小説「レベル7」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。宮部みゆきさんの作品は数多く読んできましたが、この初期の傑作とされる「レベル7」は、なぜか手に取る機会がありませんでした。今回、ついに読む機会を得て、その分厚さにもかかわらず、夢中になってページをめくりました。

物語は、記憶を失った若い男女と、謎の言葉を残して姿を消した女子高生という、二つの軸で進みます。腕に刻まれた「Level 7」の文字、部屋に残された大金と拳銃。一方、女子高生が残した「レベル7まで行ったら戻れない」という言葉。これらの謎が、読者をぐいぐいと物語の世界へ引き込んでいきます。

この記事では、まず「レベル7」の物語の筋道を追い、その後、結末にも触れながら、私が感じたこと、考えたことを詳しくお話ししたいと思います。宮部みゆきさんがデビュー間もない時期にこれほどの作品を生み出したことに驚きつつ、その魅力をお伝えできれば嬉しいです。

小説「レベル7」のあらすじ

東京都内のマンションの一室で、若い男女が目を覚まします。しかし、二人はお互いのことも、自分の名前さえも思い出せません。唯一の手がかりは、それぞれの左腕に奇妙なタトゥーのように刻まれた「Level 7」というナンバー。部屋には不穏な雰囲気が漂い、拳銃一丁と、スーツケースに詰められた五千万円もの大金が見つかります。途方に暮れる二人を助けたのは、隣室に住むジャーナリストの三枝隆男でした。三枝の協力を得て、二人は自分たちが何者なのか、なぜこのような状況に陥ったのかを探り始めます。

一方、大手生命保険会社の相談窓口「ネバーランド」で働く真行寺悦子のもとに、心配な知らせが届きます。一ヶ月ほど前から頻繁に電話をかけてきていた女子高生、貝原みさおが三日前から家に帰っていないというのです。みさおは学校に馴染めず、悦子を頼りにしていました。みさおの母親から託された日記帳には、「レベル7まで行ってみると戻れない」「真行寺さんの恋人」という謎めいた記述が残されていました。悦子は、この二つの手がかりを頼りに、みさおの行方を捜し始めます。

記憶を失った青年は緒方祐司、女性は三好明恵と名乗り、二人は婚約者同士であることが徐々に判明します。彼らは、一年前に房総半島の潟戸町で起きた一家惨殺事件の被害者家族であり、生き残りでした。事件は、明恵の妹に一方的な好意を寄せていた宮前孝という青年の犯行とされ、彼は逃走中に崖から転落死したことで解決したとされていました。しかし、事件の早すぎる幕引きに疑問を感じていた祐司は独自に調査を進め、地元の有力者である村下猛蔵という人物に行き着いたところで、記憶が途絶えていることに気づきます。

悦子は、みさおの日記にあった「真行寺さんの恋人」が、実は自分の母親、織江のかつての不倫相手であった三枝隆男のことだと突き止めます。悦子の母と三枝は、18年前に起きた新日本ホテルでの大規模な火災に巻き込まれていました。三枝は織江を庇って逃げ遅れ、窓から飛び降りた結果、今も右足に後遺症を負っています。そして、その新日本ホテルのオーナーこそ、村下猛蔵だったのです。猛蔵は過去の裁判でも一度も罪に問われることはありませんでした。無関係に見えた二つの追跡行は、村下猛蔵という共通の人物を通じて、少しずつ繋がりを見せ始めていきます。

小説「レベル7」の長文感想(ネタバレあり)

宮部みゆきさんの「レベル7」、読了後の深い余韻に浸っています。700ページを超えるボリュームですが、読み始めると時間を忘れ、物語の渦に飲み込まれていくような感覚でした。記憶喪失の男女と失踪した女子高生、この二つの物語がどう交わるのか、ページをめくる手が止まりませんでしたね。

まず、物語の導入部、記憶を失った祐司と明恵がマンションの一室で目覚めるシーン。自分の名前も思い出せず、腕には「Level 7」の謎の刻印、そして目の前には大金と拳銃…。この掴みは本当に見事です。読者はいきなり深い謎の只中に放り込まれ、彼らと共に「自分は何者なのか」「ここはどこなのか」という根源的な問いに向き合うことになります。この設定だけで、もう先を読まずにはいられません。

そして、もう一方の軸である女子高生みさおの失踪。彼女が残した「レベル7まで行ったら戻れない」という言葉が、祐司たちの腕の刻印と不気味に響き合います。みさおを探すカウンセラーの悦子の視点も加わり、物語は多層的に展開していきます。悦子が働く「ネバーランド」という部署の設定も興味深いですね。電話越しに人々の悩みを聞くという仕事が、彼女の洞察力や共感力を高め、それがみさおの捜索に繋がっていく。このあたりの人物設定の細やかさは、さすが宮部みゆきさんだと感じ入りました。

物語が進むにつれて、二つの追跡行が「村下猛蔵」という一人の男へと収斂していく過程は、実に見事な構成力だと思います。祐司と明恵が巻き込まれた一家惨殺事件、そして悦子の母と三枝が遭遇した18年前のホテル火災。これらの過去の事件の背後に、村下猛蔵の影が見え隠れします。彼は精神科医でありながら、病院やホテルを経営する地域の有力者。しかしその裏では、潟戸友愛病院という自身の病院で、入院患者を実験台にし、薬物と電気ショックを用いて記憶を消去するという非道な研究を行っていたのです。「レベル7」とは、その記憶消去技術の最終段階、あるいはその被験者を示すコードネームだったわけですね。この事実が明らかになった時、タイトルに込められた意味の重さにぞっとしました。

祐司と明恵の両親が殺害されたのも、村下猛蔵が潟戸町の開発利権を巡って対立していた彼らを邪魔に思い、宮前孝という青年に罪を着せて実行した犯行でした。そして、真相に近づいた祐司と明恵の記憶を消し去った。まさに悪魔のような人物です。ただ、参考にした他の感想にもありましたが、この村下猛蔵という悪役の描き方については、もう少し深みが欲しかったかな、と感じる部分も正直ありました。彼の動機や内面が、その悪行の規模に比べてやや単純に描かれているようにも思え、絶対的な悪としての存在感が少しだけ薄い印象を受けたかもしれません。とはいえ、物語を牽引する悪役としての機能は十分に果たしています。

私が特に惹かれたのは、登場人物たちの人間描写の巧みさです。記憶を失いながらも、互いを支え合い、真実を求めて困難に立ち向かう祐司と明恵。二人の間にある揺るぎない信頼関係は、読んでいて心を打ちます。特に、祐司が包丁を見て「トーテム」と認識してしまうという記憶障害の描写は、彼の置かれた異常な状況を象徴的に示していて印象的でした。

ジャーナリストの三枝隆男も非常に魅力的なキャラクターです。過去のホテル火災で負った足の障害と、悦子の母との関係という過去を背負いながら、ジャーナリストとしての矜持を持って調査を進める姿。彼が祐司たちに協力する動機、そして悦子を見守る複雑な心情が丁寧に描かれています。彼がホテル火災の遺族会で知り合った相馬修二と共に、村下への復讐を計画する展開も、物語に更なる深みを与えています。修二が顔の火傷を利用して、事件の犯人とされた宮前孝になりすますという計画は、なかなかに大胆ですよね。

そして、真行寺悦子。彼女は本来、みさおの失踪にそこまで深く関わる義理はないはずです。それでも、みさおの孤独や不安を敏感に感じ取り、危険を顧みずに捜索に乗り出す。その行動原理は、彼女の持つ優しさや正義感から来るものですが、母親と三枝の過去という個人的な因縁も絡み合ってくる。このあたりの動機付けの自然さ、説得力は素晴らしいと思いました。真行寺一家、特に悦子のキャラクター造形は、この作品の大きな魅力の一つでしょう。

二つの物語が、まるで別々の川の流れがやがて一つの大きな河口へと注ぎ込むように、必然的に結びついていく様に興奮しました。祐司と明恵、三枝と修二、そして悦子。それぞれの目的と思いを抱えて、彼らが村下猛蔵の牙城である潟戸友愛病院へ乗り込むクライマックスは、手に汗握る展開です。病院内での混乱の中、悦子が監禁されていたみさおを救い出すシーンは、本当にホッとしました。

追い詰められた村下猛蔵が、かつて惨殺事件を起こした別荘へ逃げ込み、そこで修二が仕掛けたカメラの前で自身の罪を告白するという結末。そして、最後は非常用ハッチから転落死するという呆気ない幕切れではありますが、彼の悪行が白日の下に晒され、祐司や明恵、そしてみさおたちがささやかながらも未来への希望を取り戻す終わり方は、読後感をすっきりさせてくれました。特に、ラストシーンで祐司が故郷の仙台に戻り、明恵の指に婚約指輪をはめる場面は、二人が乗り越えてきた苦難を思うと、感慨深いものがあります。悦子がみさおから預かっていたネクタイピンを三枝に返すシーンも、過去との一つの区切りを感じさせる、印象的な場面でした。

この「レベル7」が、実際に起きた二つの事件(ホテルニュージャパン火災と、宇都宮病院事件を彷彿とさせます)をモチーフにしているという点も、作品にリアリティと深みを与えています。社会の暗部や人間の心の闇を描き出す、宮部みゆきさんの作家としての視点が、この初期作品にも既に色濃く表れているのを感じます。記憶という人間の根幹に関わるテーマを扱いながら、それを壮大なミステリー・サスペンスとして昇華させる手腕は、デビュー間もない時期の作品とは思えない完成度です。

もちろん、後の「火車」や「理由」、「模倣犯」といった作品と比較すると、構成の複雑さや登場人物の掘り下げにおいて、若干の粗削りさを感じる部分がないわけではありません。仕掛けがやや込み入っていると感じる箇所や、前述した悪役の描き方など、気になる点が全くないわけではありません。しかし、それはあくまで最高レベルの作品群と比べればの話。700ページを超える長さを感じさせないリーダビリティ、読者を引きつけて離さない物語の力は、間違いなく一級品です。

記憶とは何か、過去の傷とどう向き合うのか、そして困難な状況にあっても失われない人間の絆とは。様々なことを考えさせられる、読み応えのある一冊でした。未読の方には、ぜひ手に取っていただきたい作品です。

まとめ

宮部みゆきさんの小説「レベル7」は、記憶喪失、失踪、そして過去の事件が複雑に絡み合う、読み応え抜群のミステリー・サスペンスでした。腕に「Level 7」と刻まれた記憶喪失の男女と、「レベル7まで行ったら戻れない」という言葉を残して消えた女子高生。二つの謎が、読者を一気に物語の世界へと引き込みます。

物語が進むにつれて、登場人物たちが抱える過去や秘密、そして全ての元凶である村下猛蔵の恐るべき計画が明らかになっていきます。実際に起きた事件をモチーフに取り入れながら、人間の記憶や尊厳とは何かを問いかける社会派としての一面も持っています。個性豊かで魅力的な登場人物たちが、それぞれの思いを胸に真実へと迫っていく姿には、心を揺さぶられました。

長編でありながら、最後まで飽きさせずに読ませる構成力と筆力は、さすが宮部みゆきさんです。初期の作品でありながら、後の傑作にも通じる魅力が詰まっていると感じました。ハラハラドキドキの展開を楽しみたい方、深く考えさせられる物語を読みたい方におすすめの一冊です。