小説『あるキング』のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。伊坂幸太郎さんの作品といえば、伏線が張り巡らされたミステリや、軽妙な会話劇が魅力的なものが多いですが、この『あるキング』は少し趣が異なります。一人の天才野球選手の、まるで伝記のような物語が展開されるんですよ。

物語の中心となるのは、プロ野球チーム「仙醍キングス」とその熱狂的なファンである一家、そしてその息子として生まれた山田王求(やまだ おうく)です。万年Bクラスの弱小球団キングスと、王求の数奇な運命が交錯しながら、彼の誕生から壮絶な最期までが描かれます。野球が好きな方はもちろん、運命や才能、家族の物語に興味がある方にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

この記事では、まず物語の詳しい流れ、つまり結末までの展開をしっかりとお伝えします。その後、物語を読んで私が感じたこと、考えたことを、ネタバレを気にせずにたっぷりと語っていきたいと思います。少し長いかもしれませんが、この壮大な物語の魅力が伝われば嬉しいです。

小説「あるキング」のあらすじ

物語は、宮城県仙醍市を本拠地とするプロ野球チーム「仙醍キングス」の歴史から始まります。製薬会社が親会社のこの球団は、創設以来一度も優勝経験がなく、ファンからは「万年Bクラス」と揶揄される存在でした。かつての名選手であり、引退後は監督を務めた南雲慎平太も、チームを浮上させることはできず、成績不振の責任を取り辞任。そして、そのシーズン最終戦の試合中にベンチで倒れ、帰らぬ人となってしまいます。奇しくもその日、市内の病院で一人の男の子が産声をあげました。彼の名は山田王求。熱烈なキングスファンである山田夫妻の間に生まれた、待望の息子でした。

王求は、両親から野球の英才教育を受け、幼い頃からその才能の片鱗を見せ始めます。小学校に上がるとリトルリーグに所属し、平日も学校が終わればバッティングセンターへ直行する毎日。彼の並外れた打撃センスはすぐに周囲の知るところとなります。しかし、その非凡な才能は、時として周囲との軋轢を生むこともありました。また、彼の周りには、いつも黒い服を着た謎めいた三人の女性たちの姿がありました。彼女たちは、王求の成長を静かに、しかし特別な関心を持って見守っているかのようでした。

中学生になった王求は、野球部でさらにその才能を開花させますが、同時に試練にも直面します。不良グループのリーダーに目をつけられ暴行を受けてしまうのです。息子が傷つけられたことに憤慨した父・亮は、相手の家へ話し合いに向かいます。しかし、その話し合いの後、不良少年は行方不明となり、数年後に遺体で発見されます。遺留品から亮に疑いがかかり、彼は自首。この事件により、王求は甲子園出場も期待された名門高校を退学せざるを得なくなりました。父親が殺人犯であるという事実は、彼の人生に暗い影を落とします。

高校中退後も野球への情熱を捨てきれなかった王求は、理解者であるバッティングセンターの管理人の助けもあり、練習を続けます。そして18歳になり、憧れの仙醍キングスの入団テストを受けますが、父親の事件が影響し不合格に。しかし、彼は諦めませんでした。中学時代の同級生の名前を借りて再度テストを受け、その才能を認められ、ついにキングスへの入団を果たします。プロ入り後、王求は「ホームランキング」として驚異的な活躍を見せますが、父親の過去は常につきまといます。記録更新を阻止しようとする相手チームからの執拗な妨害や、彼の存在を快く思わない監督・駒込による陰謀。そして最後の試合、王求は監督の指示を受けた人物に腹部を刺されながらも、最後の力を振り絞り、特大のホームランを放ちます。その打球がスタンドに消えるのと同時に、彼はグラウンドに倒れ、23年の短い生涯を終えるのでした。しかし、その瞬間、仙醍市内ではまた新たな命が産声をあげようとしていました。

小説「あるキング」の長文感想(ネタバレあり)

伊坂幸太郎さんの『あるキング』、再読して改めて、深く心に響く物語だなと感じています。初めて読んだときは、正直なところ、いつもの伊坂作品とは少し違うな、という印象が強かったんです。軽快な会話やトリッキーな仕掛けよりも、一人の人間の人生を真正面から描いた、重厚な一代記といった趣がありますからね。でも、今回じっくり読み返してみて、その魅力に取り憑かれてしまいました。

この物語の核となるのは、やはり主人公・山田王求の存在でしょう。彼は、生まれたときから「キング(王)」の名を冠し、仙醍キングスという弱小球団を背負う運命にあったかのような人物です。彼の野球の才能は、まさに規格外。小学生の頃からプロの投手の球を打ち返し、中学、そしてプロの世界でも、誰もが目を見張るようなホームランを量産します。父親が彼に語った「ホームランで世の中の陰鬱とした問題を、一瞬かもしれないが、消し去れる」という言葉。王求の打球には、本当にそんな力が宿っているように感じられました。彼のバットから放たれた打球は、まるで夜空を切り裂く流星のように、スタンドへと吸い込まれていき、観る者の心を揺さぶるんです。

しかし、彼の人生は決して順風満帆ではありませんでした。むしろ、その非凡な才能ゆえに、数々の困難や悲劇に見舞われます。中学生時代の暴行事件、そしてそれに端を発する父親の逮捕。この出来事は、彼の人生に決定的な影を落とします。甲子園への道を断たれ、世間からは「殺人犯の息子」というレッテルを貼られ、プロ入り後も執拗な妨害や、味方であるはずの監督からの敵意に晒されます。それでも彼は、黙々とバットを振り続け、ホームランを打ち続ける。その姿は、痛々しくもあり、同時に神々しくさえありました。彼は多くを語りませんが、その背中からは、野球への純粋な愛情と、過酷な運命に抗おうとする強い意志が伝わってきました。

王求を取り巻く人々も、非常に印象的です。特に父親の亮さん。息子への愛情は本物で、王求の才能を誰よりも信じていました。試合で敬遠され続ける息子を見かねて、相手チームの監督に「敬遠しなければお金をあげる」と賄賂を渡そうとするエピソードは、常軌を逸してはいますが、息子を思う親心の発露として、どこか憎めないものを感じさせます。しかし、その深い愛情が、結果的に息子を傷つける事件を引き起こしてしまう。この皮肉な運命には、胸が締め付けられる思いでした。母親の桐子さんも、夫と息子を献身的に支え、キングスへの変わらぬ愛を貫く、芯の強い女性として描かれています。

物語のもう一つの重要な要素が、シェイクスピアの『マクベス』との関連性です。作中に登場する謎の「黒い服の三人の女」。彼女たちは『マクベス』に登場する魔女を彷彿とさせ、王求や、かつてのキングスの名選手であり監督でもあった南雲慎平太の運命に関わっているかのように描かれます。南雲が『マクベス』を愛読していたこと、そして彼が試合中に不慮の死を遂げた日に王求が生まれたこと。これらの符合は、物語に神秘的な雰囲気を加えています。正直、『マクベス』を詳しく知らないと、この部分の深い意味合いを完全には理解しきれないかもしれませんが、それでも、人間の野心や運命の不可解さといったテーマが、物語全体に通底していることを感じさせます。

また、物語の語り手が誰なのか、という謎も、読者を引きつける仕掛けの一つです。三人称視点で淡々と物語は進んでいくのですが、時折、語り手自身の存在を匂わせるような記述があります。そして終盤、その正体が明かされるのですが、これもまた、物語に深みを与えています。この語り手の視点を通して、私たちは王求の人生を、まるで壮大な叙事詩を読むかのように追体験することになります。

印象に残るシーンは数多くありますが、中でも中学最後の試合の場面は、特に心に残っています。王求という絶対的な存在がいるチームの中で、決して目立つわけではないチームメイトの乃木が、最後の打席でプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、仲間からの意外な言葉に励まされ、奮起する。王求一人の物語ではなく、彼に関わる人々の思いや成長も丁寧に描かれている点が、この作品の魅力だと思います。南雲が、入院中の母親の友人のために予告ホームランを打つエピソードも、ベタではありますが、やはり感動的でした。野球が持つ、人を勇気づける力を象徴するような場面です。

そして、やはり最後のシーン。駒込監督の陰謀により腹部を刺され、致命傷を負いながらも、王求が最後の力を振り絞って放つホームラン。彼の人生そのものを凝縮したかのような、壮絶で美しい一打でした。彼の死と、新たな生命の誕生が同時に描かれるラストは、悲劇の中にも希望を感じさせ、深い余韻を残します。「王」は死んでも、また新たな「王」が生まれる。それは、キングスの、そして野球というスポーツが持つ、永遠のサイクルを示唆しているのかもしれません。

この『あるキング』は、単なる野球小説ではありません。才能とは何か、運命とは何か、家族の絆とは、正義とは。様々な問いを読者に投げかけてきます。王求の人生は、あまりにも過酷で、切ない。けれど、その短い生涯が放った輝きは、読む者の心に強く刻まれます。派手なエンターテイメント性とは少し違いますが、人間の生と死、そして希望について深く考えさせられる、骨太な物語でした。読み終えた後、ずっしりとした読後感と共に、言いようのない感動が胸に残りました。伊坂幸太郎さんの新たな一面に触れられたような気がします。

まとめ

この記事では、伊坂幸太郎さんの小説『あるキング』について、物語の結末を含む詳しいあらすじと、私の個人的な読み解きや感じたことを詳しくお伝えしてきました。万年Bクラスのプロ野球チーム「仙醍キングス」と、そのチームと共に運命を歩むことになった天才打者・山田王求の一生を描いた、壮大な物語です。

王求の並外れた才能、彼を襲う数々の試練、家族の深い愛情とそれが引き起こす悲劇、そして野球が持つ不思議な力。これらの要素が絡み合い、読者の心を強く揺さぶります。『マクベス』を彷彿とさせる神秘的な要素や、語り部の謎なども、物語に深みを与えています。特に、王求が放つホームランの描写は圧巻で、彼の壮絶な生き様そのものを象徴しているかのようです。

いつもの伊坂作品とは少し毛色が違うかもしれませんが、人間の運命や才能、家族愛といった普遍的なテーマを、野球という舞台を通して深く掘り下げた、読み応えのある作品です。野球が好きな方はもちろん、重厚な人間ドラマを読みたい方にも、ぜひ手に取ってみていただきたい一冊です。きっと、山田王求という稀代の打者の生き様が、あなたの心に何かを残すはずです。