小説「ステップファザー・ステップ」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。宮部みゆきさんが紡ぎ出す、ちょっと変わった家族の物語は、読む人の心を温かく、そして時にはチクリと刺激してくれる魅力に満ちています。泥棒と双子、普通なら交わるはずのない三人が織りなす日常と、その中で起こる様々な事件。一体どんな展開が待っているのでしょうか。

この物語の主人公は、なんとプロの泥棒。ひょんなことから、両親に置き去りにされた中学生の双子、直と晢の「父親代わり」を務めることになってしまいます。最初は脅迫されて仕方なく始めた奇妙な同居生活でしたが、次第に三人の間には不思議な絆が芽生えていくのです。彼らの周りで起こる事件を通して、泥棒の「俺」も、そして双子たちも少しずつ変化していきます。

この記事では、そんな「ステップファザー・ステップ」の物語の骨子、つまりどんなお話なのかを詳しくお伝えします。さらに、物語の結末にも触れながら、私がこの作品を読んで何を感じ、どう思ったのか、ネタバレを気にせずにたっぷりと語っていきたいと思います。読み終えた後、きっとあなたもこの風変わりな「家族」のファンになっているはずです。

小説「ステップファザー・ステップ」のあらすじ

物語は、プロの泥棒である「俺」が、とある豪邸に忍び込もうとした夜に始まります。雷雨の中、屋根から足を滑らせて落下してしまった「俺」。意識を取り戻すと、そこは狙っていた家の隣に住む双子の少年、宗野直(ただし)と宗野哲(さとし)の家でした。彼らは、両親がそれぞれ別の相手と駆け落ちしてしまい、二人だけで暮らしていたのです。

双子は、「俺」を介抱した見返りに、自分たちの「父親」になってほしいと頼みます。しかも、断れば泥棒であることを警察に知らせると、「俺」の指紋まで採取済み。弱みを握られた「俺」は、しぶしぶ双子の父親代わり、つまりステップファザー(継父)として、奇妙な共同生活を始めることになります。生活費を稼ぐため、そして双子との約束を果たすため、「俺」は再び隣家への侵入を試みますが、そこには予期せぬ事態が待っていました。

一つ屋根の下で暮らし始めた泥棒と双子の周りでは、その後も様々な事件が起こります。双子が旅行先で置き引きに遭ったり(『トラブル・トラベラー』)、学校の授業参観に「父親」として出席することになったり(『ワンナイト・スタンド』)、近所の湖から発見された白骨死体が双子の両親ではないかと疑心暗鬼になったり(『ヘルター・スケルター』)。「俺」は持ち前の機転と、裏社会で培った情報網(情報屋の柳瀬の親父など)を駆使して、これらの事件の解決に奔走します。

最初は義務感と打算で始まった関係でしたが、数々の出来事を共に乗り越えるうちに、「俺」と双子の間には本物の親子のような情が芽生え始めます。特に、双子の担任である灘尾先生に惹かれ始めた「俺」は、いつまでも偽りの父親でいるわけにはいかないと考え始めます。そんな矢先、双子の本物の父親が現れ、さらに双子が誘拐されるという最大の危機が訪れます(『ミルキー・ウエイ』)。「俺」は、柳瀬の親父や、かつて敵対したこともある贋作師「画聖」の助けも借りて、双子を救い出すために立ち上がるのでした。

小説「ステップファザー・ステップ」の長文感想(ネタバレあり)

さて、ここからは「ステップファザー・ステップ」を読了した私の、熱のこもった思いの丈を、結末の内容にも触れつつ語らせていただきたいと思います。この物語、本当に面白かったですね。単なるミステリという枠には収まらない、人と人との繋がりや温かさを感じさせてくれる、実に味わい深い作品でした。

まず、この物語の核となるのは、何と言っても主人公である泥棒の「俺」と、双子の直と晢の関係性でしょう。プロの泥棒という、お世辞にも真っ当とは言えない稼業の男が、ひょんなことから子供の面倒を見る羽目になる。この設定自体がまずユニークです。最初は、指紋を取られ、弱みを握られて仕方なく、という打算的な始まりでした。双子の生活費のために、また泥棒稼業に戻ろうとするあたり、「俺」の根っからの「職業意識」がうかがえます。しかし、双子と過ごす時間が増えるにつれて、彼の心境は確実に変化していきます。

「ステップファザー・ステップ」の章で、隣家の井口雅子(実は偽物)の家に再び忍び込む場面。双子に協力させてまで泥棒をしようとするあたりは、まだプロの泥棒としての意識が強い。でも、事件解決後、警察官の前で思わず父親役を演じてしまうところには、もう後戻りできない関係性の始まりが予感されます。双子から「お父さん」と呼ばれることに、最初は戸惑い、反発さえ覚えていた「俺」が、徐々にその呼び名を受け入れ、むしろその役割を積極的に果たそうとし始める。この変化が、読んでいてとても微笑ましく、応援したくなる気持ちにさせられました。

特に印象的だったのは、『ヘルター・スケルター』の章での「俺」の葛藤です。湖から発見された白骨死体が、双子の両親かもしれないと考えた「俺」は、「まさか、あの双子が両親を…?」という恐ろしい疑念にとらわれます。普段は冷静で、どこか飄々としている「俺」が、珍しく動揺し、双子の笑顔の裏に何か隠された意図があるのではないかと疑心暗鬼になる。この部分は、彼がいかに双子に対して情が移り、真剣に向き合おうとしているかの裏返しでもあると感じました。もし本当にどうでもいい相手なら、そこまで深く悩んだりはしないでしょう。結局、それは杞憂に終わり、彼は自分の心の狭さを恥じるわけですが、この一件を通して、彼らの絆はさらに深まったように思います。

そして、『ワンナイト・スタンド』で登場する双子の担任、灘尾礼子先生。「俺」が彼女に惹かれていく様子も、物語の重要なアクセントになっています。美人教師というだけでなく、過去の辛い経験を乗り越え、生徒を守ろうとする強い意志を持った女性。「俺」が彼女に本気で惹かれ、「双子の本当の親ではないことを明かさなければ」と決意する場面は、彼が過去の自分(=泥棒)と決別し、新しい人生を歩み出そうとしていることの表れでしょう。ただの「父親代わり」ではなく、一人の男性として、誠実に彼女と向き合いたい。そのために、双子との関係も、もっとしっかりしたものにしたい。そんな思いが伝わってきて、胸が熱くなりました。

双子の直と晢も、本当に魅力的なキャラクターですよね。二人とも中学生とは思えないほど頭が切れ、大人顔負けの洞察力を見せるかと思えば、時に子供らしい無邪気さや危うさも覗かせる。エクボの位置や得意な家事(直は料理上手、晢は片付け上手だったでしょうか)といった細かな違いはあるものの、作中ではむしろ二人の「同質性」が強調されています。「分割話法」と呼ばれる、二人で交互に言葉を紡いで一つの文章にする話し方や、手紙を一行ずつ交代で書くエピソードなどは、彼らが一心同体であることを見事に表現していて、読んでいてクスリとさせられました。

『ワンナイト・スタンド』で、灘尾先生のアリバイ作りのために、わざと授業中に自分たちが入れ替わってみせる作戦などは、彼らの賢さと、人を思いやる優しさがよく表れています。また、『ミルキー・ウエイ』で誘拐された際、混乱すると互いの区別がつかなくなるという設定も、彼らの脆さを示すと同時に、物語のサスペンスを高める効果的な仕掛けでした。彼らが「俺」を単なる保護者としてではなく、本当の父親のように慕い、頼りにしている様子が伝わってくるからこそ、「俺」も彼らのために必死になれるのでしょう。

この作品は連作短編集という形式をとっていますが、それぞれの短編が独立したミステリとして楽しめるだけでなく、全体を通して「俺」と双子の関係性の変化という大きな流れが描かれています。まるで、最初はぎこちなかったパズルのピースが、時間をかけてぴたりとはまっていくような、そんな心地よさがありました。

各短編のミステリ要素も、宮部みゆきさんならではの巧みさです。『ステップファザー・ステップ』の隣人の入れ替わり、『トラブル・トラベラー』の贋作事件と偽札の謎、『ワンナイト・スタンド』の脅迫状とアリバイトリック、『ヘルター・スケルター』の轢き逃げ事故隠蔽、『ロンリー・ハート』の置き石による不運な事故死、『ハンド・クーラー』の郵便番号を使ったメッセージ。どれも日常に潜む悪意や偶然が引き起こす事件でありながら、決して後味が悪いものにはなっていません。それはやはり、「俺」と双子、そして彼らを取り巻く柳瀬の親父や画聖といった個性的な脇役たちの存在が大きいのでしょう。

特に、情報屋の柳瀬の親父はいい味を出していますよね。元弁護士という経歴を持ちながら、今は裏社会の情報屋。飄々としていながらも、「俺」や双子のことを何かと気にかけてくれる、頼れる存在です。「俺」が彼を「親父」と呼ぶのも、どこか本物の親子のような信頼関係を感じさせます。『ミルキー・ウエイ』での誘拐事件解決における活躍ぶりは、まさにいぶし銀でした。

また、『トラブル・トラベラー』と『ミルキー・ウエイ』に登場する贋作師「画聖」も忘れられないキャラクターです。最初は置き引き犯として登場し、「俺」とは敵対関係にありましたが、その特異な才能とどこか憎めない人柄で、最後は双子救出に一役買うことになります。彼のような、一筋縄ではいかない人物たちが物語に深みを与えています。

物語のラスト、『ミルキー・ウエイ』で双子の本物の父親が登場した時は、正直「えっ、ここで!?」と驚きました。「俺」と双子の関係がようやく安定してきたと思った矢先の出来事だったので、このまま三人は離れ離れになってしまうのかと、少し寂しい気持ちにもなりました。しかし、その直後に起こる誘拐事件。「俺」が必死になって双子を助け出す姿を見て、もはや彼らの絆は、血の繋がりや法的な関係性を超えた、本物の「家族」のものなのだと確信しました。

結局、父親はまたどこかへ行ってしまったようですが、「俺」は「いつ帰って来るか分からない両親に遠慮するのもなんだか馬鹿らしい」と開き直り、これからも双子と一緒にいることを決意します。このラストは、希望に満ちていて、読後感がとても爽やかでした。彼らの奇妙な共同生活は、これからも続いていく。そう思うと、なんだか嬉しくなりますよね。

この「ステップファザー・ステップ」という作品は、ミステリとしての面白さはもちろんですが、それ以上に、疑似家族という形を通して、人と人との絆の温かさや、困難を乗り越えて成長していく人間の姿を描いている点が素晴らしいと感じました。泥棒である「俺」が、双子との出会いによって人間らしさを取り戻していく過程は、感動的ですらあります。宮部みゆきさんらしい、細やかな人物描写と、心に沁みるストーリーテリングが存分に発揮された傑作だと思います。発表から時間は経っていますが、今読んでも全く色褪せない魅力がありますね。

もし、まだこの作品を読んだことがない方がいらっしゃったら、ぜひ手に取ってみてほしいです。きっと、読み終わる頃には、「俺」と直と晢のことが大好きになっているはずですから。彼らの物語の続きも、いつか読んでみたいものです。

まとめ

宮部みゆきさんの小説「ステップファザー・ステップ」は、プロの泥棒である「俺」と、両親に置き去りにされた双子の少年、直と晢が織りなす、一風変わった家族の物語です。ひょんなことから始まった奇妙な同居生活の中で、三人の間には次第に本物の親子のような深い絆が芽生えていきます。

物語は連作短編集の形式をとっており、それぞれの章で彼らの周りに起こる様々な事件が描かれます。「俺」は持ち前の機転と裏社会の知識を活かして事件解決に奔走し、その過程で双子との関係性を深め、自身も人間的に成長していきます。ミステリとしての謎解きの面白さと、心温まる人間ドラマが絶妙なバランスで融合されています。

最初は打算的な関係だった「俺」と双子が、数々の出来事を経て、互いをかけがえのない存在として認識していく様子は、読んでいて胸が熱くなります。血の繋がりだけが家族ではない、ということを、この物語は優しく教えてくれます。読後には、爽やかで温かい気持ちになれる、おすすめの一冊です。