小説「薔薇のなかの蛇」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。

恩田陸さんの人気シリーズ、「理瀬」シリーズの待望の最新作がついに登場しましたね。前作『黄昏の百合の骨』から、なんと17年ぶりだそうです。ファンとしては、本当に首を長くして待っていました。

今回の舞台はイギリス。留学中の理瀬が、友人に招かれた古い館「ブラックローズハウス」で起こる奇怪な事件に巻き込まれていきます。タイトルからしてもう、ゴシックでミステリアスな雰囲気が漂ってきますよね。期待せずにはいられません。

この記事では、物語の詳しい流れ、そして核心部分に触れる内容も含めて、私がこの作品を読んで感じたことをたっぷりと語っていきたいと思います。未読の方は、物語の結末に関する情報も含まれますので、その点だけご注意いただければと思います。それでは、一緒に「薔薇のなかの蛇」の世界に浸っていきましょう。

小説「薔薇のなかの蛇」の物語の筋

物語の幕開けは、イギリスのソールズベリー近郊。古代遺跡のストーンサークルの上で、異様な死体が発見されるところから始まります。首と両手首がなく、さらに胴体が真っ二つに切断されているという、猟奇的な事件。「祭壇殺人事件」と名付けられ、世間を騒がせます。被害者の身元も不明で、犯人の意図も読めず、不気味な雰囲気が漂います。

時を同じくして、近くにある「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇を模した館では、主であるオズワルド・レミントンの誕生日を祝うパーティが開かれようとしていました。この館は、国家にも影響力を持つ貴族、レミントン一家の住まいです。パーティでは一族に伝わる秘宝「聖杯」が披露されるという噂もあり、多くの招待客が集まっていました。

留学中の水野理瀬(リセ)も、レミントン家の次女であり友人のアリスに招かれ、このパーティに参加します。理瀬はその美貌と、どこか捉えどころのない不思議な雰囲気で、アリスの兄であるアーサーをはじめ、館の人々の注目を集めます。アーサーは理瀬の佇まいに惹かれつつも、彼女の内に秘められた何かを感じ取り、警戒心を抱きます。

パーティの喧騒の中、新たな悲劇が起こります。館の敷地内で、祭壇殺人事件をなぞるかのように、頭部と手足がなく、胴体が真っ二つに切断された死体が見つかったのです。閉ざされた館という空間で、招待客たちの間に疑心暗鬼と恐怖が広がります。

さらに、館の主オズワルドのもとには、「聖なる魚」と名乗る謎の人物から脅迫状が届いていることが判明します。その手紙は、オズワルドだけでなく、レミントン一族全体への危害を予告するものでした。一体「聖なる魚」とは何者なのか?

祭壇殺人事件との関連は? 連続する奇怪な事件と、館に渦巻く陰謀、そしてレミントン家に隠された秘密。理瀬はこの謎めいた状況の中で、どのように関わっていくのでしょうか。物語は、息をもつかせぬ展開で、読者を深い謎へと誘っていくのです。

小説「薔薇のなかの蛇」の長文感想(ネタバレあり)

待ちに待った理瀬シリーズの新作、『薔薇のなかの蛇』。17年という歳月を経て、再びあの独特の世界に触れられることに、まずは大きな喜びを感じました。『黄昏の百合の骨』を読んだ時の、あの静謐で、どこかひんやりとした、それでいて美しい恐怖と謎に満ちた感覚が蘇ってくるようでした。

今回の舞台がイギリスのソールズベリー、そして薔薇をかたどった「ブラックローズハウス」という館である点も、非常に魅力的でしたね。これまでのシリーズとは異なり、日本国外が舞台となることで、ゴシック・ミステリとしての雰囲気がより一層際立っているように感じました。古い貴族の館、曰くありげな一族、閉鎖された空間で起こる猟奇的な殺人……まさに王道ともいえる設定に、読む前からワクワクさせられました。

そして、何よりも大きな変化であり、本作の魅力の核心とも言えるのが、主人公・水野理瀬の描かれ方ではないでしょうか。これまでの作品では理瀬自身の視点や、彼女に近い人物の視点で物語が進むことが多かったと思いますが、今回は主にレミントン家の長男、アーサーの視点から理瀬が描かれます。そのため、読者はアーサーと共に、どこかヴェールに包まれた、ミステリアスな存在としての理瀬を目の当たりにすることになります。

かつての、どちらかといえば内向的で繊細な「百合」のような少女の面影は薄れ、今は妖しいほどの美しさと、底知れない知性、そして強い意志を内に秘めた「薔薇」のような女性へと変貌を遂げている。アーサーが彼女に惹かれながらも、同時に得体の知れない何かを感じて警戒するように、読者もまた、理瀬の放つ尋常ではないオーラに引き込まれ、彼女の一挙手一投足から目が離せなくなります。この「第三者から見た理瀬」という構図が、シリーズの新たなステージを感じさせ、非常に新鮮でした。彼女が内に秘めた目的のために、静かに、しかし着実に動いている様子がひしひしと伝わってきました。

物語を彩るミステリ要素も、もちろん健在です。冒頭の「祭壇殺人事件」は、その猟奇性もさることながら、なぜ首と手首がないのか、なぜ胴体が切断されているのか、という謎が読者の興味を強く引きます。そして、ブラックローズハウスの敷地内で発見される第二の死体。これは模倣犯なのか、それとも一連の事件なのか。さらに「聖なる魚」からの脅迫状と、レミントン家に伝わる「聖杯」の伝説。謎が謎を呼び、ページをめくる手が止まらなくなりました。

特に、館という閉鎖空間で次々と起こる事件は、登場人物たちの疑心暗鬼を煽り、緊張感を高めます。誰が味方で誰が敵なのか、誰が何を企んでいるのか。アーサーと共に、読者もまた推理を巡らせることになります。このあたりの雰囲気作りは、さすが恩田陸さんだと感じ入りました。加えて、北見隆さんによる挿絵が、本作のゴシックで幻想的な雰囲気をさらに高めるのに大きく貢献しています。文章だけでは想像しきれない館の様子や、登場人物たちの表情が、挿絵によって見事に補完され、物語への没入感を深めてくれました。これは電子書籍ではなく、紙の本で味わいたい魅力ですね。

さて、ここからは物語の核心、ネタバレを含む部分に深く踏み込んでいきたいと思います。まず、一連の事件の真相ですが、これはかなり意外なものでしたね。祭壇殺人事件と、館で見つかった第二の死体。これらは実は、アーサーたちが親しくしていた叔父貴分、ポップミュージシャンのキースによるものだったのです。しかも、その動機は怨恨や強盗などではなく、彼が実はMI6の諜報員であり、任務中に敵対する諜報員ともみ合いになり、偶発的にヘリコプターに巻き込んで殺害してしまった事故を隠蔽するためだった、というのですから驚きです。

最初の祭壇殺人事件の遺体は、その事故でバラバラになった諜報員の遺体。そして第二の事件は、キースが裏で手に入れた別の死体と、病死した犬を使って偽装したものだった、と。この真相には、正直、少し肩透かしを食らったというか、「え、そっち?」と思ってしまった部分もあります。特にキースが諜報員だったという設定は、物語の序盤ではほとんど匂わされていなかったため、やや唐突な印象も受けました。彼がアーサーやアリスと行動を共にし、理瀬に疑いの目を向けたりしていたのは、全て計算ずくだったということになります。

この謎解きに関しては、賛否が分かれるかもしれませんね。真相を聞けば、なるほど、キースのこれまでの言動や、現場の状況などに辻褄は合うように作られています。しかし、読者が手持ちの情報だけで、キースがMI6の諜報員で、事故隠蔽のために猟奇殺人を偽装している、という真相にたどり着くのは、かなり難しいのではないでしょうか。いわゆる「フェア」な謎解きを期待する読者にとっては、少しアンフェアに感じられるかもしれません。後出しジャンケンのような印象を受ける可能性もあるでしょう。

ただ、個人的には、この意外性も含めて「恩田陸作品らしさ」として楽しむことができました。理瀬シリーズは、厳密な本格ミステリというよりは、謎や事件を通して、登場人物たちの心理や関係性、そして何より理瀬という存在の特異性を描き出すことに重きが置かれているように感じます。だから、真相が多少ご都合主義的に感じられたとしても、それによって物語全体の魅力が損なわれるとは思いませんでした。むしろ、キースの隠された顔や、彼が抱えていたであろう孤独や葛藤に思いを馳せることで、物語に深みが増したようにすら感じます。

そして、もう一つの大きな謎、「聖なる魚」の正体。これは、やはりというか、水野理瀬、リセでしたね。彼女がレミントン家に脅迫状を送り付けていた目的は、かつて彼女の先祖がレミントン家に持ち込んだとされる聖杯(実際には聖杯そのものではなく、それを入れていた箱)を奪還することでした。理瀬の家系が持つ暗い過去や、特殊な能力、そして目的のためなら手段を選ばない非情さといった側面が、ここでも垣間見えます。彼女が館の構造や歴史、家紋などに異常に詳しかったのも、全てはこの目的のためだったわけです。アーサーが感じていた理瀬の底知れなさ、尋常ではない雰囲気の正体が、ここに繋がっていたのですね。

さらに、物語を引っ掻き回す存在として、アマンダという女性が登場します。最初はアーサーに色目を使う、ただの婚活女性かと思いきや、彼女もまた某国の諜報員だったというのですから、二度驚きです。彼女はアーサーに接近して盗聴器を仕掛けたり、最終的には混乱に乗じてレミントン家の本物の「聖杯」を持ち去ったりと、なかなかの活躍(?)を見せます。キースといいアマンダといい、このブラックローズハウスには、表の顔とは違う裏の顔を持つ人物が多すぎますね。貴族の館という華やかな舞台の裏で、諜報員たちが暗躍しているという構図は、スパイ小説のような面白さもありました。

物語の語り手であるアーサーは、いわば読者の目となる存在です。貴族の長男としての責任感と、ややナイーブな感性を持ち合わせ、理瀬の魅力に翻弄されながらも、事件の真相に迫ろうとします。彼の視点を通して、レミントン家の複雑な人間関係や、館の秘密、そして理瀬という女性の得体の知れなさが効果的に描かれていました。彼の妹であり理瀬の友人であるアリス、弟のデイヴ、父親のオズワルド、叔父のロバートなど、レミントン家の人々もそれぞれに個性的で、物語に彩りを添えています。特に、傲慢ながらもどこか怯えているオズワルドや、毒殺されかけるロバートなど、脇役たちのドラマも興味深かったです。

そして、忘れてはならないのが、この物語のもう一つの主役とも言える「ブラックローズハウス」そのものです。薔薇を模した五つの建物(一つは焼失)からなる複雑な構造、随所に隠されたブラックローズの紋章。そして、その館の真の姿が、実はレミントン家の裏稼業である武器商人のための巨大な武器庫だった、という設定。紋章が隠し部屋の目印になっていたというのも、実にゴシック・ミステリらしい仕掛けで、ワクワクしました。この館自体が持つ秘密と謎が、物語全体の雰囲気を決定づけていたと言っても過言ではないでしょう。

『薔薇のなかの蛇』は、17年ぶりというブランクを全く感じさせない、濃密で読み応えのある一作でした。恩田陸さん独特の、美しくもどこか不穏な空気感、先の読めない展開、そして何よりも、さらに魅力を増した理瀬の存在感。謎解き部分には少し癖があるかもしれませんが、それを補って余りある物語世界の魅力に満ちています。過去作を読み返したくなる気持ちにもさせられましたし、理瀬の過去や一族について、まだ語られていない部分も多く、今後のシリーズ展開への期待も高まります。インタビューによれば、続編も検討されているとのこと。具体的な時期は未定のようですが、気長に、そして楽しみに待ちたいと思います。

まとめ

恩田陸さんの理瀬シリーズ最新作『薔薇のなかの蛇』、17年ぶりの刊行ということで、ファンの期待に応える素晴らしい作品でしたね。イギリスの古い館を舞台にしたゴシック・ミステリの雰囲気、猟奇的な事件の謎、そして何よりも、少女から妖艶な女性へと変貌を遂げた理瀬の圧倒的な存在感が、読者を強く引きつけます。

物語の詳しい流れや、事件の真相、登場人物たちの隠された顔など、核心部分に触れるネタバレ情報も含めて、感じたことをたっぷりと書かせていただきました。謎解きの部分については、少し意外な展開や、フェアではないと感じる方もいるかもしれませんが、それも含めて本作の個性であり、魅力だと私は思います。

理瀬シリーズを追いかけてきた方はもちろん、重厚なゴシック・ミステリの雰囲気が好きな方、謎解きだけでなく、登場人物や世界観に深く浸りたいという方には、特におすすめしたい一冊です。アーサーの視点を通して描かれる、美しくも危険な「薔薇」のような理瀬の姿は、きっと忘れられない印象を残すことでしょう。

この記事が、『薔薇のなかの蛇』を読む上での参考になれば幸いです。未読の方はぜひ手に取って、この濃密な物語世界を体験してみてください。そして、読了済みの方は、この記事を読んで、ご自身の解釈や感じたことと照らし合わせてみるのも面白いかもしれませんね。