小説「鳥人計画」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。東野圭吾氏がスキージャンプという、ミステリの舞台としてはやや異色のフィールドを選んだ意欲作、それがこの「鳥人計画」です。雪と静寂に包まれたジャンプ台で繰り広げられるのは、栄光を目指す者たちのドラマ…だけではありません。そこには、人間の昏い情念と、科学技術の危うい進歩が交錯する、実に東野氏らしい複雑な物語が隠されているのです。

この物語は、単なる犯人当てに終始するものではありません。なぜ「鳥人」は死ななければならなかったのか。その死の裏に隠された「計画」とは何だったのか。そして、犯行を告げる「密告状」を送った人物の正体と、その意図は…。幾重にも張り巡らされた謎が、我々読者を巧みに翻弄します。札幌の白銀世界を舞台に、人間の野心、嫉妬、そして愛憎が、冷たくも激しく燃え上がる様をご覧いただきましょう。

本稿では、この「鳥人計画」の物語の核心、すなわち結末に至るまでの道筋を、包み隠さずお伝えします。さらに、この作品が投げかける問いや、その構造について、私なりの見解を長々と述べさせていただきました。読む者の心を凍てつかせ、また同時に熱くさせる、この特異なミステリの世界へ、しばしお付き合い願えれば幸いです。覚悟はよろしいでしょうか?

小説「鳥人計画」の物語の概要

北海道札幌市、宮の森シャンツェ。白銀に輝くこのジャンプ台で、将来を嘱望された一人のジャンパーが命を落としました。彼の名は楡井明(にれい あきら)。類稀なる才能で「鳥人」と呼ばれ、次代のエースと目されていた若者です。しかし、大会期間中のある日、彼は毒物によって殺害されているのが発見されます。あまりにも唐突な、そして不可解な死でした。

捜査の指揮を執るのは、札幌西警察署の佐久間公一刑事。彼はウィンター・スポーツに造詣が深く、特にスキージャンプについては並々ならぬ知識を持っています。佐久間は、楡井の周辺を丹念に洗いはじめます。チームのコーチである峰岸貞男(みねぎし さだお)、ライバルチームの監督である杉江泰介(すぎえ たいすけ)とその息子でジャンパーの翔(しょう)、そして楡井の恋人であり、杉江泰介の娘でもある杉江夕子(すぎえ ゆうこ)。彼らの複雑に絡み合った人間関係の中に、事件解決の糸口が隠されていると佐久間は睨みます。

捜査が進むうち、警察に一通の「密告状」が届きます。それは、楡井のコーチである峰岸が犯人だと告発するものでした。状況証拠も峰岸に不利なものが多く、彼は逮捕されます。しかし、峰岸は留置場で自らの潔白を証明すべく、独自の推理を開始します。なぜ計画は露見したのか? 自分を陥れた密告者は誰なのか? 一方、佐久間刑事もまた、峰岸逮捕だけでは終わらない、事件の奥底に潜むさらなる闇を感じ取っていました。楡井が生前、ライバルチームである日星自動車と密かに関わりを持っていたという事実が浮かび上がってきたのです。

やがて、楡井の死と、杉江泰介が秘密裏に進めていた「鳥人計画」――科学技術を駆使して理想のジャンパーを作り出そうとする禁断の研究――との関連が明らかになっていきます。事件の真相は、当初の予想を裏切る形で二転三転し、登場人物たちの秘められた動機と、驚くべき結末へと収斂していくのです。一体、誰が、何のために楡井を殺したのか。そして、「鳥人計画」の真の目的とは何だったのでしょうか。

小説「鳥人計画」の長文による所感(結末への言及あり)

さて、諸君。「鳥人計画」という作品について、少々語らせていただこうか。東野圭吾氏の手によるこのミステリは、一見するとスポーツ根性ものと科学サスペンス、そして人間ドラマが融合した意欲作のように映る。だが、その内実はどうだろうか。フッ… なかなか一筋縄ではいかない代物であると言わざるを得ない。

まず、舞台設定が興味深い。スキージャンプ。華やかさと危険が隣り合わせのこの競技は、確かにドラマを生む土壌としては申し分ない。孤独なアスリート、彼らを支える人々、ライバルとのしのぎ合い。そこに「鳥人」と呼ばれる天才ジャンパー・楡井明の毒殺という事件が投入される。滑り出しは上々だ。期待感は高まる。

物語は、札幌西署の佐久間刑事による捜査と、逮捕されたコーチ・峰岸の獄中推理という二つの視点で進行する。この構造自体は、読者の興味を持続させる上で効果的だろう。特に、犯人とされる人物が「自分を密告したのは誰か」を探るという構図は、倒叙ミステリの変形とも言え、東野氏らしい捻りの一つと言えるかもしれない。

しかし、読み進めるうちに、いくつかの疑問符が頭をもたげてくる。いや、疑問符というよりは、むしろ「これでいいのか?」というある種の物足りなさ、あるいは据わりの悪さのような感覚だ。

最大の焦点となる「鳥人計画」。このネーミングから、我々は何か途方もない、それこそSF的な、あるいは倫理的に極めて問題のある計画を想像するだろう。例えば、遺伝子操作やサイボーグ技術による超人ジャンパーの開発、といったような。だが、蓋を開けてみれば、それはジャンプフォームを矯正するための、いわばハイテク訓練マシンに過ぎなかった。もちろん、そのマシンには深刻な副作用――不快な音による精神的影響や、日常生活での誤作動リスク――が伴うという設定はある。開発者である杉江泰介の狂気じみた執念も描かれてはいる。だが、果たしてこれが「鳥人計画」という大仰な名前に見合うほどのものだっただろうか。少々肩透かしを食らった、というのが正直なところだ。科学の暴走というテーマを描くには、ややパンチが弱いのではないか。

そして、事件の核心。楡井を殺害した真犯人は、峰岸ではなく、楡井の恋人であり、杉江泰介の娘である杉江夕子だった。動機は、父の狂気的な計画を止めさせ、弟の翔を救うため。そして、自分たちの家族を裏切った(と彼女が感じた)楡井への愛憎。なるほど、動機としては理解できなくもない。父と弟への屈折した愛情と、恋人への裏切られたという思い。人間らしい、と言えば人間らしい感情の交錯だ。

だが、ここにも腑に落ちない点がある。夕子の犯行は、峰岸が仕掛けた毒入りカプセルを楡井が自ら(峰岸への贖罪の念からか)舐めた後、苦しむ楡井に水を飲ませるふりをして、とっさに別の毒を飲ませた、というものだった。つまり、直接手を下したのは夕子だが、そもそも峰岸の殺意と計画がなければ起こりえなかった事態だ。峰岸の殺人未遂と、夕子の(結果的な)殺人が複雑に絡み合っている。

この結末は、ある種の「共犯」関係を示唆しているようにも見えるが、どうにも後味が悪い。峰岸の罪はどうなるのか? 楡井はなぜ毒と知りつつ舐めたのか? その行動原理は、あまりにも感傷的すぎやしないか? そして、夕子の罪は? 彼女が自首したのかどうか、明確には描かれていない。杉江泰介がジャンプ界から去ることで、あたかも全てが清算されたかのような幕引きだが、それで本当に良いのだろうか。まるで、重い罪が白銀の雪の下にうやむやに葬り去られたような、そんな印象すら受ける。

佐久間刑事が真相に薄々気づいているらしき描写はあるものの、証拠不十分で立件できない、という現実的な壁が示唆される。ミステリとしては、あるいは現実の捜査としては、それはそれでリアルなのかもしれない。だが、物語としてのカタルシスは、残念ながら希薄だと言わざるを得ない。読者が期待するのは、巧妙なトリックの解明と、悪に対する正義の鉄槌、あるいは少なくとも、罪に対する相応の報いではなかったか。

登場人物たちの心理描写についても、やや平板な印象を受ける箇所が散見される。峰岸の、夢破れた指導者としての苦悩や楡井への執着、杉江泰介の歪んだ理想、夕子の葛藤。それぞれ描かれてはいるものの、読者の心を鷲掴みにするほどの深みには達していないように感じる。特に、楡井という「鳥人」自身の内面描写が少ないため、彼がなぜ峰岸を裏切るような行動に出たのか、なぜ死の間際に毒を舐めるという選択をしたのか、その真意が掴みきれない。彼は、物語を動かすための駒、まるで操り人形のように、登場人物たちは見えざる糸に引かれていたのではないかとさえ思えてしまう。

もちろん、作品全体を覆う、北国の冷たく張り詰めた空気感、スキージャンプという競技の描写の緻密さ、二転三転するプロットなどは、さすが東野圭吾氏と言うべきだろう。特に、ジャンプの技術的な解説や、競技を取り巻く環境の描写は詳細で、作品にリアリティを与えている。伏線の張り方や回収も、一定の水準には達している。

だが、それでもなお、読後感として残るのは、ある種の消化不良感だ。計画の矮小さ、動機の薄弱さ、結末の曖昧さ。これらが渾然一体となって、傑作と呼ぶには何かが足りない、という印象を拭えないのだ。もしかしたら、東野氏は、勧善懲悪や完全なる謎解きといった予定調和をあえて避け、人間の心の複雑さや、割り切れない現実の苦さを描こうとしたのかもしれない。そうだとしても、ミステリとしての切れ味や、物語としての求心力という点においては、他の代表作に一歩譲るのではないだろうか。

まとめ

さて、「鳥人計画」について長々と語ってきたが、要点を整理しようか。この物語は、スキージャンプ界のエース・楡井明の死を巡るミステリである。当初、コーチの峰岸が犯人として逮捕されるが、その裏には杉江泰介が進める科学的トレーニング計画、通称「鳥人計画」と、複雑な人間関係が隠されていた。

真犯人は楡井の恋人・杉江夕子。動機は父と弟を守るため、そして楡井への愛憎からであった。しかし、峰岸の殺意がなければ事件は起こらず、結末は罪の所在が曖昧なまま幕を閉じる。この点が、どうにも釈然としない読後感を残す要因となっている。「鳥人計画」自体も、その名の壮大さに見合うほどのインパクトには欠ける、というのが私の見解だ。

とはいえ、スキージャンプという特殊な世界を舞台にした設定、二転三転する展開、北国の冷徹な雰囲気など、東野作品ならではの魅力も確かにある。ただ、ミステリとしての完成度、物語としての深みという点では、諸手を挙げて称賛するには、少々ためらいを覚える作品である、と言っておこう。