小説「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。西尾維新先生の作家業20周年を記念して刊行された本作は、伝説の「戯言遣い」こと「いーちゃん」と、天才ハッカー「青色サヴァン」こと玖渚友の娘、玖渚盾(くなぎさ じゅん)が主人公の物語です。多くのファンが待ち望んだであろう戯言シリーズの正統な続編として、期待に胸を膨らませた方も少なくないのではないでしょうか。
物語は、自称「平凡な女子高生」である盾が、ある日突然、人類最強の請負人・哀川潤によって誘拐されるという衝撃的な展開から幕を開けます。連れ去られた先は、母方の実家である玖渚機関の拠点、玖渚城。そこで彼女を待ち受けていたのは、奇妙な住人たちと、そして忌まわしい殺人事件でした。この事件をきっかけに、盾は自身に秘められた力と向き合い、玖渚機関の壮大な陰謀に立ち向かうことになります。
この記事では、「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」の物語の核心に触れるあらすじを詳細に追いながら、私が抱いた熱い思いを余すところなく書き連ねていきます。過去シリーズのファンの方も、本作から西尾維新作品に触れる方も、ぜひ最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
「普通サイコー」を掲げる盾が、その「普通」とはかけ離れた運命に翻弄されながらも、父譲りの「戯言」と母譲りの「法則」を胸に、どのように事件と対峙していくのか。そして、彼女がたどり着く結末とは。戯言シリーズならではの独特な世界観と、魅力的なキャラクターたちが織りなす物語の深淵を、一緒に覗いていきましょう。
小説「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」のあらすじ
物語の主人公は、15歳の女子高生、玖渚盾。彼女の父はかつて「戯言遣い」として名を馳せたいーちゃん、母は天才的なハッキング能力を持つ「青色サヴァン」玖渚友という、あまりにも非凡な両親です。しかし盾自身は「平凡な女子高生」を自称し、「普通サイコー」という信条を掲げていました。彼女は両親から受け継いだ、“パパの戯言”と“ママの法則”という二つの指針を胸に、比較的穏やかな学園生活を送っていました。
そんな盾の「平凡な日常」は、夏休みのある日、突如として終わりを告げます。実家へ帰省しようとしていた彼女は、赤髪の美女――人類最強の請負人、哀川潤――によって車に撥ね飛ばされ、そのまま拉致されてしまうのです。この強引な誘拐は、盾を母方の実家である玖渚機関の拠点、“玖渚城”へと送り届けるためのものでした。この玖渚城は世界遺産にも登録されているという壮大な建造物で、玖渚一族の権力の象徴でもあります。
玖渚城に到着した盾は、そこで母方の祖父母や、母・玖渚友のクローンである玖渚遠と玖渚近、そして母方の叔父で玖渚機関の現機関長である玖渚直らと出会います。盾がこの城へ連れてこられた理由は、玖渚機関が極秘に進める9つの「人工衛星」のメンテナンスを彼女に依頼するためでした。それは、盾が母から受け継いだ、機械に対して特異な影響を及ぼす能力への期待からでした。
しかし、盾が自らの状況を把握しようとする矢先、城内で凄惨な殺人事件が発生します。被害者は、母のクローンの一人である玖渚近。そして、その遺体は頭部が失われた「首なし死体」という、戯言シリーズ第一作『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』を彷彿とさせる状態で発見されるのでした。この猟奇的な事件は、盾を否応なく玖渚機関の陰謀の核心へと引きずり込みます。
従姉妹の死を目の当たりにした盾は、近の無念を晴らし、自らも生き延びるために事件の真相究明に乗り出します。その過程で、もう一人のクローンである遠との間に友情を育んでいきます。事件の背後には、玖渚機関、特に現機関長である玖渚直の周到な計画があり、その目的は盾の特異な能力を利用して9基の人工衛星を維持・管理することにありました。
物語のクライマックスで、盾は母から受け継いだ「ママの法則」を真の形で覚醒させます。それは、機械に対して計り知れない破壊的影響力をもたらす能力でした。この力によって、玖渚機関が維持しようとしていた9基の人工衛星は全て破壊され、地上へと落下。玖渚城もまた崩壊し、玖渚機関の計画は完全に頓挫します。この大事件の後、盾は玖渚本家から絶縁されますが、同じく玖渚の血を引く遠との間に新たな絆を育み、最終的には哀川潤によって救い出されるのでした。物語は、父の言葉「戯言だけどね。」という一言で締めくくられます。
小説「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」の長文感想(ネタバレあり)
小説「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」を読了して、まず込み上げてきたのは、あの戯言シリーズの世界に再び触れることができたという純粋な喜びでした。いーちゃんと玖渚友の娘、玖渚盾という新たな視点から描かれる物語は、懐かしさと新しさが絶妙に融合しており、ページをめくる手が止まりませんでしたね。
盾ちゃんの「普通サイコー」という口癖と、その裏腹にある両親から受け継いだ非凡な宿命。このギャップが、物語全体を通して彼女の行動や心情に深みを与えていたように感じます。特に印象的だったのは、父であるいーちゃんから受け継いだ「パパの戯言」と、母である玖渚友から受け継いだ「ママの法則」を、彼女なりに解釈し、実践しようとする姿です。「まず名乗れ。誰が相手でも。そして名乗らせろ。誰が相手でも」という戯言は、コミュニケーションの基本でありながら、異常な状況下においては自分自身を見失わないための重要な指針として機能していました。
物語の導入部、哀川潤による盾ちゃんの誘拐シーンは、まさに圧巻の一言。あの理不尽かつ圧倒的な暴力描写は、哀川潤というキャラクターの健在ぶりを強烈に印象づけると共に、読者を一気に非日常の世界へと引きずり込みます。戯言シリーズ第一作『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』での彼女の登場シーンを思い出し、思わずニヤリとしてしまったファンも多いのではないでしょうか。血塗れの盾ちゃんを無造作に車に放り込む哀川潤の姿は、強烈なインパクトを残しました。
玖渚城という舞台設定も、ミステリアスな雰囲気を高めるのに一役買っていましたね。世界遺産にもなっているという壮大な城、そこに住まう玖渚一族の面々、そして母・玖渚友のクローンである遠と近。彼女たちの存在は、「オリジナルとコピー」「天才とその模倣」といった、西尾維新作品に通底するテーマを改めて提示しているように感じました。特に、クローンでありながらも人間的な感情を見せる遠の姿は、盾ちゃんだけでなく、読者の心にも響くものがあったのではないでしょうか。
そして、物語の中核を成す「首なし死体」の発見。これは紛れもなく、『クビキリサイクル』へのオマージュであり、シリーズファンにとってはたまらない演出でした。古城、双子(本作ではクローン)、首なし死体という古典的なミステリの要素が揃い、期待感は最高潮に達します。しかし、本作のミステリ要素、特にトリックや犯人特定のロジックについては、正直なところ、ややあっさりとした印象を受けた方もいるかもしれません。一部のレビューでも指摘されている通り、犯人の動機やトリックの意外性といった点では、過去の作品に比べてライトな味付けになっていると感じました。
ですが、それは決して本作の魅力が損なわれているという意味ではありません。むしろ、ミステリとしての謎解き以上に、玖渚盾というキャラクターの成長や、彼女を取り巻く人々のドラマ、そして何よりも西尾維新先生ならではの言葉遊びや独特の言い回しを堪能する作品として、非常に高い完成度を誇っていると言えるでしょう。事件はあくまで、盾ちゃんが自身の能力と向き合い、玖渚機関という巨大な存在に立ち向かうためのきっかけに過ぎなかったのかもしれません。
玖渚機関、特に叔父である玖渚直の暗躍は、物語に不穏な緊張感を与えていました。彼が盾ちゃんを利用しようとする企みは、「家族」という関係性が孕む負の側面を浮き彫りにしているようで、戯言シリーズらしい歪んだ家族観を感じさせます。彼の「シスコン」という設定も、その歪さを強調するスパイスとして効果的に機能していましたね。盾ちゃんが、そんな彼らの思惑に翻弄されながらも、必死に真相を追い求める姿には胸を打たれました。
そして、物語のクライマックスで明らかになる「ママの法則」の真実。当初は「機械に触れるな」という単純な制約として示唆されていたこの法則が、実は盾ちゃんが持つ、機械に対する強大な破壊的影響力そのものであったという展開には、度肝を抜かれました。この能力の発現によって、玖渚機関の人工衛星が次々と破壊され、玖渚城までもが崩壊していく様は、まさに圧巻のスペクタクル。いーちゃんの娘、そして玖渚友の娘である盾ちゃんだからこそ成し得た、破格のスケールの結末でした。
このクライマックスシーンで引用されていた盾ちゃんのセリフ、「だからーあなたがやったことを、やってないなんて言うな! やったことを否定したら、あなたがあなたじゃなくなっちゃうでしょ! 何もしていないのに壊れても、やったことをやっていないとは言えない。それをしたら、私が私じゃなくなっちゃうから」という言葉は、非常に示唆に富んでいます。自分の意志とは裏腹に発動してしまう強大な力を、否定するのではなく、それもまた自分自身の一部として受け入れようとする彼女の覚悟が感じられ、強く印象に残りました。
結果として、玖渚機関の計画は破綻し、盾ちゃんは玖渚本家から絶縁されてしまいます。しかし、彼女は全てを失ったわけではありません。事件を通して友情を育んだ玖渚遠との絆は、血縁や家柄といった古いしがらみを超えた、新しい関係性の可能性を示唆しているように思えました。そして、窮地に陥った盾ちゃんを最終的に救い出すのが、やはり哀川潤であるという展開は、どこか安心感を覚える「お約束」でもありましたね。
物語の締めくくり、「戯言だけどね。」といういーちゃんの言葉。この一言が、これまでの壮大な出来事すべてを包み込み、戯言シリーズならではの読後感を与えてくれます。この言葉には、起こった出来事を相対化する意味合いや、世界の不条理さに対する達観、そして読者への解釈の余地を残す作者の意図など、様々なニュアンスが含まれているように感じました。この軽やかさと深みが同居する感覚こそ、戯言シリーズの真骨頂と言えるでしょう。
本作「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」は、戯言シリーズの正統な続編として、過去作の魅力を十二分に受け継ぎながらも、玖渚盾という新たな主人公を通して、親から子へ何が受け継がれるのかという普遍的なテーマを鮮やかに描き出していました。盾ちゃんが父の「戯言」と母の「法則」という二つの遺産とどう向き合い、自らの人生を切り開いていくのか。その過程は、時にコミカルに、時にシリアスに描かれ、読者を飽きさせません。
ミステリ要素に関しては、確かに賛否両論あるかもしれませんが、それを補って余りあるキャラクターの魅力と、西尾維新先生の紡ぎ出す言葉の奔流は、やはり唯一無二のものでした。盾ちゃんだけでなく、哀川潤、玖渚遠、千賀雪洞といったキャラクターたちも非常に魅力的で、彼女たちの今後の活躍にも期待したくなります。
特に、盾ちゃんが持つ「機械に触れることができない(破壊してしまう)」という特異な体質は、彼女の「普通」への渇望とは裏腹に、今後も様々な波乱を呼び起こすであろうことを予感させます。これが単発の物語で終わるのか、それとも新たなシリーズの始まりとなるのかは分かりませんが、玖渚盾という魅力的なキャラクターが織りなす「戯言」の続きを、ぜひ読んでみたいと強く感じました。
総じて、「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」は、戯言シリーズのファンはもちろんのこと、西尾維新作品に初めて触れる方にもお勧めできる、エンターテイメント性に溢れた快作であったと思います。懐かしさと新しさ、軽快さと深み、そして何よりも「戯言」という名の魅惑的な毒に、再び酔いしれることができました。
まとめ
小説「キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘」は、伝説の「戯言遣い」いーちゃんと「青色サヴァン」玖渚友の娘、玖渚盾を主人公に据えた、戯言シリーズ待望の続編です。物語は、盾が人類最強の請負人・哀川潤によって誘拐され、母方の実家である玖渚城で起こる首なし殺人事件に巻き込まれるところから始まります。
「普通サイコー」を掲げる盾が、父譲りの「戯言」と母譲りの「法則」を武器に、玖渚機関の陰謀と自身に秘められた謎の力に立ち向かう姿が描かれます。ミステリ要素としては、過去作のオマージュを感じさせつつも、キャラクターたちのドラマや西尾維新先生ならではの言葉遊びに重点が置かれている印象です。特に、クライマックスでの「ママの法則」の覚醒と、それによって引き起こされる壮大な結末は圧巻でした。
本作は、戯言シリーズのファンにとっては懐かしいキャラクターや設定に再び触れられる喜びがあり、また、新たな世代の物語としての新鮮さも感じさせてくれます。盾が背負う宿命や、彼女を取り巻く人々との関係性が、今後どのように展開していくのか、期待を抱かせる作品と言えるでしょう。
「戯言だけどね。」というシリーズを象徴する言葉で締めくくられるこの物語は、読者に深い余韻と考察の余地を残します。エンターテイメントとして非常に楽しめる一冊であり、西尾維新ワールドを存分に堪能できること間違いなしです。