小説「白馬山荘殺人事件」のあらすじをネタバレ込みで紹介します。長文感想も書いていますのでどうぞ。東野圭吾氏の初期作品でありながら、後の片鱗を感じさせる本格ミステリィ。雪に閉ざされたペンションという古典的な舞台設定、マザーグースの唄になぞらえた見立て殺人、そして密室の謎。お約束の要素が詰まっていると言えば聞こえはいいですが、果たしてその出来栄えは?

物語は、兄の不可解な死の真相を探るため、妹のナオコが友人のマコトと共に、事件の舞台となったペンション「まざあ・ぐうす」を訪れるところから始まります。一年前、兄・公一は「マリア様が、家に帰るのはいつか?」という謎の言葉を残し、密室状態の部屋で亡くなりました。警察は自殺と断定しましたが、ナオコはどうしても納得できません。兄の死の謎を追う二人の前に、次々と新たな事件が立ちはだかります。

この記事では、「白馬山荘殺人事件」の物語の核心に触れつつ、その魅力と、まあ、少々気になる点について語っていきましょう。東野作品のファンはもちろん、本格ミステリィ好きの方も、しばしお付き合いください。ネタバレを避けたい方は、あらすじ部分の後は読み飛ばすことをお勧めします。とはいえ、この作品の真価は、結末を知った上でこそ見えてくる部分もあるのかもしれませんが。

小説「白馬山荘殺人事件」の物語

物語は二つのプロローグから幕を開けます。一つ目は、二年前にペンション「まざあ・ぐうす」の裏の谷で、偽名を使っていた男、川崎一夫が転落死した事件。二つ目は、その一年後、同じペンションの一室で原公一が服毒死体で発見された事件。部屋は内側から鍵がかかった密室であり、警察は自殺と結論付けました。しかし、公一の妹である大学三年生のナオコは、兄の死に疑念を抱いていました。兄は死の直前、「マリア様が、家に帰るのはいつか?」という奇妙な問いと「ようやく芽が出る」という言葉を記したハガキをナオコ宛に送っていたのです。

ナオコは兄の死の真相を突き止めるため、大学の友人である沢村マコト(実は女性)と共に、事件のあった12月、ペンション「まざあ・ぐうす」を訪れます。兄が亡くなった部屋「ハンプティ・ダンプティ」に宿泊することを希望し、オーナーの霧原(マスター)から許可を得ます。ペンションには、一年前とほぼ同じ常連客が集まっていました。老夫婦のドクター夫妻、三十代半ばの芝浦夫妻、物静かな上条、スポーツマンタイプの大木、少し影のある江波、若い男性二人組の中村と古川。そして、従業員の高瀬とクルミ、共同経営者のシェフがいます。

ナオコとマコトは、素性を隠しながら常連客たちに探りを入れ始めます。上条から、公一が各部屋に飾られたマザーグースの唄の謎解きに熱中していたこと、そして二年前に川崎一夫が転落死した事件について聞かされます。英米文学を専攻していた兄が、なぜマザーグースの謎に固執したのか。そして、二年前の事故死と兄の死に関連はあるのか。疑問が深まる中、新たな悲劇が起こります。常連客の一人、大木がペンション裏の崖から転落死しているのが発見されたのです。これでペンションで起きた死は三件目。偶然にしては出来過ぎています。

地元の村政警部が捜査に乗り出し、ペンションは緊迫した空気に包まれます。ナオコとマコトは、兄が残したハガキの言葉とマザーグースの唄の関連性を推理し、ペンションに隠された秘密に迫っていきます。各部屋の壁掛けに刻まれたマザーグースのフレーズ、特にピリオドとコンマの使い分けに暗号が隠されていることを見抜きます。それは、かつてこのペンションの所有者だった英国人女性が隠した宝石のありかを示すものでした。そして、その暗号解読の過程で、公一の死、そして大木の死の真相も明らかになっていくのです。

小説「白馬山荘殺人事件」の長文感想(ネタバレあり)

さて、「白馬山荘殺人事件」について、もう少し踏み込んで語るとしましょうか。ネタバレ全開でいきますから、未読の方はご注意を。この作品、東野圭吾氏のキャリア初期、長編第三作目にあたるそうですね。1986年刊行という時代背景を考えると、なるほど、色々と合点がいく部分もあります。

まず、舞台設定。雪深い山荘、いわゆるクローズドサークル…と思いきや、警察は普通に出入りしますし、完全な閉鎖空間ではありません。とはいえ、雰囲気は抜群です。英国人から譲り受けたというペンション「まざあ・ぐうす」。各部屋にマザーグースの唄が飾られているという設定は、いかにも本格ミステリィ的で、期待感を煽ります。ペンションの見取り図が挿入されている点も、古典的な推理小説へのオマージュ、あるいは読者への挑戦状といったところでしょうか。

物語の核となるのは、やはりマザーグースの暗号と密室トリックでしょう。兄・公一が残した「マリア様が、家に帰るのはいつか?」という問い。これがマザーグースの「メリーさんのひつじ」の替え歌であり、「ピリオド=羊が一匹、コンマ=羊が半匹」という換算で時刻を示す、というのは、まあ、面白い着眼点ではあります。ただ、正直なところ、マザーグースに馴染みがない読者にとっては、少々取っ付きにくいかもしれません。もちろん、唄の内容を知らなくても解けるようには作られていますが、その面白さを十全に味わうには、ある程度の予備知識があった方が良いのかもしれませんね。ピリオドとコンマの使い分けに着目させる伏線は張られていますが、これが時刻を示す暗号だと看破するのは、なかなかに難しい。探偵役のナオコとマコト(特にマコトの閃きによるところが大きいですが)が、都合よく解読してしまう感は否めません。

そして、密室トリック。公一が死んでいた「ハンプティ・ダンプティ」の部屋。内側から鍵とドアチェーンがかかっていた密室。その真相は、外からドアの隙間に細工をして鍵を回し、ドアチェーンは窓の外からテグスのようなものを使ってかける、というもの。図解もされているので理解はできますが、現実的に可能かと言われると、少々疑問符が付きますかね。特にドアチェーンのトリックは、かなりアクロバティックな印象を受けます。実行犯が江波であったことは、彼が建築会社勤務であることや、ナオコたちに窓の鍵について不自然なほど詳しく説明する場面から、ある程度予想はつきます。しかし、彼がクルミと共犯だったというのは、やや唐突な感がありました。プロローグ2や高瀬の回想で、クルミの過去や影の部分が示唆されてはいますが、彼女が殺人にまで加担する動機としては、少し弱いように感じられました。公一が暗号を解き明かし、宝石の秘密に近づいたために殺害された、という筋書き自体は理解できますが。

大木の殺害についても、犯人はやはり江波。彼が材木に関する知識を持っていたことが伏線となっています。崖の上に不安定な材木を仕掛け、大木がそこを通るように仕向けた、と。これもまあ、計画としては分かりますが、成功するかどうかは運次第という側面も強いように思えます。夜中に江波と大木が会っていたことを村政警部がハッタリで認めさせるシーンは、いささか強引に感じました。もう少し論理的な詰めが見たかったところです。

登場人物について言えば、ナオコとマコトのコンビは、若々しく行動力がありますが、キャラクターとしての深みはあまり感じられません。特にマコトは、都合よく閃き、推理を進めるための装置的な役割に見えてしまう場面もあります。「マコト」という名前から男性だとミスリードさせる仕掛けは、古典的ですが、まあ、悪くないでしょう。他の宿泊客たちも、個性がやや希薄で、誰が誰だか覚えにくい、という声があるのも頷けます。ドクター夫妻、芝浦夫妻、中村、古川あたりは、正直、物語の本筋にはあまり絡んできません。上条が実は川崎一夫の死の真相と宝石の行方を追う探偵のような役割だった、というのは終盤のサプライズですが、彼自身の掘り下げも十分とは言えません。マスター、シェフ、クルミ、高瀬といったペンション側の人物の方が、過去の因縁や秘密を抱えており、まだしも印象に残ります。

物語の構成は、二つのプロローグで過去の事件を提示し、本編でナオコとマコトの視点から現在の事件と過去の謎が交錯していく、という作り。そして、終盤、村政警部がペンションのラウンジで関係者を集めて謎解きを披露する、というのも、これまた王道の展開です。クローズドサークルではないのに、なぜわざわざラウンジで?という疑問はありますが、まあ、演出上の都合、あるいはナオコたちを解決の場に立ち会わせるための措置と解釈すべきなのでしょう。

しかし、この作品が単なる古典的な本格ミステリィの模倣に終わらないのは、謎解き後の展開にあります。江波が犯人だと判明し、一件落着かと思いきや、マザーグースの暗号解読には誤りがあったことが示唆されます。「夕焼け」ではなく「朝焼け」が正解であり、示された場所を発掘すると、宝石ではなく、英国人女性の息子の白骨死体が見つかる。まるで精巧なマトリョーシカのように、謎の中にさらなる謎が隠されているのです。このどんでん返しは、なかなか秀逸です。

さらに、エピローグ。プロローグ1で描かれた川崎一夫の死の真相が明かされます。彼を突き落としたのは高瀬であり、その動機は、かつて高瀬の父親が川崎(当時は別の名前だった)に騙され、財産を失い自殺に追い込まれたことへの復讐でした。プロローグ1で男(高瀬の父)がつぶやいていた「啓一」が高瀬の本名であった、という伏線回収も見事です。そして、エピローグ2では、ペンション「まざあ・ぐうす」の本当の秘密、すなわち、英国人女性が息子の死体を隠し、その場所を示す暗号を残していたという事実が、マスターとシェフによって語られます。彼らはその事実を知りながら、ペンションを経営していたのです。

このように、事件解決後にも二転三転する展開は、後の東野作品にも通じる構成力であり、初期作品ながら非凡な才能を感じさせます。ただ、詰め込みすぎ、という印象も受けなくはありません。宝石探し、密室殺人、復讐劇、隠された死体…と、要素が多岐にわたり、それぞれが少しずつ消化不良を起こしている感もあります。特に、登場人物たちの心理描写が浅いため、彼らの行動原理に感情移入しにくいのが難点でしょうか。動機が「宝石のため」「復讐のため」といった説明で終わってしまい、人間の業や葛藤といった深い部分にまで踏み込めていないように感じます。

全体として見れば、「白馬山荘殺人事件」は、本格ミステリィのガジェットをふんだんに盛り込みつつ、多重解決や意外な真相といったひねりを加えた意欲作と言えるでしょう。後の洗練された作品群と比べると、トリックの荒削りさや人物描写の浅さは否めませんが、若き日の東野圭吾氏が、先達への敬意を払いながらも、独自の物語を紡ごうとした熱意は伝わってきます。まあ、手放しで絶賛するほどではありませんが、東野作品の変遷を知る上で、あるいは古典的なミステリィの雰囲気を味わいたい向きには、一読の価値はあるかもしれません。

まとめ

東野圭吾氏の初期長編「白馬山荘殺人事件」。雪のペンション、マザーグースの見立て、密室殺人、そして隠された暗号と、本格ミステリィの要素を詰め込んだ一作です。兄の死の真相を追うナオコとマコトが、次々と起こる事件とペンションに秘められた過去の謎に挑みます。古典的な枠組みの中で、著者ならではの捻りを加えようという意欲が感じられますね。

マザーグースの暗号解読や密室トリックには、確かに工夫が見られます。しかし、トリックの実現性や、登場人物の行動原理には、少々疑問符が付く箇所も散見されるのは事実でしょう。特に人物描写の浅さは、物語への没入を妨げる要因になりかねません。多くの登場人物が、プロットを進めるための駒のように感じられてしまうのは、残念な点です。

とはいえ、事件解決後に明かされる更なる真相、二重三重のどんでん返しは、この作品の大きな魅力と言えます。プロローグで提示された謎がエピローグで見事に回収され、物語全体が収束していく構成力は、流石の一言。荒削りながらも、後のヒットメーカーの片鱗を随所に感じさせる作品です。完璧とは言いませんが、東野圭吾ファン、あるいは古き良き本格ミステリィの雰囲気を楽しみたい方には、一興かもしれません。