小説「錆びた太陽」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。

恩田陸さんの作品といえば、多彩なジャンルと独特の世界観が魅力ですが、この「錆びた太陽」もまた、忘れられない読書体験を与えてくれる一冊でした。舞台は、原発事故によって広範囲が汚染され、「制限区域」となった近未来の日本。そこでは、人間そっくりの高性能ロボットたちが、汚染された環境の整備や監視活動を行っています。

物語は、そんなロボットたちの前に、一人の人間の女性が現れるところから始まります。彼女の名前は財護徳子(ざいごとくこ)。国税庁から派遣されたという彼女の突飛な目的と行動が、静かだった制限区域に波乱を巻き起こしていくのです。

この記事では、そんな「錆びた太陽」の物語の筋立てを追いながら、物語の核心に触れる部分にも言及していきます。さらに、私がこの作品を読んで感じたこと、考えたことを、少し長くなりますが詳しく語らせていただこうと思います。読み終えた後に、きっと誰かと語り合いたくなる、そんな作品ですよ。

小説「錆びた太陽」のあらすじ

物語の舞台は、21世紀に起きた「最後の事故」と呼ばれる大規模な原発テロによって、国土の広範囲が放射能で汚染されてしまった日本です。事故から100年近くが経過してもなお、汚染された「制限区域」は人が住める状態ではなく、人間そっくりの高性能ロボットたちが、区域内の整備や監視、そして時折現れる奇妙な存在「マルピー」の管理を行っていました。

「マルピー」とは、原発事故で亡くなった人々がゾンビのような姿で蘇った存在です。生前の記憶や知性を失い、徘徊する彼らは「マル秘」「マル非」からそう呼ばれ、存在自体が秘匿されていました。ロボットたちは、人間への奉仕という原則に基づき、日々淡々と任務をこなしていました。

そんなある日、制限区域のひとつである北関東エリアに、防護服も着けずに一台の車が乗り込んできます。現れたのは、国税庁の職員だと名乗る財護徳子という若い女性。何の事前連絡もなく現れた彼女に、ロボットたちのリーダーである「ボス」をはじめ、現場のロボットたちは困惑します。

徳子の目的は、驚くべきものでした。財政難に苦しむ国のため、「マルピー」から税金を徴収できないか、あるいは何らかの労働力として活用できないか、その可能性を調査しに来たというのです。ゾンビから税金を取るという前代未聞の発想に、ロボットたちは呆れつつも、人間である徳子の指示に従い、彼女の調査に協力することになります。

徳子は、放射能汚染も徘徊するマルピーも恐れることなく、積極的に区域内を調査し始めます。ロボットたちは、人間である徳子を守るという規則に従い、彼女の無鉄砲な行動に振り回されながらも、次第に奇妙な連帯感を抱き始めます。

調査を進めるうちに、徳子とロボットたちは、区域内で秘密裏に建設が進められている巨大な建造物の存在に気づきます。そして、それが政府による、制限区域を利用した恐ろしく、そして故郷を追われた人々を踏みにじるような計画の一部であることを知るのです。人間とロボット、そして知性を持つマルピー「博士」は、この計画を阻止するために協力することになります。

小説「錆びた太陽」の長文感想(ネタバレあり)

さて、ここからは「錆びた太陽」を読んで私が感じたことを、物語の核心に触れながら、少し長くなりますがお話しさせてください。いやあ、本当に色々なことを考えさせられる作品でした。

まず、この物語の設定が強烈ですよね。原発事故で汚染された土地、そこで働く人間そっくりのロボット、そして蘇った死者である「マルピー」。これだけ聞くと、かなり暗くて重いSFホラーを想像するかもしれません。実際、扱っているテーマは現代社会が抱える問題と地続きで、非常に重いものです。放射能汚染、政府への不信感、経済的な困窮、そして人間の愚かさ……。

でも、恩田陸さんはこれを、どこか軽妙で、ブラックな笑いを誘うような筆致で描いているんですね。特に、主人公(?)の財護徳子のキャラクターが際立っています。国税庁職員としての使命感なのか、ただの無鉄砲なのか、「マルピーにアンケートを取りたい」と言って危険な場所に突っ込んでいく。その姿は、滑稽でありながらも、どこか憎めない魅力があります。

彼女と、生真面目で融通が利かないようでいて、実は人間以上に人間らしい感情の機微を見せるロボット「ボス」とのやり取りが、この物語の大きな魅力の一つだと思います。規則と論理で動くはずのロボットが、予測不能な人間の行動に振り回され、戸惑い、時には呆れ、それでも見捨てずに付き合う。その姿は、まるで私たち人間同士の関係性を見ているようでもありました。

ロボットたちの名前が、往年の刑事ドラマ「太陽にほえろ」の登場人物たちのニックネーム(ボス、デンカ、ジーパン、ゴリさんなど)から取られているのも、面白い仕掛けですよね。時代設定は未来のはずなのに、どこか懐かしい昭和の香りが漂ってくる。このあたりの時代感覚のミックスも、恩田さんらしい遊び心なのかなと感じました。そして「太陽」という言葉が、原子力の暗喩として機能している点も見逃せません。「錆びた太陽」というタイトル自体が、輝きを失い、危険な存在となった原子力エネルギー、そしてそれによって変質してしまった社会を象徴しているように思えます。

物語の中盤で明らかになる政府の計画には、本当に愕然としました。汚染された土地を「最終処分場」としてさらに利用しようとする。故郷を失い、それでもいつか帰る日を願う人々の思いを踏みにじるような、あまりにも身勝手で、場当たり的な発想。マルピーの「博士」が言うように、『いかにもジリ貧の、その場凌ぎの政府が考えそうなことだ』という言葉が、痛烈に響きます。

この作品では、徳子以外の人間はほとんど直接的には登場しません。しかし、その不在によって、逆に人間の愚かさ、業の深さが浮き彫りにされているように感じました。自分たちの犯した過ちの後始末をロボットに押し付け、さらに新たな問題を生み出そうとする。ロボットたちに組み込まれた「人間は、物理的にも精神的にも不安定な生物である」「人間は、利己的であり、しばしば過ちを犯す」「人間の取る行動は、必ずしも合理的でない」という前提が、これでもかと証明されていくようです。

それでも、この物語はただ人間を断罪するだけでは終わりません。徳子とボス、そして知性あるマルピー「博士」が、種の違いを超えて協力し、政府の計画に立ち向かおうとする姿には、確かな希望が描かれています。特に、ロボットであるボスが、論理や効率だけではない、何か別の価値観——それは「義憤」や「共感」に近いものかもしれません——に基づいて行動しようとする場面は、胸が熱くなりました。

そして、物語の最後に示される「合歓(ねむ)の花」。汚染された大地でも力強く咲くこの花は、再生や希望の象徴として描かれているように感じます。どんなに絶望的な状況でも、生命は逞しく、未来へと繋がっていく。そんなメッセージが込められているのではないでしょうか。

正直に言うと、読み始めた当初は、あまりに突飛な設定や、少しわざとらしいくらいのギャグ要素に、少し戸惑いもありました。「マルピーって、要はゾンビでしょ?」「ロボットがそんなに人間みたいでいいの?」なんて、ツッコミを入れたくなる部分も多かったです。特に、マルピーに課税するという発想は、ブラックジョークとしても出来すぎているように感じました。

しかし、物語が進むにつれて、それらの要素が単なる悪ふざけではなく、重いテーマを読者に届けるための巧妙な仕掛けであることに気づかされました。もしこれが、徹底的にリアルでシリアスな描写だけで描かれていたら、あまりの重さに読むのが辛くなってしまったかもしれません。軽妙な語り口とコミカルなキャラクター造形があるからこそ、私たちはこの厳しい現実(あるいは、あり得たかもしれない未来)と向き合うことができるのではないでしょうか。

特に印象的だったのは、ロボットたちが人間について語る場面です。「不安定」「利己的」「非合理的」と定義しながらも、彼らは決して人間を見捨てません。むしろ、その不完全さも含めて理解し、仕えるべき対象として受け入れているように見えます。それは、作者である恩田さんの、人間という存在に対する、苦笑いを浮かべながらも根底にある深い愛情のようなものを感じさせました。

最後の「大魔神」のくだりは、賛否が分かれるかもしれませんが、私はこれもまた恩田さんらしい「おふざけ」というか、読後感を少し軽くするためのユーモアなのかなと受け取りました。シリアスなテーマを描き切った後で、ふっと肩の力を抜かせてくれるような。ボスと徳子の間に芽生えた、恋愛とも友情ともつかない、種族を超えた絆のようなものが、微笑ましく感じられました。

この「錆びた太陽」は、エンターテイメントとして非常に面白い作品であると同時に、私たちが生きる現代社会、そして未来について、深く考えさせてくれる物語です。原発事故という実際に起きた出来事をベースにしながら、SF的な想像力でその先の可能性を描き出す。それは時に恐ろしく、時に滑稽で、そして最後には確かな希望を感じさせてくれます。読み終えた今、改めて「私たちはどんな世界に生きているのか」そして「これからどんな世界を作っていくべきなのか」という問いが、心の中に響いています。

まとめ

恩田陸さんの「錆びた太陽」、いかがでしたでしょうか。原発事故後の汚染された日本を舞台に、人間とロボット、そして「マルピー」と呼ばれる存在が織りなす、ちょっぴり不思議で、考えさせられる物語でしたね。

国税庁職員・財護徳子の破天荒なキャラクターと、人間以上に人間臭いロボットたちのやり取りは、重いテーマを扱いながらも、私たちを飽きさせません。特に、リーダーロボット「ボス」と徳子の間に生まれる奇妙な絆は、この物語の大きな魅力だと思います。

物語の核心に触れる政府の陰謀や、人間の愚かさを鋭く描き出す一方で、絶望的な状況の中にも「合歓の花」に象徴されるような希望の光を示してくれる。そのバランス感覚が、恩田陸さんならではだと感じました。

読み始めは少し変わった設定に戸惑うかもしれませんが、読み進めるうちに、きっとこの独特の世界観に引き込まれるはずです。エンターテイメントとしても、社会的なテーマを考えるきっかけとしても、多くの方におすすめしたい一冊です。ぜひ手に取って、徳子とロボットたちの奮闘を見届けてみてください。