小説「サブマリン」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。伊坂幸太郎さんの作品の中でも、特に深く考えさせられる物語の一つだと感じています。家庭裁判所調査官の武藤と、その型破りな上司である陣内が、複雑な事情を抱える少年たちと向き合っていく姿が描かれています。

物語は、無免許運転による人身事故を起こしてしまった少年・棚岡佑真を中心に展開します。彼は過去にも交通事故で辛い経験をしており、その背景を探るうちに、10年前に起きた別の事故との繋がりが見えてきます。陣内のかつての担当少年や、試験観察中の別の少年も絡み合い、物語はより深みを増していきます。

この記事では、まず物語の詳しい流れを追い、その後でネタバレを含む形で、私がこの作品から受け取った印象や考えたことを詳しくお伝えしたいと思います。登場人物たちの心の動きや、彼らが直面する現実の重さについて、一緒に考えていけたら嬉しいです。

小説「サブマリン」のあらすじ

家庭裁判所調査官の武藤は、異動先で再び、あの個性的な上司・陣内とコンビを組むことになります。彼らが今回担当するのは、棚岡佑真という少年が起こした無免許運転による人身事故でした。この事故で、一人の男性が命を落としてしまいます。武藤が棚岡に事情を聞こうとしても、彼は多くを語ろうとせず、どこか心を閉ざしている様子でした。武藤は、この少年の抱える問題の根深さを感じ取ります。

調査を進めるうちに、棚岡の過去が少しずつ明らかになっていきます。彼は幼い頃に交通事故で両親を亡くし、さらに小学生の時には、目の前で親友の栄太郎が車にはねられて亡くなるという悲劇に見舞われていました。そして、その10年前の事故の加害者もまた少年であり、驚くべきことに、当時その少年を担当していたのが陣内だったのです。陣内は、今回の事件が起こる前から棚岡のことを知っていたのでした。

一方、武藤は別の少年、小山田俊の試験観察も担当していました。小山田はかつて脅迫文を送ったことで処分を受けましたが、反省の色は薄く、インターネット上で危うい行動を続けていました。ある日、小山田は武藤に、ネット上の犯行予告を見分けることができると話します。ほとんどは実行されないものの、中には本物の予告もあるというのです。警察に話しても信じてもらえないだろうと考えた小山田は、武藤にその情報を託します。この出来事が、後に予期せぬ形で物語に関わってきます。

棚岡が起こした事故は、単なる運転ミスだったのでしょうか。それとも、過去の出来事が関係しているのでしょうか。10年前に親友を奪った事故の加害者、若林という青年も再び登場し、物語は複雑に絡み合っていきます。陣内は、10年前の事故と今回の事故の間に隠された繋がりを鋭く見抜き、真相に迫っていきます。登場人物それぞれの過去と現在が交錯し、事件の全貌が徐々に明らかになっていくのです。

小説「サブマリン」の長文感想(ネタバレあり)

伊坂幸太郎さんの「サブマリン」、読了後の余韻が深く、長く心に残る作品でした。「チルドレン」から時を経て、再び陣内と武藤のコンビに会えた喜びもさることながら、物語が問いかけるテーマの重さに、何度も考えさせられました。

まず、何と言っても陣内さんの存在感が際立っていますよね。相変わらずの破天荒ぶり、周りを振り回す言動は健在です。会話の流れを無視したり、一見いい加減に見えたりするけれど、その根底にあるのは、どこまでも真っ直ぐで、人間に対する深い愛情なのだと感じます。彼の言葉は、建前や綺麗事ではなく、本心から出ているからこそ、聞く者の心に響くのでしょう。武藤はもちろん、彼と関わる少年たちが、戸惑いながらも最終的には陣内を信頼してしまう気持ちが、とてもよく分かります。特に、棚岡のために、亡くなった友人・栄太郎が好きだった未完の漫画の続きを作者に描き上げさせようと奔走する姿には、彼の執念とも言えるほどの優しさを感じずにはいられません。職務を超えてまで、少年の心に寄り添おうとする。その姿は、まさにタイトルの「サブマリン」が示すように、光の届かない海の底のような場所にいる人々の声を聞き、そこに光を届けようとする存在そのものだと感じました。彼の存在は、まるで暗く冷たい深海を、静かに、しかし確実に進みながら、一点の曇りもない強い光で進むべき道を照らし出す、高性能な潜水艦(サブマリン)の探索灯のようでした。

この物語が素晴らしいと感じるもう一つの点は、決して綺麗事だけでは終わらせない、その厳しさです。少年事件、特に交通事故というテーマは、本当にやるせない気持ちになります。故意ではない、ほんの少しの不注意やタイミングのずれが、取り返しのつかない結果を招いてしまう。加害者となった少年にも同情すべき点があったり、未来があったりすることを考えると、更生の機会を与えるべきだという意見も理解できます。

しかし、一方で被害者の視点に立つと、その理不尽さは計り知れません。命を奪われ、未来を断たれた無念。遺された家族の悲しみは、決して癒えることはないでしょう。だから、加害者が更生したからといって、「めでたしめでたし」とは到底言えない。若林が、事故から10年経ってもなお、罪の意識に苛まれ続けている姿は、その重さを物語っています。彼は社会的な制裁を受け、そして何より自分自身を許せないまま、一生その十字架を背負って生きていかなければならないのです。

そして、被害者の友人であった棚岡の、「加害者を許せない」という気持ち。これもまた、痛いほど伝わってきます。特に、相手が少年であるために、法的な罰が軽くなるかもしれないという現実に対するもどかしさ。棚岡が若林に対して抱いていたであろう複雑な感情、そして彼が起こしてしまった新たな事故。それは、決して肯定されるべき行為ではありませんが、彼の心の奥底にあった深い悲しみや怒りを思うと、単純に彼を断罪することもできません。

武藤が、永瀬を守ろうとして刺される場面も印象的でした。そして、その武藤を救ったのが、かつて事故を起こした若林だったという事実。若林が救急救命士の資格を持っていたことが、武藤の命を繋ぎ止めたのです。この出来事は、若林がただ罪の意識に苛まれているだけでなく、過去と向き合い、自分なりに前に進もうとしていたことの証のように感じられました。人の命を奪ってしまった彼が、今度は人の命を救う。これは、彼の更生の一つの形なのかもしれません。しかし、それでも彼が犯した罪が消えるわけではない。その現実の厳しさが、この物語には貫かれています。

陣内や武藤は、そんな複雑で、時に救いのない現実の中で、少年たちと向き合い続けます。彼らはスーパーヒーローのように問題を一瞬で解決したりはしません。ただ、深く潜り、耳を傾け、寄り添い、時には突き放し、彼らが自分の足で再び歩き出せるように、粘り強く関わっていく。その地道な姿勢に、胸を打たれます。

栄太郎の好きだった漫画のエピソードは、この物語の希望を象徴しているように感じました。亡くなった友人が愛した物語の続きを読みたい、という棚岡のささやかな願い。それを叶えるために、陣内が常識外れの行動力で作者を動かす。完成した漫画を読んだ棚岡が、「あの人(陣内)は馬鹿なんじゃないですか」と声を震わせる場面は、涙なしには読めませんでした。それは、諦めかけていた心に差し込んだ、確かな光だったのではないでしょうか。

「サブマリン」は、罪と罰、更生、贖罪といった重いテーマを扱いながらも、決して読者を突き放すことはありません。陣内という稀有なキャラクターの存在が、物語に温かみと、どこか軽やかさをもたらしています。そして、武藤の真摯な眼差しが、読者を少年たちの心の奥深くへと導いてくれます。読み終えた後、私たちは、社会で起きる様々な事件や、そこにいる人々の複雑な感情について、改めて考えさせられるはずです。簡単に答えの出ない問いを、それでも考え続けることの大切さを教えてくれる、そんな作品でした。

まとめ

伊坂幸太郎さんの小説「サブマリン」は、家庭裁判所調査官の武藤と上司の陣内が、無免許運転で死亡事故を起こした少年・棚岡佑真をはじめとする、様々な問題を抱える少年たちと向き合う物語です。単なる事件解決の物語ではなく、罪と罰、更生、そして人間関係の複雑さを深く描いています。

物語の中心となるのは、棚岡の過去に起きた親友の事故死と、今回の事故との関連性です。型破りながらも人間味あふれる陣内と、真摯な武藤が、少年たちの心の奥底に潜む声に耳を傾け、彼らが再び歩き出すための手助けをしようと奮闘します。登場人物それぞれの葛藤や成長が丁寧に描かれており、読者自身の心にも深く響くものがあります。

この作品は、決して綺麗事だけでは済まされない現実の厳しさも描き出しています。被害者の無念、加害者の苦悩、そして更生の難しさ。簡単に答えの出ない問いを投げかけながらも、陣内の存在や、登場人物たちの間に生まれる繋がりが、物語に確かな希望の光を与えています。読後、深く考えさせられる、忘れられない一冊となるでしょう。