小説「戦物語」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。西尾維新先生が手がける〈物語〉シリーズは、数多くのシーズンを経て、私たち読者を魅了し続けてきましたね。その最新刊として登場した「戦物語」は、「ファミリーシーズン」第一弾と銘打たれており、これまでの物語とはまた一味違った展開が待っていました。
主人公である阿良々木暦くんと、長年の付き合いである戦場ヶ原ひたぎさんが、ついに結婚。この大きな節目から物語は始まります。なんとも感慨深いものがあります。そして、彼らの新婚旅行が描かれるのですが、そこは〈物語〉シリーズ。一筋縄ではいかない、予想を超える出来事が次々と起こるのです。
「戦物語」という題名が示す通り、単なる甘いハネムーンとは趣が異なります。そこには、暦くんの心の内なる葛藤や、ひたぎさんを巡る予期せぬ困難、そして彼らを取り巻く人々との関係性が複雑に絡み合い、まさに「戦い」と呼ぶにふさわしいドラマが繰り広げられます。
この記事では、そんな「戦物語」の物語の核心に迫りつつ、私が感じたこと、考えたことを余すところなくお伝えできればと思います。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
小説「戦物語」のあらすじ
阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎが結婚し、物語は感動的な幕開けを迎えます。ひたぎが「阿良々木ひたぎ」となった事実は、暦にとって大きな喜びであると同時に、彼女の姓をある意味で変えてしまったことへの複雑な思いを抱かせます。この内面の揺らぎが、物語全体に影を落とす一つのテーマとなっていきます。
そして、二人は新婚旅行へ出発します。行き先に選ばれたのは、ひたぎの旧姓と同じ「戦場ヶ原」がある栃木県でした。この選択には、彼女の過去への配慮と、一つの区切りをつけたいという暦の願いが込められていたのです。しかし、この旅行は単なる夫婦水入らずの時間とはならず、暦の影に潜む吸血鬼のなれの果て・忍野忍、そしてひたぎの後輩である神原駿河も同行するという、型破りなものとなります。
旅の途中、一行は殺生石や日光東照宮といった、日本の歴史や伝承に深く関わる地を巡ります。暦は忍を自身の養子に迎え入れられないかという「秘めたる計画」を胸に抱きつつ、ひたぎとの新たな関係性を模索します。穏やかに進むかに見えた新婚旅行でしたが、突如としてひたぎが深刻な「トラブル」に巻き込まれてしまいます。
この「トラブル」の詳細は多く語られませんが、その影響は甚大で、暦たちの日常を根底から揺るがすものでした。暦は事態を収拾しようと奔走し、その過程で過去に縁のあった強力な物品「祢々切丸」に手を出すことになりますが、それがさらなる波紋を呼び、上司である甲賀課長や、怪異の専門家である臥煙伊豆湖から厳しい叱責を受けることになります。
事態は深刻さを増し、最終的に暦、ひたぎ、そして忍の三人は、それぞれの姓を変え、世間から姿をくらますという道を選ばざるを得なくなります。それは、これまでの彼らの生活からの決別であり、新たな関係性の始まりを意味していました。
この大きな決断の中で、忍野忍が意外な形で重要な役割を果たします。彼女の機転と行動が、絶望的な状況に一筋の光を灯し、新しい家族の形を築き上げるきっかけとなるのです。物語の終わりには、「名前は結局のところただの名前で、自分たちがどう選択し、どう生きるかで人生は決まる」というメッセージが示され、彼らの絆が一つの確固たる形になったことが描かれます。
小説「戦物語」の長文感想(ネタバレあり)
「戦物語 ひたぎハネムーン」、この一冊を読み終えてまず感じたのは、〈物語〉シリーズがまた一つ、大きな階段を上ったのだな、という感慨でした。阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎの結婚という、ファンにとっては長年待ち望んだとも言える出来事から物語が始まるわけですが、西尾維新先生は決して私たちを安穏とした祝福ムードの中に留まらせてはくれませんでした。
物語前半、特に印象的だったのは、ひたぎが「阿良々木ひたぎ」になったことに対する暦の執拗なまでのこだわりです。彼女の姓を「奪った」かのように感じ、罪悪感にも似た感情を抱く暦の姿は、読んでいて少しばかり「うっとうしい」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、この悩みこそが、結婚という制度、そして個人のアイデンティティというものに対する西尾先生の深い洞察の表れなのではないでしょうか。夫婦同姓が一般的な現代社会において、名前が変わることの重み、そしてそれが個人の心にどのような影響を与えるのかを、暦の内面描写を通して丹念に描いているように感じました。そして、この葛藤が新婚旅行の目的地として「戦場ヶ原」を選ぶという行動に繋がっていく流れは、非常に説得力がありました。
そして、この新婚旅行に同行する忍野忍と神原駿河の存在も、物語に深みを与えています。特に忍に関しては、暦が彼女を養子にできないかと苦悩する「秘めたる計画」が大きな軸の一つとして描かれます。主従関係でもなく、単なる同居人でもない、曖昧な立場にあった忍を、新しい「家族」の中にどう位置づけるのか。これは、暦とひたぎが夫婦となったからこそ直面する、避けては通れない問題だったのでしょう。参考資料にもあるように、暦が当初見落としていた問題点に気づかされる場面もあり、彼の人間的な成長も感じられました。
道中、暦が「イマジナリー羽川」と対話する場面には、思わず苦笑してしまいました。羽川翼という存在が、いかに暦にとって大きな支えであったか、そして彼女の不在時でさえ、その思考や視点に頼らざるを得ない暦の弱さのようなものが垣間見えた気がします。また、八九寺真宵が成長した姿で登場するシーンも、〈物語〉シリーズならではの遊び心と、時の流れ、そして怪異たちの変化を感じさせるものでした。彼女が「コンプライアンス上の問題」で成人の姿になったという説明には、西尾先生らしい現代社会への批評眼も込められているのかもしれません。
新婚旅行の舞台となる栃木県の各所、殺生石、日光東照宮、いろは坂といった場所の選択も、物語の雰囲気を高めるのに一役買っています。特に殺生石のような、強力な霊や怪異の伝承が残る地を訪れることは、この旅が単なる観光ではないことを暗示しているようでした。もっとも、作中では新たな怪異との派手な戦闘が繰り広げられるわけではありません。むしろ、怪異調査という側面は潜められ、登場人物たちの内面や関係性の変化に焦点が当てられていたように思います。この点に関して、一部では「九尾の狐が出てこないのはどうなのか」といった声もあるようですが、私はむしろ、目に見える「怪異」よりも、ひたぎが巻き込まれる「トラブル」こそが、現代社会における新たな形の「怪異」なのではないかと感じました。
そして物語は、その「トラブル」によって急展開を迎えます。具体的な内容は伏せられていますが、その結果として暦、ひたぎ、忍が姓を変えて潜伏生活を送らざるを得なくなるという事態は、これまでの〈物語〉シリーズの中でも特に深刻なものと言えるでしょう。過去の怪異事件は、多くの場合、解決すれば日常が戻ってきましたが、今回はそうではありません。彼らの社会的生命が脅かされるほどの事態であり、まさに「ファミリーシーズン」の幕開けにふさわしい、家族のあり方が問われる試練だと感じました。
この「トラブル」の処理を巡って、暦が「祢々切丸」という曰く付きの品を持ち出し、結果として上司である甲賀課長や、シリーズにおける絶対的な権威者とも言える臥煙伊豆湖から叱責を受ける場面は、非常に印象的です。臥煙さんが登場するということは、事態がそれだけ深刻であり、暦の行動が怪異の世界全体にも影響を及ぼしかねないものだったことを示唆しています。暦の未熟さや独断専行が招いた結果とも言え、彼のヒーローとしての側面だけでなく、危うさも浮き彫りになったように思います。
しかし、この絶望的な状況の中で、一条の光となったのが忍野忍の存在でした。彼女の「はからい」や「サプライズ」と表現される行動が、物語の終結において決定的な役割を果たします。これまで暦に力を与え、支えられることの多かった忍が、自らの意志で、しかも非常にスケールの大きな方法で家族を救おうとする姿には胸を打たれました。「案外親想い」という評価も、まさにその通りだと感じます。彼女がいたからこそ、阿良々木家は新たな形で再出発できたと言っても過言ではないでしょう。
そして、物語の最後に提示される「けっきょく名前はただの名前で、自分たちがどう選択をするか、どう生きるか、それで人生は決まっていくんだよ」というテーマは、本作全体を貫く核心的なメッセージだと感じました。物語の冒頭で暦がひたぎの姓の変更に悩んでいたことと対比するように、最終的には家族全員が新たな「借り物の名前」を名乗ることで困難を乗り越えようとする。この皮肉な展開を通して、名前という社会的な記号の相対性と、それ以上に大切な個人の選択や絆の重要性が力強く語られているように思います。
ひたぎの強さもまた、この物語で際立っていました。予期せぬトラブルに巻き込まれながらも、決して屈することなく、むしろ暦を叱咤激励し、共に困難に立ち向かおうとする姿は、彼女が真に「戦場ヶ原」の名にふさわしい女性であることを改めて示していました。暦が彼女の覚悟を疑った際に怒りを露わにする場面など、彼女の気高さと愛情の深さが伝わってきました。
「戦物語」は、阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎの結婚、そして忍野忍を加えた新しい家族の形成という、大きな転換点を描いた作品です。それは、ある意味で阿良々木暦の物語の一つの「最終回」のようにも感じられるほど、美しい決着を見せてくれました。しかし同時に、彼らが潜伏生活を送るという新たな状況は、「ファミリーシーズン」という次なる物語への大きな布石でもあります。
彼らがどのような「借り物の名前」で、どのような生活を送っていくのか。ひたぎを巻き込んだ「トラブル」の真相や、その背後にいるかもしれない脅威は完全に去ったのか。そして、この新たな家族の形は、今後どのような試練にさらされ、どのように深まっていくのか。興味は尽きません。
西尾維新先生らしい言葉遊びや、思わず唸らされるような会話劇、そして登場人物たちの魅力的な個性は本作でも健在で、ページをめくる手が止まりませんでした。特に、暦の内面描写の深さと、そこから紡ぎ出される普遍的なテーマ性は、改めて〈物語〉シリーズの奥深さを感じさせてくれました。
次巻として「接物語」が予告されていることもあり、斧乃木余接ちゃんがどのように関わってくるのかも楽しみでなりません。「戦物語」が示した新たな家族の絆の物語が、これからどのように展開していくのか、期待に胸を膨らませています。
まとめ
「戦物語 ひたぎハネムーン」は、〈物語〉シリーズにおける重要なターニングポイントとなる一作でした。阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎの結婚という、ファン待望の出来事を描きつつも、物語は単なる祝福ムードに終わらず、彼らを過酷な運命へと導いていきます。
新婚旅行という甘美な響きとは裏腹に、暦の内的葛藤、忍野忍との新しい関係性の模索、そして何よりもひたぎを襲う深刻な「トラブル」が物語の主軸となります。この「トラブル」は、彼らの生活を一変させ、家族全員が偽名を使い潜伏するという衝撃的な結末を迎えます。
しかし、その苦難の中でこそ、彼らの絆はより強固なものとなり、「名前」というものの本質、そして家族とは何かという問いに対する一つの答えが示されます。特に忍野忍の意外な活躍は、物語に大きな感動を与えてくれました。
「ファミリーシーズン」の幕開けを飾るにふさわしい、重厚かつ感動的な物語であり、今後のシリーズ展開への期待を大いに高めてくれる一冊です。彼らが新たな名前でどのような未来を築いていくのか、見守り続けたいと思います。