小説「睡蓮の長いまどろみ」の物語の筋道を、結末の核心に触れつつ紹介します。長文の所感も書いていますのでどうぞ。この物語は、一人の男が自身のルーツと不可解な出来事の真相を探る中で、逃れられない宿命や因果というものに深く向き合っていく姿を描いています。

物語の始まりはイタリア、アッシジ。主人公の世良順哉は、42年前に自分を捨てた母・美雪と、偶然を装って再会します。しかし、母は彼が息子であることに気づかず、順哉の心には複雑な思いが残ります。帰国後、彼は衝撃的な場面に遭遇します。見知らぬウェイトレスの加原千菜が、彼に向かって「さよなら」と告げ、ビルから身を投げるのです。

この出来事を境に、順哉の日常は静かに、しかし確実に揺らぎ始めます。なぜ千菜は自分に別れを告げたのか? 疑問が渦巻く中、さらに不可解なことに、亡くなったはずの千菜から順哉宛てに手紙が届き始めるのです。それは一体誰が、何の目的で送っているのでしょうか。

謎を追ううちに、順哉は自分と父を捨てた母・美雪が家を出た本当の理由、そして両親が別れを選んだ背景にある事情を知ることになります。そこには、抗いがたい運命の流れのようなものが存在していました。千菜の死と母の過去、そして自分自身の内に存在する説明のつかない感覚。点と点がつながっていく中で、物語は人間の生と死、そしてそれらを繋ぐ見えない糸、「因果」という深いテーマへと迫っていきます。

小説「睡蓮の長いまどろみ」のあらすじ

主人公は世良順哉、40代前半のサラリーマンです。彼は幼い頃に母・美雪に捨てられ、父と継母に育てられました。心の内には、自分でも説明できない「女」が存在するという感覚を抱えています。物語は、順哉が妻と共にイタリアのアッシジを訪れる場面から始まります。

アッシジには、順哉を捨てた実母・美雪が滞在していました。彼女は孤児を支援する活動をしています。順哉は身分を隠したまま美雪に接触しますが、彼女は目の前の男が自分の息子だとは気づきません。消化不良の思いを抱えたまま、順哉は日本へ帰国します。

帰国直後、順哉は衝撃的な出来事に遭遇します。彼がよく利用する喫茶店のウェイトレス、加原千菜が、勤め先のビルから飛び降りるのです。そして、彼女は死の間際、地上にいた順哉に向かってはっきりと「さよなら」と告げました。なぜ面識のないはずの自分に? 順哉は強い衝撃と疑問を覚えます。

さらに不可解なことが起こります。亡くなったはずの千菜から、順哉のもとへ手紙が届き始めるのです。その手紙は、千菜が生前に書き溜めていたものなのか、それとも別の誰かが送っているのか。謎は深まるばかりです。

手紙の謎を追う過程で、順哉は千菜の過去や、彼女が抱えていた秘密に触れていきます。それと並行して、順哉は自身の出生の秘密、母・美雪がなぜ自分を捨てて家を出なければならなかったのか、その真相にも迫っていきます。美雪の人生には、ある種の「宿命」とも呼べる出来事が深く関わっていました。

物語が進むにつれて、順哉の母・美雪の過去、飛び降りた千菜の秘密、そして千菜から届く手紙の謎が、次第に一つの線で結ばれていきます。そこには「因果倶時(いんがぐじ)」という仏教的な思想、つまり原因と結果は同時に存在するのだという考え方が、物語の根底に流れていることが示唆されます。順哉は、自身の人生に纏わりつく不可解な出来事や、母との関係性の中に、逃れられない運命の糸を感じ取っていくのです。

小説「睡蓮の長いまどろみ」の長文感想(ネタバレあり)

宮本輝さんの「睡蓮の長いまどろみ」を読み終えて、まず心に残ったのは、人間の生と死、そしてそれらを繋ぐ「因果」というものの、重く、そしてどこか物悲しい手触りでした。物語全体が、まるで深い霧に包まれた蓮池のように、神秘的でありながらも、底知れない宿命の気配を漂わせています。

主人公の世良順哉は、一見すると平凡な中年男性です。しかし、彼が抱える内面、つまり幼い頃に母に捨てられたという過去と、自身の内に存在する「女」の感覚は、彼を特異な存在たらしめています。この設定が、物語に深みを与え、読者を順哉の自己探求の旅へと引き込む力になっています。

物語の大きな転換点となるのは、加原千菜の飛び降り自殺です。面識のないはずの千菜が、なぜ順哉に「さよなら」と告げたのか。この謎が、読者の好奇心を強く刺激します。そして、死んだはずの彼女から届く手紙。このミステリアスな展開は、ページをめくる手を止めさせません。ホラー的な要素とは異なり、どこか運命的な、抗えない力の存在を感じさせる不気味さがあります。

千菜の手紙の謎を追う中で、順哉は自身のルーツ、特に母・美雪の過去と向き合うことになります。美雪が順哉を捨てたのは、決して単純な理由からではありませんでした。そこには、戦争という時代の大きなうねりや、個人の力ではどうすることもできない、まさに「宿命」としか言いようのない事情が複雑に絡み合っていたのです。この母子の物語は、単なる家族の問題を超えて、人が背負う業や、時代の波に翻弄される個人の無力さをも描き出しています。

宮本輝さんの作品に通底するテーマとして、「生まれながらの差」や「宿命との戦い」が挙げられますが、この「睡蓮の長いまどろみ」では、それが「因果倶時」という仏教的な思想と結びついて、より深く掘り下げられているように感じました。原因と結果は同時に存在する。つまり、順哉が生まれた瞬間から、彼の人生における様々な出来事、母との別離や千菜の死との遭遇までもが、ある程度決まっていたのではないか、という問いかけです。

この「因果倶時」という考え方は、私たちに重い問いを投げかけます。もし全てが決まっているのなら、私たちの意志や努力に意味はあるのでしょうか。しかし、作中で美雪が語るように、この思想は単なる決定論や諦めを促すものではないのかもしれません。「原因が生じた瞬間に結果もそこに生じている」ことを知った上で、それでもなお、人はどう生きるべきなのか。宿命を知りつつ、それに抗おうとすること、あるいは受け入れてなお前を向くこと。そこにこそ、人間の尊厳や生きる意味があるのではないか、と作者は問いかけているように思えました。

物語のタイトルにもなっている「睡蓮」は、泥の中から美しい花を咲かせる植物です。これは、苦しみや悲しみ、宿命という泥沼の中から、それでもなお希望や美しさを見出そうとする人間の姿を象徴しているのかもしれません。長いまどろみから覚めた睡蓮のように、順哉もまた、自身の過去や宿命と向き合う中で、新たな自己認識へと目覚めていくのです。

また、順哉の内なる「女」の存在も、非常に興味深い要素です。これは単なる性的指向の問題ではなく、もっと根源的な、自己の多層性や、他者との繋がり、あるいは過去からの影響といったものを象徴しているように感じられました。母との関係、千菜との不可解な繋がり、そして自身の内面。それらが複雑に絡み合い、順哉という人間の輪郭を形作っていきます。

物語の終盤、千菜の手紙の真相や、順哉と母との関係性が明らかになるにつれて、全ての出来事が一つの大きな運命の環の中にあったことが示唆されます。それは決してハッピーエンドとは言えないかもしれませんが、順哉が自身の背負うものを理解し、受け入れていく過程には、静かな感動があります。彼は、逃れられない因果の糸を認識した上で、それでも生きていくことを選択するのです。

宮本輝さんの文章は、抑制が効いていながらも、登場人物の感情の機微や情景を鮮やかに描き出します。特に、イタリアのアッシジの風景や、日本の都市の描写は、物語の雰囲気を効果的に高めています。静謐な筆致の中に、人間の心の奥底にある激しい感情や、人生の不可解さが巧みに織り込まれていると感じました。

この作品は、ミステリーとしての面白さもさることながら、人生における宿命や因果、自己とは何かといった普遍的なテーマについて、深く考えさせられる物語です。読み終えた後も、登場人物たちの運命や、「因果倶時」という言葉が、静かに心に残り続けます。

特に、順哉が母・美雪の過去を知る場面は胸に迫るものがありました。美雪が背負ってきたものの重さ、そして息子への想い。決して美談ではありませんが、そこには人間の弱さと強さ、そして愛憎の複雑な形が描かれており、深い共感を覚えます。彼女の生き様は、「宿命」というものに翻弄されながらも、懸命に生きた一人の女性の記録として、強く印象に残りました。

また、千菜という存在も、物語において重要な役割を果たしています。彼女の死は悲劇的ですが、その死が順哉を覚醒させ、自身の過去と向き合わせるきっかけとなります。彼女の手紙は、まるで死者からのメッセージのように、生者に影響を与え続けます。生と死の境界線が曖昧になるような、不思議な感覚を覚えました。

この物語を読むことは、自分自身の人生や、人との繋がりについて、改めて見つめ直す機会を与えてくれるかもしれません。私たちは皆、何らかの因果の糸の中で生きているのかもしれません。その糸をどう捉え、どう生きていくのか。明確な答えはありませんが、「睡蓮の長いまどろみ」は、その問いと向き合うための、静かで深い思索の時間を与えてくれる作品だと感じます。

読み進めるうちに、順哉の抱える虚無感や、どこか満たされない思いが、現代を生きる私たちの抱える感覚と重なる部分もあるように思いました。全てが明らかになり、謎が解けたとしても、心の底にある空虚さが完全に埋まるわけではない。それでも、自身のルーツを知り、運命を受け入れることで、順哉は新たな一歩を踏み出す力を得ます。その姿に、かすかな光を見出すことができるのではないでしょうか。

まとめ

この記事では、宮本輝さんの小説「睡蓮の長いまどろみ」の物語の筋道と、その核心部分に触れながら、深い所感を綴ってきました。主人公・世良順哉が、母との過去や謎めいた女性の死を通して、自身の宿命と向き合う物語です。

物語の魅力は、ミステリアスな展開の中に、人間の生と死、親子関係、そして「因果」という深遠なテーマが織り込まれている点にあります。特に、死んだはずの女性から届く手紙や、母が息子を捨てた背景にある事情が明らかになる過程は、読者を引きつけます。

作品全体を貫く「因果倶時」という思想は、私たち自身の人生や運命について考えさせます。全ては決まっているのか、それとも抗うことができるのか。答えは簡単には出ませんが、この物語は、宿命を受け入れながらも前を向いて生きることの意味を問いかけているように感じられます。

「睡蓮の長いまどろみ」は、単なる謎解きの物語ではなく、人間の存在の根源に触れるような、重厚で読み応えのある作品です。読後、きっと心に静かな余韻が残ることでしょう。ぜひ手に取って、順哉の旅を追体験してみてはいかがでしょうか。