小説「チルドレン」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。伊坂幸太郎さんの作品の中でも、特に印象的なキャラクターが登場する連作短編集ですね。家庭裁判所調査官という、少し特殊な職業を舞台にした物語が展開されます。
中心人物となるのは、型破りな家裁調査官・陣内さん。彼の周りで起こる出来事や、彼と関わる人々の視点を通して、物語は進んでいきます。一見すると破天荒で自分勝手に見える陣内さんですが、その言動の裏には、彼なりの考えや優しさが見え隠れしていて、不思議と憎めない、むしろ惹きつけられる魅力があるんですよ。
この記事では、そんな「チルドレン」の物語の概要、特に表題作となっているエピソードの詳細なあらすじを、結末まで含めてお伝えします。さらに、作品全体を読んだ上での詳しい考察や感じたことも、ネタバレを気にせずにたっぷりと語っていきたいと思います。物語の核心に触れる部分も多いので、まだ読んでいない方はご注意くださいね。
小説「チルドレン」のあらすじ
家庭裁判所の調査官である武藤さんのもとに、万引きで補導された高校生、木原志朗くんがやってきます。保護者として付き添ってきたのは、有名飲食チェーンの社長だという父親。しかし、面接での志朗くんは父親の顔色をうかがうばかりで、どうにもぎこちない様子です。武藤さんは、志朗くんと個別に継続して面接を行うことに決めます。
そんな武藤さんに、先輩調査官の陣内さんがアドバイスとともに芥川龍之介の「侏儒の言葉」を渡します。武藤さんはそれを志朗くんに貸し与えるのですが、後日、偶然街で再会した志朗くんは、その本をとても気に入っている様子。父親も一緒に読んでいると聞き、親子の関係も良好なのかと思われました。しかし、志朗くんの自宅近くまで行った武藤さんは、家から大音量で流れるジャズを耳にします。面接で父親はジャズが嫌いだと話していたはずなのに、どういうことでしょう。
この小さな違和感を陣内さんに相談すると、「騙されてる」「母親は殺されて埋められたんじゃないか」などと突拍子もないことを言い出します。さすがに荒唐無稽だと思いながらも、気になった武藤さんが志朗くんの家の前をうろついていると、父親本人に見つかり、居酒屋に誘われます。そこで父親は、妻は旅行中だと語り、特に怪しい素振りは見せません。しかし帰り道、父親が何者かに暴行される場面に遭遇。借金があるらしく、警察沙汰にはしたくないと言います。
後日の面接で、志朗くんから本が返却され、武藤さんは事件を「審判不開始」として処理します。しかし半年後、新聞で衝撃の事実を知ることに。誘拐事件の被害者として志朗くんの写真が載っており、一緒に写っているのは「本当の父親」。武藤さんが志朗くんの元を訪れると、彼はすべてを打ち明けます。面接に来た父親は偽物で、両親が旅行中に家に侵入してきた強盗だったこと。捕まらない代わりに父親のフリをしてもらったこと。そして、武藤さんから借りた「侏儒の言葉」を強盗と一緒に読むうちに、奇妙な絆が生まれてしまったことを。今回の誘拐も、借金に苦しむ強盗を助けるための狂言だったのです。事の顛末を知った武藤さんは、志朗くんに新たな本を贈るのでした。…しかし、その後、志朗くんは再び万引きで補導されてしまいます。ただ、盗んだものが、以前武藤さんが勧めた小説だったことを知り、陣内さんはどこか嬉しそうにするのでした。
小説「チルドレン」の長文感想(ネタバレあり)
伊坂幸太郎さんの「チルドレン」、読み終えた後の余韻が、なんとも心地よい作品でしたね。連作短編集という形式で、それぞれの物語が独立しつつも、陣内さんという強烈なキャラクターを中心に緩やかにつながっていく構成が見事です。彼の存在が、物語全体に一本の太い、それでいて予測不能な線を描いているように感じました。
まず何と言っても、陣内さんのキャラクターが最高なんです。「自分勝手で、自信過剰で、そして、妙なところで正義感が強い」と作中でも評されていますが、まさにその通り。彼の言動は常に周囲を振り回し、時に呆れさせ、時にハラハラさせます。でも、彼の言葉には妙な説得力というか、人を動かす力があるんですよね。「バンク」で銀行強盗に臆せず立ち向かったり(結果的に騒ぎを大きくしてるんですが…)、「チルドレン」で武藤さんに核心を突くような(それでいてぶっ飛んだ)アドバイスをしたり、「レトリーバー」で奇妙な状況説明を始めたり、「チルドレンⅡ」で離婚調停中の夫婦をライブに連れてきたり、「イン」では着ぐるみを着ていたり…と、どのエピソードでも彼の行動は予測不能。でも、その根底には彼なりの「正しさ」や「道理」のようなものがあるように感じられます。彼の発する独特の言い回しや名言(迷言?)も印象的で、「俺たちは奇跡を起こすんだ」なんて言葉には、根拠はないけれど、なぜか「そうかもしれない」と思わせる不思議な力があります。彼の言葉は、時に荒療治の劇薬のようですが、結果的に事態を好転させたり、人の心に変化をもたらしたりするんです。
物語は基本的に、陣内さんの周りにいる人物、例えば家裁調査官の後輩である武藤さんや、盲目の青年・永瀬さん、大学生の鴨居くんなどの視点から語られます。これも巧みな点ですよね。もし陣内さん自身の視点で語られたら、彼の行動原理はもっと分かりやすくなるのかもしれませんが、周囲の人物の目を通して描かれることで、彼の破天荒さや予測不能さがより際立ち、読者は「陣内さんって一体何なんだろう?」という興味をかき立てられながら物語を追うことになります。武藤さんのように常識的で真面目な人物が、陣内さんに振り回されながらも、どこか彼を信頼し、影響を受けていく様子は読んでいて微笑ましくもありました。
各短編のストーリーも、それぞれに趣向が凝らされていて面白いです。
「バンク」は、銀行強盗という緊迫した状況設定の中に、陣内さんの突飛な行動と、永瀬さんの鋭い観察眼によるちょっとしたミステリー要素が組み合わさっていて、読者を引き込みます。人質にお面をつけさせる理由が明らかになる展開や、最後の陣内さんのオチまで、短い中にぎゅっと面白さが詰まっています。
表題作の「チルドレン」は、やはりこの作品集の中核をなすエピソードですね。家裁調査官の武藤さんと、万引き少年・志朗くん、そしてその「父親」との関係が軸になります。偽の父親が実は強盗だった、という驚きの展開。そして、その強盗と志朗くんが、陣内さんがきっかけで渡された芥川龍之介の本を通じて心を通わせていくという、なんとも奇妙で、でも少し温かい関係性が描かれます。ジャズの違和感から始まるミステリー的な要素、陣内さんの的外れのようで核心を突いているような推理、そして武藤さんの真面目さゆえの苦悩。全てがうまく絡み合って、印象深い物語になっています。最後の、志朗くんが再び万引きをしてしまうけれど、盗んだのが武藤さんが勧めた本だった、という結末は、ほろ苦いけれど、どこか救いも感じさせる、伊坂さんらしい終わり方だなと思いました。少年の完全な更生とはいかないまでも、本を通じて何かが彼の中に残った、という希望が見える気がします。
「レトリーバー」は、大学生時代の陣内さんと永瀬さん、そして永瀬さんの恋人・優子さんの話。レンタルビデオ店での陣内さんの失恋から始まり、駅のベンチでの「時間が止まっている」という奇妙な状況説明へ。最初は他愛のない青春の1ページかと思いきや、実は身代金受け渡しという事件に巻き込まれていた、という展開には驚かされました。冒頭の女子高生との口論や、使い捨てカメラ、永瀬さんが見ていた映画の内容などが伏線としてしっかり機能していて、読み返すと「なるほど!」となります。青春のきらめきとサスペンスが同居したような、不思議な読後感でした。
「チルドレンⅡ」は、武藤さんが家事事件担当になり、離婚調停に関わる話。親権を争う夫婦の問題と、陣内さんが担当する少年・丸川明くんの問題が交錯していきます。夫婦の間に隠された事実が明らかになる一方で、クライマックスは陣内さんのバンドのライブシーン。そこで起こる出来事は、まさに陣内さんが言った通りの「奇跡」のようで、感動的ですらあります。バラバラに見えた要素が一つに収束していく構成が見事ですし、人の繋がりや再生といったテーマも感じられました。明くんのお父さんがボーカルだった、というのも良いサプライズでしたね。
そして最後の「イン」。これは永瀬さんの視点で語られるのがポイントです。目が見えない永瀬さんの感覚を通して、デパートの屋上での出来事が描かれます。だからこそ、読者は最初、何が起こっているのか完全には把握できません。陣内さんが熊の着ぐるみを着ていたことや、バッグの中身の真相などが、永瀬さんの気づきとともに明らかになっていく過程が面白い。そして、「チルドレンⅡ」で陣内さんが語っていた「父親を殴った」エピソードの真相がここで明かされるという、連作短編集ならではの繋がりも楽しめました。視点を変えることで、こんなにも物語の見え方が変わるのか、と感心させられます。
全体を通して、伊坂幸太郎さんらしい軽快な筆致と、巧妙に張り巡らされた伏線、そして個性的なキャラクターたちの魅力が存分に味わえる作品だと思います。扱っているテーマは、家庭裁判所の案件や非行少年、離婚、銀行強盗、誘拐など、決して軽いものばかりではありません。でも、そこに陣内さんという存在が加わることで、重くなりすぎず、エンターテインメントとして昇華されている。そして、読後にはどこか心が温かくなるような、人と人との繋がりの不思議さや、人生のままならなさ、それでも前に進んでいこうとする小さな希望のようなものを感じさせてくれます。「チルドレン」というタイトルも、登場する少年少女たちだけでなく、どこか子供っぽさを残した大人たち、特に陣内さんのことを指しているようにも思えて、深い味わいがありますね。何度か読み返したくなる、そんな魅力に満ちた一冊でした。
まとめ
伊坂幸太郎さんの小説「チルドレン」は、家裁調査官の陣内さんという、非常に個性的で魅力的なキャラクターを中心に据えた連作短編集です。彼の型破りな言動は周りを巻き込み、時にハラハラさせられますが、その根底にある独特の正義感や人間味に、読者はいつの間にか惹きつけられてしまいます。
物語は、銀行強盗に遭遇したり、万引き少年の裏に隠された秘密を探ったり、離婚調停に関わったりと、バラエティに富んでいます。それぞれの短編が独立した面白さを持ちつつ、全体として緩やかにつながっており、伏線の回収やキャラクターたちの成長が巧みに描かれています。ミステリー要素や、思わずクスッと笑ってしまうようなやり取り、そして心にじんわりと響くような温かい場面がバランスよく配置されていて、最後まで飽きさせません。
扱っているテーマはシリアスなものもありますが、伊坂さんならではの軽快な語り口と、陣内さんという存在によって、重くなりすぎずにエンターテインメントとして楽しむことができます。読後には、少し不思議で、でも確かに心に残る温かい気持ちや、人と人との繋がりの大切さを感じさせてくれるでしょう。「チルドレン」は、魅力的なキャラクターと巧妙なストーリーが織りなす、伊坂幸太郎さんの世界を存分に堪能できる、おすすめの一冊です。