小説『また、同じ夢を見ていた』のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。この物語は、読む人の心に深く、そして温かく響く、特別な力を持っているように感じられます。一度読み終えた後も、ふとした瞬間に物語の情景や登場人物たちの言葉がよみがえってくる、そんな作品です。
主人公は、少し風変わりで利口な小学生、小柳奈ノ花ちゃん。彼女の視点を通して描かれる世界は、時に鋭く、時に純粋で、私たち大人が忘れかけている大切な何かを思い出させてくれます。彼女が出会う人々との交流は、物語の核心に触れる重要な要素となっています。
この記事では、まず『また、同じ夢を見ていた』がどのような物語なのか、その概要をお伝えします。そして、物語の核心部分、特に結末に関わる重要な点にも触れながら、深く掘り下げた考察や、私がこの作品から受け取った感動を、たっぷりと書き記していきたいと思います。
読み進めることで、作品への理解が深まったり、新たな発見があったりするかもしれません。あるいは、まだ読んだことのない方にとっては、この物語の世界への入り口となるかもしれません。どうぞ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
小説「また、同じ夢を見ていた」のあらすじ
『また、同じ夢を見ていた』の主人公は、小学生の女の子、小柳奈ノ花(こやなぎ なのか)です。「人生とは」が口癖で、同級生たちよりもずっと大人びた考え方をしますが、学校では少し浮いた存在で、友達がいません。両親は仕事で忙しく、家にいないことが多い日々を送っています。
そんな奈ノ花には、学校の外に大切な友達がいます。一人は、怪我をしたところを助けた、尻尾のちぎれた黒猫の「彼女」。そして、放課後にこっそり会いに行く、三人の女性たちです。
一人は、古いアパートに一人で暮らし、「季節を売る仕事」をしていると語るミステリアスな女性、通称「アバズレさん」。もう一人は、丘の上の大きな家に住み、美味しいお菓子を焼いてくれる優しい「おばあちゃん」。そしてもう一人は、高校の制服を着て、公園でノートに物語を書いている「南さん」です。
奈ノ花は、この猫の「彼女」と三人の女性たちとの交流を通して、たくさんのことを学び、考えます。特に、彼女たちが時折見せる寂しさや後悔のような感情に触れるたび、奈ノ花は「幸せとは何か」という問いについて、自分なりの答えを探し始めます。
利口だけれど、どこか世間知らずで、素直になれない部分も持つ奈ノ花。彼女は、クラスメイトとの関係や、自身の考え方について悩みながらも、南さん、アバズレさん、おばあちゃんとの対話を通じて、少しずつ成長していきます。それぞれの友達が抱える秘密や過去にも、物語はゆっくりと触れていきます。
物語は、奈ノ花が日常の中で経験する出来事や、彼女が出会う人々との関わりを中心に展開します。一見するとバラバラに見える彼女たちとの関係が、実は奈ノ花の人生にとって、そして「幸せ」を見つける上で、どのように繋がっていくのか。それが、この物語の大きな見どころとなっていきます。
小説「また、同じ夢を見ていた」の長文感想(ネタバレあり)
ここからは、『また、同じ夢を見ていた』の物語の核心に触れる内容を含みます。まだ未読の方はご注意くださいね。この作品を読み終えた時、私は深い感動と共に、温かい涙が頬を伝うのを感じました。それは悲しい涙ではなく、登場人物たちの想いや、物語全体を包む優しさに触れたことによる、心の浄化のような涙だったと思います。
この物語の最大の仕掛けであり、感動の核心は、奈ノ花が出会う南さん、アバズレさん、おばあちゃんが、実はすべて未来の奈ノ花自身の可能性の姿であった、という点にあります。彼女たちは、人生の岐路で異なる選択をし、それぞれに「やり直したい」と願う後悔を抱えた奈ノ花が、過去の自分、つまり小学生の奈ノ花に会いに来ていたのです。この事実に気づいた時、物語の断片が一気に繋がり、深い感慨が押し寄せてきました。
南さんは、おそらく高校生の奈ノ花。作中で彼女が書いていた物語や、奈ノ花へのアドバイスから推測するに、彼女は両親と喧嘩したまま、その両親を事故で失ってしまった未来の奈ノ花なのでしょう。「謝ること」ができず、深い後悔と孤独の中にいる姿が描かれます。彼女が奈ノ花に「絶対に親と仲直りをしろ」「私みたいに喧嘩したままもう会えないなんてことになってほしくない」と強く訴える場面は、彼女自身の痛切な経験から来る言葉であり、胸が締め付けられます。南さんは、奈ノ花が同じ過ちを犯し、自分を傷つけるような未来を歩まないように、必死に伝えに来たのだと感じました。
アバズレさんは、おそらく成人した奈ノ花。誰とも関わらず、自分を大切にすることをやめてしまった未来の姿です。「季節を売る仕事」という表現や、表札に乱暴に書かれた名前からは、彼女が社会から孤立し、自暴自棄な生活を送っていることがうかがえます。彼女は、クラスで孤立し、「誰とも関わらない」と言い出した奈ノ花に対し、「私みたいになっちゃうよ」「自分の人生に意味なんてないって思った」と、自身の選択がもたらした結末を伝え、同じ道を歩ませまいとします。彼女の存在は、「人との繋がり」の大切さ、そして「自分を愛すること」の重要性を、痛々しいほどに示唆しているように思えます。
そして、おばあちゃん。彼女は、人生の終盤に差し掛かった奈ノ花です。彼女は、奈ノ花にとって大切な存在となる桐生くんとの関係において、おそらく何らかの後悔を抱えています。桐生くんが描いた絵を大切に持ちながらも、「家族と一緒に海外で暮らしている」と語る様子からは、彼と結ばれることのなかった未来が想像されます。おばあちゃんは、これまでの人生で様々な経験をし、後悔も抱えながらも、最終的には「自分の人生は幸せだった」と奈ノ花に伝えます。彼女の言葉は、人生の選択の結果を受け入れ、その中にも幸せを見出すことの尊さを教えてくれます。そして、「人生とは、全て、希望に輝く今のあなたのものよ」という言葉は、未来への力強いエールとして、奈ノ花の、そして読者の心にも深く刻まれます。
これら三人の未来の奈ノ花は、それぞれの人生で犯した過ち、あるいは選び取れなかった選択を、過去の自分である奈ノ花に繰り返させないために現れた存在です。しかし、同時に、彼女たち自身もまた、純粋で真っ直ぐな小学生の奈ノ花と触れ合うことで、救われていたのではないでしょうか。奈ノ花との対話を通じて、自分たちの過去と向き合い、新たな希望を見出していく。そんな相互作用が、物語に深みを与えています。
奈ノ花が、南さんの忠告を受け入れて母親に謝ることができた瞬間。アバズレさんの言葉を受けて、クラスメイトとの関係に一歩踏み出すことを決めた瞬間。そして、桐生くんの過ちを知った時、彼の手を黙って握りしめた瞬間。これらの選択の一つ一つが、未来の奈ノ花の「後悔」を打ち消していくことになります。奈ノ花が正しい道を選ぶたびに、その選択に対応する未来の奈ノ花(南さん、アバズレさん、おばあちゃん)が姿を消していく描写は、切なくもあり、しかし奈ノ花の成長を示す感動的な場面でした。
特に、奈ノ花がそれぞれの未来の自分から学んだことを、きちんと自分の人生に活かしていく描写が素晴らしいです。南さんが教えてくれた「薔薇の下で(秘密)」という言葉の意味を大切にし、桐生くんとの関係を示唆するラストシーンで使う場面。アバズレさんが本当は好きだった甘いお菓子を、大人になった奈ノ花が好きになっていること。おばあちゃんが願ったように、優しい人になり、大切な人の隣にいることを選んだ奈ノ花の姿。これらの描写は、過去の出会いが確かに未来へと繋がっていることを示しており、胸が熱くなります。
そして、忘れてはならないのが、尻尾のちぎれた黒猫「彼女」の存在です。彼女は言葉を話すわけではありませんが、奈ノ花を導き、それぞれの未来の奈ノ花へと引き合わせる、不思議な案内役のような存在でした。怪我をした猫を介してアバズレさんと出会い、アバズレさんがいなくなった時にはそのアパートの階段を登ろうとしなかったこと、最後はおばあちゃんと共に姿を消すことなど、彼女の行動は物語の展開と密接に関わっています。尻尾がちぎれているという設定も、もしかしたら奈ノ花が抱える痛みや、未来の可能性における欠落を象徴しているのかもしれません。大人になった奈ノ花が飼っている尻尾の長い猫「マーチ」との対比も、印象的です。
作中で繰り返し登場する「人生とは」という問い。奈ノ花は、様々な出会いと経験を通して、その答えを自分なりに見つけていきます。それは、決して難しい哲学的なものではなく、「幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだね」という歌の歌詞のように、自らの足で幸せに向かって歩みを進めること、行動することの大切さでした。利口であるがゆえに考えすぎてしまう奈ノ花が、最終的には素直な気持ちで行動を起こし、未来を変えていく姿は、私たち読者にも勇気を与えてくれます。
桐生くんとの関係も、この物語の重要な軸の一つです。絵を描くことが好きな少し影のある少年、桐生くん。彼が抱える家庭の問題や、それに対する奈ノ花の行動は、物語のクライマックスへと繋がっていきます。彼が描いた奈ノ花の名前(菜の花)を思わせる絵と、「live me(kill youの反対)」というサインに込められた想い。そして、ラストで奈ノ花が「薔薇の下で」と秘密にする二人の未来。多くは語られませんが、そこには確かな愛と絆が感じられ、温かい余韻を残します。
この物語は、単なるファンタジーや成長物語ではありません。人生における「選択」の重み、後悔との向き合い方、人との繋がりの大切さ、そして「幸せ」の意味を、深く問いかけてきます。もしあの時、違う選択をしていたら?誰もが一度は考えるであろう問いに対して、この物語は一つの優しい答えを示してくれているように感じます。それは、過去の後悔に囚われるのではなく、今の自分を大切にし、未来に向かって歩み出すこと。そして、どんな人生であっても、そこに幸せを見出すことはできるのだ、ということです。
奈ノ花が出会った三人の未来の自分たちは、奈ノ花を救うために現れましたが、同時に彼女たち自身もまた、過去の自分との再会によって救われたのだと信じたいです。奈ノ花が正しい選択をしたことで、彼女たちの存在した未来は消えてしまったのかもしれません。しかし、彼女たちが奈ノ花に託した想いや教えは、確かに奈ノ花の人生の中に生き続け、彼女を幸せへと導きました。そして、彼女たち自身もまた、どこかで「また、同じ夢を見ていた」と感じながら、それぞれの場所で、少しだけ違う、幸せな結末を迎えているのかもしれない、そう願わずにはいられません。
読み終えた後、自分の人生を振り返り、「今の自分は幸せだろうか?」と自問せずにはいられませんでした。そして、奈ノ花のように、自分から幸せに向かって歩いていこう、小さな一歩でも踏み出してみよう、という前向きな気持ちにさせられました。『また、同じ夢を見ていた』は、読むたびに新しい発見があり、その度に心が温かくなる、何度でも読み返したい、私にとって宝物のような一冊です。
まとめ
小説『また、同じ夢を見ていた』は、主人公の小学生・小柳奈ノ花が、不思議な三人の女性(南さん、アバズレさん、おばあちゃん)と尻尾のちぎれた猫との出会いを通して、「幸せとは何か」を見つけていく物語です。彼女たちとの交流の中で、奈ノ花は様々なことを学び、悩みながらも成長していきます。
物語の核心には、出会った女性たちが実は未来の奈ノ花自身の異なる可能性の姿であった、という切なくも感動的な仕掛けがあります。それぞれの未来で後悔を抱えた彼女たちが、過去の自分に同じ過ちを繰り返させないよう導き、また奈ノ花との触れ合いの中で自らも救われていく姿が描かれます。
奈ノ花が一つ一つの選択を通して未来を変え、自らの手で幸せを掴み取っていく過程は、読む人に勇気と希望を与えてくれます。人生における選択の重み、人との繋がりの大切さ、そして後悔との向き合い方など、深いテーマを優しく問いかけてくる作品です。
読後には、心が温かくなり、自分の人生や幸せについて改めて考えるきっかけを与えてくれるでしょう。切なさの中に確かな希望の光を感じさせる、住野よるさんならではの魅力が詰まった、多くの人に読んでほしいと感じる素晴らしい物語でした。