小説「ドミノin上海」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。

恩田陸さんの作品の中でも、特にエネルギッシュで、ページをめくる手が止まらなくなる物語ではないでしょうか。舞台は活気あふれる現代の上海。様々な事情を抱えた人々、そして動物までもが、一つの「物」に引き寄せられるようにして集い、思いもよらない騒動を巻き起こしていきます。

前作「ドミノ」から約20年の時を経て発表されたこの続編は、単独で読んでももちろん面白いのですが、前作を知っていると、登場人物たちの背景や関係性がより深く理解でき、楽しみが増す仕掛けになっています。個性的なキャラクターたちが、まるでドミノ倒しのように連鎖反応を起こしながら、物語は怒涛のクライマックスへと突き進みます。

この記事では、そんな「ドミノin上海」の物語の詳しい流れ、結末の核心に触れる部分、そして私が感じたこの作品の魅力を、たっぷりと語っていきたいと思います。これから読もうと思っている方、すでに読まれて余韻に浸っている方、どちらにも楽しんでいただける内容を目指して書いていきますね。

小説「ドミノin上海」のあらすじ

物語は、日中米合作映画「霊幻城の死闘・キョンシーVSゾンビ」の撮影が行われている上海のホテル「青龍飯店」から始まります。監督のフィリップ・クレイヴンは、ペットのイグアナ「ダリオ」を溺愛していましたが、そのダリオがホテルの厨房に迷い込み、料理長の王湯元によって調理されてしまうという衝撃的な出来事が起こります。実はダリオの胃の中には、美術品窃盗団GK(ゴースト・キッドナッパー)が狙う秘宝「蝙蝠」と呼ばれる玉が隠されていました。

失意のフィリップは部屋に閉じこもり、映画の撮影はストップ。一方、GKは「蝙蝠」の行方を追って青龍飯店に迫ります。GKは中国の骨董品を盗み出し、国外に持ち出す前に持ち主に高値で買い取らせるという手口を使っていました。しかし今回の「蝙蝠」取引は、香港警察のマギー・リー・ロバートソンが潜入捜査を進める中で、奇妙な膠着状態に陥っていました。

その頃、上海には様々な人々が集まってきます。夫の転勤で上海に住む市橋えり子は、日本から訪ねてきた元同僚の田上優子、北条和美と再会し、市内観光を楽しんだ後、宿泊先の青龍飯店へ向かいます。上海動物公園では、脱走癖のあるパンダの厳厳(がんがん)が飼育員の魏英徳(ぎえいとく)の心配をよそに、またもや逃げ出して青龍飯店を目指します。

骨董品屋の董衛員(とうえいいん)は、GKの保管係でありながら、裏で何かを画策している様子。孫の董衛春(とうえいしゅん)に「蝙蝠」のレプリカを扱わせ、自身も青龍飯店へと向かいます。撮影が進まず困った映画スタッフたちは、風水師の蘆蒼星(ろそうせい)にダリオの供養と撮影現場のお祓いを依頼。蘆はダリオの霊が何かを訴えていることを感じ取り、王のもとへ向かいます。

偶然はさらに重なります。えり子はパンダを見た帰りに立ち寄ったカフェで、マギーからGKの情報が入ったUSBメモリを連絡係と間違えられて渡されてしまいます。USBを返そうとしたえり子ですが、近くにいた少年に託したところ、その少年は情報を抜き取り、レプリカの「蝙蝠」と共にマギーに渡します。その様子を見ていた董衛員は、追手の存在を知り、自ら王のもとへ急ぎます。

王の部屋では、蘆率いる映画スタッフがダリオの胃の中にあったものを問い詰めていました。王は動揺し部屋を飛び出します。ダリオの霊に導かれるように、一行はホテルの最上階へ。チンピラに襲われていた彫刻家の毛沢山(もうたくさん)を助けた優子も、拾ったレプリカの「蝙蝠」を毛に届けるため最上階へ。その途中で王とぶつかり、本物の「蝙蝠」とレプリカが入れ替わってしまいます。気づいた王と、王を追う董衛員も最上階へ。そこには、愛犬を探す魏英徳、そしてアートフェアの会場で毛沢山の彫刻の中に隠れようとする厳厳と、美術品泥棒の姿があったのです。

小説「ドミノin上海」の長文感想(ネタバレあり)

いやはや、読み終えた後のこの爽快感、そして少しの寂しさ。恩田陸さんの「ドミノin上海」、前作「ドミノ」の発表から長い年月を経ての続編ということで、期待に胸を膨らませて手に取りましたが、その期待を遥かに超える面白さでしたね。まるでジェットコースターに乗っているかのような、目まぐるしく展開する物語に、すっかり心を奪われてしまいました。

この物語の最大の魅力は、やはりそのタイトルが示す通りの「ドミノ倒し」のような構成にあると思います。上海という広大な都市を舞台に、一見すると全く無関係な人々、それも国籍も職業もバラバラな面々が、それぞれの目的や偶然によって引き寄せられ、最終的に一つの場所、青龍飯店で一点に収束していく。その過程が本当に見事なんです。

最初はバラバラに提示されるエピソードが、読み進めるうちに少しずつ繋がり始め、「あ、この人とこの人がここで関係するのか!」という驚きが連続します。一つ一つのピースがはまっていく感覚が心地よくて、ページをめくる手が止まらなくなるんですよね。登場人物が多いにも関わらず、混乱することなく、むしろそれぞれのキャラクターが際立っているのが、恩田さんの筆力の凄さだと感じます。

登場人物たちがまた、揃いも揃って個性的で魅力的。ペットのイグアナを調理されて失意の底にいる映画監督フィリップ。新たな食材と料理への探求心が暴走気味の料理長、王。ひょんなことから国際的な事件に巻き込まれる主婦えり子と、そのパワフルな友人優子。どこか胡散臭いけれど頼りになる風水師の蘆。脱走を繰り返すお騒がせパンダの厳厳。そして彼らを取り巻く人々、窃盗団GK、香港警察のマギー、骨董品屋の董親子、彫刻家の毛沢山、パンダ飼育員の魏英徳…。

彼ら一人ひとりに背景となる物語があり、それが本筋のドタバタ劇と絡み合いながら、物語に深みと彩りを与えています。例えば、フィリップがダリオをいかに溺愛していたか、その異常とも言える愛情表現が、後の騒動の発端となるわけですが、その描写がまた絶妙で、思わず笑ってしまいます。王の料理に対する情熱も、ダリオを調理してしまうという、とんでもない行動に繋がってしまう。善意や探求心が、予期せぬ結果を招くという皮肉が効いています。

えり子と友人たちの上海珍道中も、物語の良い息抜きになっています。ごく普通の主婦であるえり子が、国際的な陰謀に巻き込まれていく様子は、読者にとっても身近に感じられる視点かもしれません。特に、柔道黒帯の優子がチンピラを投げ飛ばしたり、物語の終盤で活躍したりする場面は痛快でした。

そして、物語の鍵を握る「蝙蝠」。この小さな玉が、多くの人々を翻弄し、上海中を駆け巡る。最初はダリオの胃の中にあったものが、王の手に渡り、優子との接触でレプリカと入れ替わり、最終的にはパンダの厳厳の胃袋へ。そして、クライマックスの混乱の中、マギーの手に渡る。この「蝙蝠」の移動経路自体が、物語のドタバタぶりを象徴しているようです。結局、その「蝙蝠」がその後どうなったのか、明確には語られないあたりも、恩田さんらしい余韻の残し方だなと感じます。

物語の舞台となる上海の描写も、非常に生き生きとしています。高層ビルが立ち並ぶ近代的な風景と、昔ながらの路地が混在する猥雑さ、エネルギッシュな人々の喧騒。そうした上海の持つ独特の雰囲気が、この奇想天外な物語にリアリティを与えています。まるで自分もその場にいるかのような臨場感がありました。

前作「ドミノ」を読んでいると、より楽しめるポイントがいくつかありますね。例えば、寿司喰寧の市橋健児や、ちらりと登場する森川安雄、蔡強運など、前作からのキャラクターが登場すると、思わずニヤリとしてしまいます。もちろん、「ドミノin上海」から読み始めても全く問題なく楽しめますが、読後に前作を読んで、「ああ、こういう繋がりがあったのか!」と発見するのも、また一興かもしれません。二度美味しい、という感じでしょうか。

物語の終盤、青龍飯店の最上階に主要人物たちが集結し、事態が一気にクライマックスへと向かう場面は、圧巻の一言です。彫刻の中に隠れる厳厳、それを運び出そうとする泥棒、気絶した犬に乗り移るダリオの霊、本物と偽物の「蝙蝠」の行方、そして蘆たちによる除霊の儀式…。それぞれの思惑と偶然が複雑に絡み合い、怒涛の展開が繰り広げられます。

特に、ダリオの霊がミニチュアダックスフントの燦燦に乗り移り、フィリップと再会を果たす場面は、奇妙でありながらも、どこか感動的ですらありました。そして、そのダリオ(燦燦)がフィリップにカメラを回させ、この大騒動を記録させようとするあたり、最後までエンターテイナー(?)としての本能を失わないダリオに、また笑ってしまいました。

蘆、久美子、正の三人が行う除霊のシーンも、緊迫感がありながら、どこかコミカルな雰囲気が漂います。厳厳に取り憑いた(?)紫と黄色の影を追い払うために、一行が大移動を開始する場面は、シュールでありながらも、目が離せません。最終的に、フィリップの映画セットである巨大な門の前で儀式が行われ、影が祓われ、同時に優子が泥棒を捕まえ、マギーが「蝙蝠」をキャッチする。まさに、全てのドミノが一斉に倒れるような、見事な幕切れでした。

事件解決後のエピローグも、それぞれのキャラクターのその後が語られ、読後感を心地よいものにしてくれます。フィリップの映画は蘆が出演したことで話題になり、厳厳は故郷の自然に帰され、それを追いかける英徳…。えり子たちも無事に日常へと戻っていきます。ただ、暗躍していた董衛員や、騒動の中心にいた王のその後が描かれないのは、少し気になるところですが、それもまた、想像の余地を残す終わり方と言えるでしょう。

この「ドミノin上海」は、難しいことを考えずに、物語の勢いに身を任せて楽しむのが一番だと思います。緻密に計算されたプロットと、魅力的なキャラクター、そして息もつかせぬ展開。読んでいる間、ずっとワクワクしっぱなしでした。気分が落ち込んでいるときや、何かスカッとする物語を読みたいときに、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。きっと、読み終わる頃には、元気をもらえているはずですよ。

まとめ

恩田陸さんの「ドミノin上海」は、現代の上海を舞台に、個性豊かな登場人物たちと、ひょんなことから騒動に巻き込まれた動物たちが繰り広げる、壮大なドタバタエンターテインメントでした。

物語の核心となるのは、秘宝「蝙蝠」の行方と、それに引き寄せられるようにして青龍飯店に集結する人々の群像劇です。映画監督、料理長、主婦、風水師、パンダ、窃盗団、警察…それぞれの事情と偶然が複雑に絡み合い、まるでドミノ倒しのように連鎖反応を起こしながら、物語は予測不能なクライマックスへと突き進みます。ネタバレになりますが、最終的に「蝙蝠」はパンダの胃袋を経て香港警察の手に渡り、憑き物も祓われ、騒動は一応の収束を見せます。

読みどころは、なんといってもそのスピード感と、次から次へと起こる予想外の出来事の連続です。登場人物が多いにも関わらず、それぞれのキャラクターがしっかりと描かれており、混乱することなく物語に没入できます。随所に散りばめられた小ネタや、前作「ドミノ」との繋がりを発見するのも楽しみの一つです。

読み終わった後は、まるでジェットコースターに乗り終えたかのような爽快感と、少しの心地よい疲労感がありました。複雑なことを考えずに、ただただ物語の奔流に身を任せて楽しめる、極上のエンターテインメント作品と言えるでしょう。前作を読んでいなくても十分に楽しめますが、合わせて読むことで、より深くこの世界の魅力を味わえるはずです。