦いの序章が「おうぎフライト」の結末であり、「死物語」への期待を最大限に高めてくれます。

臥煙伊豆湖さんが、実の娘の対処を撫子ちゃんに託す(あるいは関与させる)という構図も非常に興味深いです。そこには、伊豆湖さんの複雑な思惑や、母娘間の確執など、語られていない多くの物語が隠されているように感じます。撫子ちゃんの物語が、個人的な過去の清算から、〈物語〉シリーズ全体の大きな謎に関わる壮大なスケールへと発展していく予感に満ちています。

「扇物語」全体を通して、「おうぎライト」と「おうぎフライト」という二つの物語を並べて読むことで、西尾維新先生が描こうとしたものがより鮮明に浮かび上がってくるように感じます。「謝罪」という行為の多面性や、人間関係の複雑さを描いた「おうぎライト」。そして、過去のトラウマを乗り越え、明確な成長と次なるステップへの移行を描いた「おうぎフライト」。この二つは、人間の内面における根深い葛藤と、それを乗り越えていく精神的な成長という、人間存在の両側面を巧みに描き出しているのではないでしょうか。モンスターシーズンが、単なる後日談ではなく、キャラクターたちの新たな側面を深く掘り下げ、シリーズ全体のテーマを深化させる重要な役割を担っていることが、この「扇物語」ではっきりと示されたように思います。西尾維新先生の言葉の力と、物語の深遠さに、改めて感服させられる一冊でした。

まとめ

「扇物語」は、阿良々木暦くんの新たな日常と「謝罪」というテーマを巡る「おうぎライト」、そして千石撫子ちゃんの専門家としての成長と次なる戦いの序章を描く「おうぎフライト」という、二つの魅力的な物語で構成されていました。どちらの物語も、〈物語〉シリーズならではの怪異譚としての面白さはもちろん、登場人物たちの心の機微を深く掘り下げており、読み応えがありました。

「おうぎライト」では、大学生になった暦くんが直面する、不可解な「謝罪」の連鎖と、それに伴う怪異「妖魔令」の謎が描かれました。戦場ヶ原ひたぎさんとの関係にも新たな動きがあり、今後の展開から目が離せません。「謝罪」という行為が持つ複雑な意味合いについて、改めて考えさせられる物語だったと感じます。

一方、「おうぎフライト」では、千石撫子ちゃんが過去の因縁と向き合い、専門家として大きな一歩を踏み出す姿が印象的でした。かつての加害者との対峙を通じて見せる彼女の成長は、応援したくなるものでしたし、最後に示唆される強大な敵「洗人迂路子」との戦いは、次作「死物語」への期待を大きく膨らませてくれます。

この「扇物語」を読むことで、〈物語〉シリーズの世界がさらに広がり、深まっていくのを感じられるはずです。キャラクターたちの新たな一面や、これまでの物語では語られなかった側面が明らかになり、シリーズ全体の面白さを再発見できるでしょう。西尾維新先生が紡ぐ、言葉と物語の迷宮に、あなたも足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。