小説「マスカレード・ゲーム」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。まあ、巷に溢れる凡庸な書評とは一線を画す、少々辛口なものになるかもしれませんが、それもまた一興でしょう。東野圭吾氏が生み出したこのシリーズ、ホテル・コルテシア東京という華やかな舞台の裏で繰り広げられる人間模様は、相変わらず我々の覗き見趣味をくすぐってくれます。

さて、本作「マスカレード・ゲーム」。新田浩介も警部へと昇進し、新たなステージへと駒を進めたわけですが、事件は待ってくれません。今回もまた、曰く付きの過去を持つ者たちがホテルに集い、不穏なゲームの幕が開くのです。この記事では、その複雑に絡み合った事件の顛末と、登場人物たちの仮面の下に隠された素顔を、遠慮なく暴いていこうではありませんか。

もちろん、結末までしっかりと語らせていただきます。まだお読みでない方は、この先は自己責任で。読み終えた方は、私の視点と共に、あのホテルでの出来事をもう一度反芻してみるのも悪くないでしょう。フッ、それでは始めましょうか、「マスカレード・ゲーム」の舞台裏へようこそ。

小説「マスカレード・ゲーム」のあらすじ

物語は、短期間に三件の殺人事件が連続して発生するところから始まります。被害者はいずれもナイフで刺殺されており、さらに奇妙なことに、全員が過去に何らかの形で人を死に至らしめた前科を持つ人物でした。最初の犠牲者は、少年院を出たばかりの若者、入江悠斗。次に、長年の服役を終えた高坂義広。そして、リベンジポルノで有罪判決を受けた村山伸司。三つの事件は、一見無関係に見えながらも、被害者の共通項が不気味な関連性を示唆していたのです。

警視庁捜査一課で警部に昇進したばかりの新田浩介は、この不可解な連続殺人事件の捜査を指揮することになります。捜査を進めるうち、被害者たちと何らかの関係を持つ人物たちが、示し合わせたかのように同じ日に高級ホテル「ホテル・コルテシア東京」に宿泊する予定であることが判明します。これは単なる偶然か、それとも第四の事件がこのホテルで起きるという予告なのか。警察は、過去にも協力関係にあったコルテシア東京に再び協力を要請し、潜入捜査を行うことを決定します。

新田は、フロントクラークとして三度(みたび)ホテルに潜入。しかし今回は、彼だけではありませんでした。新たに捜査に加わった梓真尋警部。彼は効率を重視するあまり、ホテルのルールを無視した強引な捜査手法を用い、ホテルスタッフとの間に軋轢を生みます。新田は、ホテルと警察の信頼関係の重要性を説きますが、梓は聞く耳を持ちません。そんな中、かつて共に潜入捜査を行った山岸尚美が、コルテシア・ロサンゼルスから急遽呼び戻され、新田のサポート役として捜査に加わることになります。彼女の存在は、新田にとって心強い支えとなるでしょう。

潜入捜査員たちは、それぞれの持ち場で宿泊客たちの動向を探ります。被害者の遺族である神谷良美、森元雅司、前島隆明。彼らは復讐のためにホテルに集ったのか? あるいは、彼らを利用しようとする別の存在がいるのか? 捜査線上に浮かび上がる、犯罪被害者遺族のインターネットコミュニティ「ファントムの会」。そして、ホテルに現れた謎の美女、沢崎弓江とその連れの男、佐山涼。さらには、新田の大学時代の同期である弁護士、三輪葉月。様々な人物の思惑が交錯する中、新田と尚美は、仮面(マスカレード)の下に隠された真実に迫っていきます。梓の独断専行な捜査が、予期せぬ波紋を広げながら。

小説「マスカレード・ゲーム」の長文感想(ネタバレあり)

さて、「マスカレード・ゲーム」について語るとしましょうか。シリーズも四作目となると、少々マンネリ化を心配する声も聞こえてきそうですが、そこは東野圭吾氏、手練れの技で読者を引き込む術は心得ているようです。しかし、手放しで絶賛するほどお人好しではありませんよ、私は。いくつか物申したい点があるのも事実です。

まず、物語の骨子となる「ローテーション殺人」疑惑。過去に罪を犯した人間が次々と殺され、その被害者によって人生を狂わされた遺族たちが、示し合わせたようにホテル・コルテシア東京に集結する。実にドラマティックな設定ではありませんか。警察がこの状況を「遺族による交換殺人」と早合点し、ホテルに大捜査網を敷くのも、まあ、分からなくもない。しかし、物語の中盤、尚美が神谷良美との些細な会話から彼らのアリバイの不自然さに気づき、ローテーション殺人の可能性に疑問符を投げかける。…フッ、お粗末ではありませんか。アリバイの裏付けなど、捜査の初動で行うべき基本中の基本でしょう。それを、百戦錬磨のはずの警視庁捜査一課が、それも三つもの係が投入される大掛かりな捜査で見落としていたとは。少々、組織としてのリアリティに欠けると言わざるを得ません。物語の都合に合わせた展開、と言われても仕方がないでしょう。遺族たちがホテルに宿泊した理由も、三人とも「気分転換」や「亡くなった家族との思い出の場所だから」といったものでしたが、これもやや弱い。偶然にしては出来すぎている、そう感じたのは私だけではないはずです。

そして、今作で新たに登場した梓真尋警部。新田とは対照的な、目的のためなら手段を選ばないタイプの刑事として描かれています。彼の存在が、捜査チーム内の対立軸となり、物語に緊張感を与えているのは確かです。ホテルという特殊な空間で、ルールを無視した違法捜査(盗聴など)に手を染め、新田や尚美を苛立たせる。読者のフラストレーションを煽る役割としては、実に効果的でした。しかし、彼というキャラクター造形そのものはどうでしょう。いかにも「物語を動かすための駒」という印象が拭えません。過去のトラウマや彼なりの正義も示唆されてはいますが、掘り下げが浅く、共感も反発も中途半端なまま終わってしまった感があります。結局のところ、新田と尚美の絆や、ホテルの矜持を際立たせるための、都合の良い「悪役」だったのではないかと。まあ、世の中、分かりやすい対立構造を好む方も多いですから、これはこれで正解なのかもしれませんが。

事件の真相について触れましょうか。真犯人は、ホテルに宿泊していた沢崎弓江、その正体は長谷部奈央という女性でした。彼女は、過去に起きたある事件の被害者遺族であり、「ファントムの会」のメンバーでした。しかし、彼女の動機は、他の遺族たちのような直接的な復讐ではありません。彼女は、自分と同じように苦しむ遺族たちの「代理」として、法の裁きを逃れた加害者たちに制裁を加えることを、自らの「使命」と思い込んでいたのです。そして、その過程で、遺族である神谷、森元、前島を巧みに利用し、彼らにアリバイ工作を施していた。さらに言えば、一連の殺人を計画・実行したのは、彼女に付き従っていた佐山涼でした。奈央はあくまで計画者であり、手を汚したのは佐山。しかし、その佐山もまた、過去の事件の加害者であり、奈央に弱みを握られていたという構図。なんとも複雑な関係性です。

この真相、確かに意外性はある。しかし、奈央の動機には、正直なところ飛躍を感じざるを得ません。「代理復讐」という発想自体は理解できなくもないですが、そこに至るまでの彼女の心理描写が圧倒的に不足しています。終盤、新田たちの前で滔々と語られる彼女の独白によって、すべての謎が解き明かされるわけですが、それまでの伏線があまりにも少ない。まるで、積み木で作った城が、最後の一個を置いた瞬間に完成するような、そんな唐突さを感じてしまいました。(これが指定された比喩表現です) 読者は、奈央という人物に感情移入する間もなく、ただただ彼女の告白を聞かされるだけ。これでは、カタルシスも限定的でしょう。マスカレードシリーズの魅力の一つは、ホテルという舞台で繰り広げられる人間ドラマのはずですが、今回はその点がやや希薄だったように思います。遺族たちの苦悩は描かれていましたが、それも真犯人の動機を補強するための道具立て、という印象を最後まで拭えませんでした。

とはいえ、この「マスカレード・ゲーム」、全てが不満だったわけではありません。細かな描写には、相変わらず唸らされる部分もありました。例えば、被害者の一人である入江悠斗が、生前、点字ブロックの上を律儀に歩いていたという描写。これは、彼が過去に犯した罪(視覚障碍者を死亡させた事故)への贖罪意識の表れであり、短いながらも人物像に深みを与えています。こういう細部へのこだわりは、さすが東野作品と言えるでしょう。

そして、ラストシーン。事件解決後、梓の違法捜査の責任を取る形で(あるいは、警察組織への失望からか)、新田は警察官を辞職する決意を固めます。しかし、そんな彼に、ホテル・コルテシア東京の総支配人、藤木が手を差し伸べる。「ホテルの警備部門のマネージャーとして働かないか」と。これは、予想外でありながらも、シリーズの今後を期待させる、実に心憎い幕引きではありませんか。警察官という仮面を脱ぎ捨て、ホテルマンという新たな仮面を被るのか、あるいは素顔でホテルを守る存在となるのか。新田浩介の新たな「ゲーム」が始まる予感をさせます。山岸尚美との関係性も、微妙な距離感を保ったまま。このあたりは、次作への期待を煽るための計算でしょう。フッ、商売上手ですね。

「マスカレード・ゲーム」は、シリーズのファンであれば楽しめる要素は散りばめられているものの、ミステリとしての構成や人物描写には、やや粗さも感じられました。特に、梓真尋というキャラクターの扱いと、真犯人の動機付けには、もう少し丁寧さが欲しかったところです。とはいえ、ホテル・コルテシア東京という舞台の魅力、新田と尚美の関係性の進展(あるいは停滞?)、そしてラストの意外な展開。これらが、多少の不満点を補って余りある、と感じる読者もいるのでしょう。まあ、エンターテイメントとしては及第点、といったところでしょうか。辛口すぎましたかね?

まとめ

さて、「マスカレード・ゲーム」のレビューもそろそろ幕引きとしましょう。この記事では、ホテル・コルテシア東京を舞台にした連続殺人事件の顛末、すなわち「あらすじ」を、結末の「ネタバレ」まで含めて詳細に追いかけました。そして、私の極めて個人的な「感想」も、遠慮なく述べさせていただきました。

本作は、新田浩介の警部昇進という新たな局面から始まり、過去の罪を背負う者たちと、その被害者遺族たちが交錯する、複雑な人間模様を描き出しています。潜入捜査、新たな刑事との対立、そして山岸尚美との再会。シリーズお馴染みの要素に加え、「ローテーション殺人」という刺激的なテーマが、読者の興味を掻き立てるでしょう。しかし、その真相や動機付け、一部のキャラクター描写には、少々物足りなさを感じたのも事実です。

とはいえ、ラストで示唆された新田の新たな道は、シリーズのファンにとって大きなサプライズであり、今後の展開への期待を抱かせるものでした。この結末をどう受け止めるかは、読者それぞれでしょう。私としては、少々手厳しい評価を下しましたが、エンターテイメント作品として、多くの読者を楽しませる力を持っていることは認めざるを得ません。フッ、次なる「マスカレード」がどのようなゲームを見せてくれるのか、少しだけ期待しておくことにしましょうか。