小説「フィッシュストーリー」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。伊坂幸太郎さんの作品は、日常に潜むちょっとした不思議を描くことで知られていますよね。その中でも、この「フィッシュストーリー」は、4つの物語が収められた作品集です。表題作にもなっている「フィッシュストーリー」は特に有名で、映画化もされています。

この作品集には、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「フィッシュストーリー」「ポテチ」という4つの物語が収められています。一見するとバラバラに見えるこれらの物語ですが、読み進めるうちに、伊坂さんらしい仕掛けや繋がりが見えてくるのが面白いところです。この記事では、特に表題作「フィッシュストーリー」を中心に、物語の概要や結末に触れながら、その魅力をたっぷりとお伝えしていきたいと思います。

物語の核心に迫る部分にも言及しますので、「まだ結末は知りたくない!」という方はご注意くださいね。ですが、物語の連鎖が生み出す奇跡のような展開は、知ってから読むとまた違った味わいがありますよ。それでは、伊坂幸太郎さんが紡ぎ出す、時空を超えた物語の世界へご案内しましょう。

小説「フィッシュストーリー」のあらすじ

物語は、いくつかの異なる時間と場所で進んでいきます。まず、1975年。デビューしたものの全く売れないロックバンド「逆鱗」が、最後のレコーディングに臨んでいます。彼らが演奏するのは「フィッシュストーリー」という曲。この曲には、途中に数秒間の無音部分がありました。レコーディング中、ボーカルの五郎は「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに…!」と呟きますが、その声はカットされ、結果的に無音部分が生まれたのです。プロデューサーは「売れるわけがない」と酷評しますが、この曲と無音部分が、未来に不思議な連鎖を引き起こすことになります。

場面は変わって1982年。気弱な大学生・雅史は、仲間たちと怪談話に興じています。その帰り道、車の中で例の「フィッシュストーリー」をカーステレオで聴いていると、無音部分になった瞬間、女性の悲鳴が聞こえます。彼は勇気を振り絞り、車から飛び出して女性を暴漢から救い出します。この出来事が、彼の、そして未来の誰かの運命を変えることになります。

さらに時は流れ、2009年。女子高生の麻美は修学旅行の帰り、乗っていたフェリーがシージャックに遭ってしまいます。乗客がパニックに陥る中、コック姿の男が眠り薬入りの料理で犯人たちを眠らせ、鮮やかに事件を解決します。彼は「正義の味方になりたかった」と語ります。実はこのコック、1982年に女性を助けた雅史の息子、瀬川だったのです。彼は父から「いつか来る危機のために備えよ」と教えられ、正義の味方になるための準備を怠らなかったのでした。

そして2012年。世界は彗星衝突の危機に瀕していました。混乱の中、ネットワーク専門家の橘は、仲間たちと共に、彗星の軌道をそらすためのハッキング作戦を実行していました。作戦に必要なパスワードは、尊敬する瀬川(フェリーで出会った正義の味方)の名前。そして、作戦実行中、仲間が口ずさんでいたのが、あの「フィッシュストーリー」だったのです。曲の無音部分が、ハッキング成功のためのわずかな時間稼ぎとなり、作戦は成功。売れないバンドの最後の曲に込められた想いと、偶然生まれた無音部分が、時を超えて連鎖し、最終的に世界を救うという壮大な物語が展開されます。

小説「フィッシュストーリー」の長文感想(ネタバレあり)

伊坂幸太郎さんの「フィッシュストーリー」、この作品集を読むたびに、人と人、出来事と出来事の不思議な繋がりについて考えさせられます。特に表題作である「フィッシュストーリー」は、まさにその真骨頂とも言える物語ですよね。バラバラに見える点が線になり、やがて壮大な絵を描き出すような、そんな感覚を味わわせてくれます。

まず、この物語の構成が本当に見事だと感じます。1975年の売れないロックバンド「逆鱗」の最後のレコーディングから始まり、1982年の気弱な大学生の勇気ある行動、2009年のフェリーでのシージャック事件、そして2012年の地球滅亡の危機へと、時代を飛び越えながら話が進んでいきます。最初は「これは一体どう繋がるんだろう?」と首を傾げながら読み進めるわけですが、少しずつ繋がりが見えてきた時の「あっ!」という驚きと納得感は、まさに伊坂作品を読む醍醐味ですよね。

特に印象的なのは、やはり「逆鱗」の楽曲「フィッシュストーリー」とその中の「無音部分」が果たす役割です。売れないバンドが、最後の最後に世に出した一曲。メンバー自身も「売れるわけがない」と半ば諦めていたかもしれない。でも、ボーカルの五郎が思わず漏らした「届けよ、誰かに…!」という切実な願い。その声はカットされてしまったけれど、その結果生まれた「無音」が、未来で大きな意味を持つことになる。この展開には、本当に心を揺さぶられました。

考えてみれば、私たちの日常でも、意図しなかったこと、ほんの些細なこと、あるいは失敗や欠落と思えるようなことが、後々になって思いがけない形で誰かの役に立ったり、何かを生み出すきっかけになったりすることがあるかもしれません。あの無音部分は、音楽としては欠落かもしれないけれど、物語の中では、悲鳴を聞き取るための「間」となり、ハッキングを成功させるための「時間」となった。欠落が可能性を生む、という逆説的な面白さが、この物語には満ちているように思います。

1982年の雅史のエピソードも好きですね。普段は気弱なのに、いざという時に勇気を振り絞って女性を助ける。そのきっかけとなったのが、「フィッシュストーリー」の無音部分で聞こえた悲鳴。もしあの曲を聴いていなかったら、もしあのタイミングで無音にならなかったら、彼は行動を起こせなかったかもしれない。そして、彼が助けた女性が、後の「正義の味方」瀬川の母親になるわけですから、小さな勇気が未来のヒーローを生んだ、とも言えます。この連鎖の描き方が、本当に巧みです。

そして、2009年の瀬川。フェリーのシージャック犯を鮮やかに制圧する姿は、まさにヒーローそのもの。でも、彼が語る「正義の味方」論は、単なる勧善懲悪ではありません。「父に言われて準備してきた」という彼の言葉には、特別な能力や地位ではなく、日々の心構えや備えこそが大切だ、というメッセージが込められているように感じます。いつ起こるかわからない危機のために、黙々と準備を続ける。それは、とても地道で、孤独な作業かもしれません。でも、その積み重ねがあったからこそ、彼はあの場で行動できた。雅史の勇気が瀬川を生み、瀬川の「準備」が多くの人を救った。世代を超えた意志の継承のようなものも感じられて、胸が熱くなります。

最後の2012年、地球滅亡の危機というSF的な展開には少し驚きましたが、これもまた「フィッシュストーリー」という物語を締めくくるのにふさわしいスケール感でした。ネットワーク専門家の橘たちが、瀬川の名前をパスワードにハッキングを試みる。そして、作戦の佳境で仲間が口ずさむ「フィッシュストーリー」。あの無音部分が、ハッキング成功のための crucial な時間稼ぎとなる…。まるで複雑なドミノ倒しのように、1975年のレコーディングスタジオでの出来事が、時空を超えて2012年の地球を救うことに繋がったのです。この壮大な伏線回収には、ただただ感嘆するばかりです。「届けよ、誰かに…!」という五郎の願いは、想像もしない形で、未来の、そして世界中の人々へと届いたわけですね。

一部では、「話の順番が素直すぎるのでは?」という意見もあるようですが、私はこの構成だからこそ、連鎖の奇跡がよりストレートに心に響くのではないかと感じています。もし時系列をバラバラにして、後から種明かしをするような構成だったら、それはそれでミステリーとしての面白さは増したかもしれませんが、「フィッシュストーリー」が持つ、温かく、希望に満ちたメッセージ性は少し薄れてしまったかもしれません。小さな出来事が、善意が、誰かの想いが、時を超えて繋がり、大きな力になっていく。その過程を順に追っていくことで、読者はより深く感動できるのではないでしょうか。

もちろん、この作品集には表題作以外にも魅力的な物語が収録されています。「動物園のエンジン」は、どこか掴みどころのない雰囲気の中に、生と死や人生の不可解さを問いかけるような深みがあります。登場人物たちのその後が少し物悲しい結末を迎えるあたりも、伊坂作品らしいビターな味わいを感じさせます。「サクリファイス」では、他作品でもお馴染みの空き巣兼探偵・黒澤が登場し、閉鎖的な村の奇妙な風習に巻き込まれていきます。村の謎解きというミステリー要素も楽しめますし、黒澤のキャラクターが好きな方にはたまらない一編でしょう。

そして、「ポテチ」。これは本当に素晴らしい短編だと思います。空き巣の今村と、彼が偶然関わることになるプロ野球選手・尾崎。そして、二人の間に隠された「取り違え子」という秘密。今村のとぼけたキャラクターと、恋人・若葉との軽妙なやり取りにクスリとさせられながらも、物語が進むにつれて、切ない真実が明らかになっていきます。特に、ラスト近く、母親が語る真実と、今村が流す涙のシーンは、何度読んでも胸に迫るものがあります。大西がポテトチップスの味を間違えられたことについて「かえって良かったかも」と言うセリフが、取り違えられた運命そのものを暗示しているようで、その皮肉と優しさに満ちた結末には、深く考えさせられました。黒澤が再び登場し、今村たちを助ける役割を果たすのも、ファンには嬉しいポイントですよね。

この作品集全体を通して感じるのは、やはり「繋がり」というテーマです。それは、「フィッシュストーリー」のような時間や空間を超えた壮大な連鎖だけでなく、「ポテチ」における血の繋がりや運命の皮肉、「サクリファイス」での閉鎖的なコミュニティの繋がり、「動物園のエンジン」での人間と動物、あるいは生者と死者の見えない繋がりなど、様々な形で描かれています。一つ一つの物語は独立していますが、読み終えた後には、これらの物語が響き合い、より大きな世界観を形作っているように感じられます。

また、伊坂作品ならではの魅力である、登場人物たちの会話のセンスや、独特の空気感も健在です。シリアスな状況の中でも、どこか飄々としていたり、核心を突くような哲学的な問いかけがふと現れたり。そうした緩急自在の語り口が、物語に深みと面白さを与えています。特に黒澤のような、複数の作品に登場するキャラクターがいることで、伊坂作品の世界はより豊かに広がっていきますよね。他の作品で主役だった人物が、別の作品では脇役として登場する。そうしたリンクを見つけるのも、伊坂作品を読む楽しみの一つです。

「フィッシュストーリー」は、短編集でありながら、一つ一つの物語が濃密で、読み応えがあります。そして、読み終わった後には、自分の人生もまた、見えない誰かの人生と繋がっているのかもしれない、自分のささやかな行動が、未来に何かをもたらすかもしれない、そんな不思議な感覚と、少しだけ前向きな気持ちにさせてくれる作品だと思います。派手なアクションや劇的な恋愛があるわけではありませんが、日常に潜む奇跡や、人間の持つ可能性を信じさせてくれる。そんな温かさが、この作品集には溢れていると感じました。

まとめ

伊坂幸太郎さんの小説「フィッシュストーリー」は、4つの物語が収められた作品集です。一見バラバラに見えるそれぞれの物語が、読み進めるうちに巧みに繋がり、驚きと感動を与えてくれます。特に表題作「フィッシュストーリー」は、売れないバンドの曲とその中の無音部分が、時空を超えて連鎖し、最終的に世界を救うという壮大な物語が展開されます。

この作品の魅力は、何と言ってもその見事な構成と伏線回収にあります。小さな出来事や誰かの何気ない一言が、未来の誰かの運命を変え、奇跡のような連鎖を生み出していく様子は、読み応え抜群です。「届けよ、誰かに」というバンドの想いが、予想もしない形で実現していく展開には、心を打たれます。また、「ポテチ」のように、心温まる人情や切ない運命を描いた物語も収録されており、様々な角度から「繋がり」というテーマを考えさせられます。

伊坂作品特有の軽妙な会話や、魅力的なキャラクターたちも健在で、物語の世界にぐっと引き込まれます。読後は、自分の日常や、人との繋がりの大切さを改めて感じさせてくれるような、温かい余韻に包まれるでしょう。伏線回収が見事な物語が好きな方、心温まる物語を読みたい方、そしてもちろん伊坂幸太郎ファンの方におすすめしたい一冊です。